短編A
□あの娘のコトは忘れてよ
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「久しぶり」
彼に会ったのは駅のホームだった。
本当に、偶然。
転勤してからは全く会うことはなかったのに。
「久しぶり。元気?」
「まあまあ。そっちは?」
「こっちも同じようなもんよ」
そう返事したあと、しばらく世間話をする。
「そういやさ、…あの娘と付き合うことになった」
そう言った彼は、珍しく照れた顔をしていた。
…ほら、私の言う通りになった。
「君の言った通りだった。…ごめ」
「謝らないで」
無理矢理言葉を被せる。
私は、謝ってほしくなんかないの。
君の幸せな顔が見れたから、もうそれでいい。
「幸せそうで何よりよ」
そう言うと、彼は私の好きだった笑顔になった。
…いや、違う。
好きだった、ではなく好きな、だ。
未だに私は、あの恋を引き摺っているのだ。
「君も、幸せにね」
そう言って、彼は去っていった。
+++
彼の笑った顔が好きだった。
彼の優しさが好きだった。
そして、その優しさは私を追い詰めた。
ただの近所の子。
そう割り切るには、あの子は美人すぎた。
彼は私よりあの子を優先した。
私は耐えられなかったのだ。
彼の優しさがあの子に向くことに。
せめて、2人きりでいるとき位、あの子のことは忘れてくれたっていいじゃない。
言えなかった。
言えるわけなかった。
それを言って、彼を失うのが恐かったのだから。
〔あの娘のコトは忘れてよ〕
((そして私はまた後悔する。あのとき言えば変わっていたのかも、と))
御題元・Silence