役目ですから

□第1章
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「あ、いた……っと」


椎名は確かにいたが、もう1人の存在に気づき思わず隠れる。

いや、別に隠れる理由なんてないんだが………。


「ずっと、好きでした」


出ようとした体をまた見えない位置に戻す。

今まで告白現場に遭遇することはなかったので少し気まずい。


「…お前誰?意味わかんねーこと言うなよ。俺、見回りしてる最中なんだけど」


予想通り、あまり優しさの感じられない言葉に思わず苦笑いしてしまった。

変わらないな、昔から。


「…っ、し、椎名様は他に誰かお好きな方がいらっしゃるんですか?」
「…もし俺に好きなやつがいたらそれがお前に関係あんの?」
「い、いえっ!失礼しますっ!」


椎名の少し怒りのこもった声に驚いて、そのまま動けずにいると、誰かが横切った。背の低い生徒だった。おそらく、今ふられたやつ…。


「っと、せっかく見つけたんだからな」


隠れるのをやめて椎名のほうを見ると歩きだしていた。
それを見て少し小走りで近くまで来たところで口を開く。


「椎名」
「……文人か」


俺が呼ぶと椎名は振り返らずに俺の名前を呼ぶ。
立ち止まらずに歩き続けているが、それはいつものことだったから気にせずに横に並ぶ。


「モテモテだったな」
「見てたのか?」
「たまたま。盗み見なんて趣味はないし」
「だろうな。そんなこと教えた覚えはないからな」
「…優秀か?」


軽く笑って椎名を見上げると珍しく優しく笑ってこちらを見ていた。


「あぁ、優秀だ」
「うわっ…」


せっかく朝からセットしてきた髪をおもいっきりぐしゃぐしゃにされた。

不満そうに顔を上げると、さっきより優しく笑う椎名がいてなぜか俺の中の不満は無くなってしまった。


「よし、仕事するか。文人、情報をくれ」
「わかった。……せっかく中庭にいるから中庭で起こる可能性が高いものを言うぞ。えっと…1−Sクラスの上杉克哉(ウエスギカツヤ)の親衛隊が動くかも。標的は平凡なただの同室者」
「へぇ…。恋仲とかじゃないんだろ?」
「おそらく。理由はたぶん、ただの嫉妬だ」
「それは標的もかわいそうにな」
「笑いながら言う時点でかわいそうと思ってないよな」


ため息をつきながら歩くと、複数の人の声がする。
少し高めの声……おそらく親衛隊の誰かのだろう。


「ビンゴだな。偉いぞ」
「……」


頭をまた撫でながらそう言われ照れくさくて顔を背ける。


「ま、あいつらもいきなりヤったりしないだろうしな」
「いや、これで注意は3回目だ。十分にその危険性はある」
「……わかった。俺はその平凡少年の所に行く。文人は周りに誰か居ないか確認しろ」


俺は特出した取り柄のない生徒という意味で平凡と言った。
しかし、椎名は顔が平凡という意味で言っているような気がするんだが……。

そう思ったが、別にそのことをわざわざ言う必要はないと判断し心の中で謝った。


「了解」


命令を受けて返事をした瞬間に駆け出す。
椎名が騒ぎの中心に行くということは巻き込まれる可能性も十分にありえる。

椎名の強さなら心配いらないと思うけど、可能性がある限り放っておくことはできない。



「……」


目を閉じて音を聞くことに集中する。
静かな環境だと聞こえてくる音はとても有力な情報になる。


「……よし」


声の方向でだいたいの場所、声の大きさでだいたいの親衛隊と思われる者がいる距離がわかった。


もし制裁をしようとしている者がいるのならそこまで遠く離れずに親衛隊たちの近くにいるはずだ。


「おそらくこの辺りだな」


隠れることができそうな場所を注意深く探すと、わかりやすい位置にいた。

あれは隠れているのか?
いや、被害者の位置からは見えてないからいいのか。


「おい」
「あ?……お、お前は!」
「風紀の犬!!」
「頭隠して尻隠さずとは言うが、どちらも隠せないとは低能だな。それに、俺は風紀の犬になったつもりはない。俺は風紀委員長、椎名の犬だ」
「そんなの同じだろーが!」
「同じ……だと?」


若干の怒りのこもってしまった俺の声に気づく様子もなく苛立つ男たち。


「くそっ、逃げるか?」
「面がばれてんのに逃げても同じだろ!」
「あぁ、全員でまとめてかかれば………ぅぐ」
「おいっ!……ぁがっ」
「ひぃ…ゔ」
「…何をしているんだ」


握りしめた拳の力をゆるめ、あきれた表情で今から自分が倒すはずだったやつらを伸した人物を見て尋ねる。


「あっちは片付いたから。それに、ムカつくことが聞こえてきたからな」


さっきのやつらを倒せなかった苛立ちを本当なら向けたかったのだが、椎名だとなれば話は別だ。


「?」


言われた意味がわからずにきょとんとして椎名を見つめる。


「お前を俺以外のにした覚えはない」
「俺だって……なった覚えないよ」
「文人」
「ん?」
「……すまない、な」
「?」
「後悔してねーか?俺のもんみたいになったこと」
「全然。いい経験だ」


にこっと笑いながら椎名を見ると、椎名はニヒルに笑いながら歩きだす。


それから風紀委員会の教室まで椎名の隣を歩きながら向かう。
とりあえず、椎名の隣は俺の指定席。

ちょっと慌ただしいけどこれが俺の日常だ。


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