役目ですから

□第5章
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「……か、…たーか、みーたーか!」
「…う」


体を揺すられる感覚で目を覚ます。
いつの間にか寝ていたらしい。


「まったく何してるのさこんなとこで寝るならちゃんと自分の部屋に行きなよ。…あれ、三鷹ちゃんと手当てした?全く自己管理がなってないよ。共通スペースでくつろいで寝てるあたりもダメだね」
「…桐谷」

怪我したことを知っているらしい桐谷はテキパキと手当てをし始めた。
意外と世話焼きだな。慣れてるみたいだし。

「あ、椎名さん呼んでたよ。ん?電話でもいいっていってたかなわからないや」
「椎名からの伝言を忘れるな馬鹿か」
「仕方ないよー。初めての制裁で怖くて泣きそうになってたんだからさ」
「制裁…。お前が制裁対象だったのか?大丈夫か?」


椎名にはこの後会いに行こう。そう思いながら尋ねる。
こいつが制裁されらようなやつだとは思わないが、何をしたんだ?


「んー、制裁っていうかさなんかよくわからないんだよね。全然覚えがないことだっ
たから対処しようがないよ」
「覚えがない?」
「そ。制裁してた人達のオトモダチが一人昨日一週間の停学になったらしいんだけど。それは自業自得なんだろうけど。それを風紀に連絡したのが僕だって言うんだよ」


困っちゃうよ、と肩をすくめる。
こいつが言うとそれほどまで困ってなさそうだよな。


「…そういう連絡は誰からの情報か漏れないようにしているが」
「知ってる。それに僕じゃない。たぶんあの人だよ。そんなデマを言ったの」
「あの人?わかるのか?それなら椎名に…」
「ここの生徒じゃないっぽいけど。背が高くて銀っぽいようなでもちょっと黒が入ってる色の髪のイケメンさん。その人からいきなり気をつけた方がいいよって言われたからね。その後すぐ呼び出しですよ」
「銀で黒…」


雅人さんか?
いや、それでもなんで桐谷なんだ。
桐谷の家は一般的には大きな会社でもここでは平凡だと呼ばれるものだ。わざわざそんなことをする理由がない。


「何もなかったから結果オーライだけどさ。初めての制裁ちょっと楽しかったし」
「怖くて泣きそうになってたんじゃないなか」
「あー、そうだったかも。それにしても不本意だな。僕が巻き込まれるのは。非日常は他人に起こるから楽しめるのに」


終わり、と言って桐谷は片付けを始めた。


「ありがとな」
「いやいや気にしないで。ちゃんとひやしなよ?これ貸しだから。返してもらうから」


これで貸し2つだね、と嬉しそうに笑う。
善意でやってると思った俺が馬鹿だったか。


「それにしてもこっぴどくやられたね。その知り合いさんによろしくね」
「は?」
「……てへ」


誰も知り合いとは言ってないのにも関わらず断言するような口ぶりに驚く。
誤魔化されたしこれ以上言う気はないのだろう。


「出かける」
「はいはーい。帰ったらホカホカのご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」
「……一人でやってろ」


身なりを整えて扉に手を掛ける。


「桐谷」
「なになに?あ、ご飯三鷹の分用意しないからね」
「わかってる。それより、制裁されそうになったら風紀に連絡しろ」
「そうだねー。次からそうするよ」


珍しく素直に頷く桐谷を見ながらドアを閉める。ドアを閉めてしまえば防音されているので部屋の音は何も聞こえない。
だからドアが閉まった後に桐谷がつぶやいたことも知らない。


「僕に制裁した人たちが哀れだもんね」










当たり前だが廊下に人はいなかった。
本当ならまだ文化祭の準備時間か。桐谷は制裁されたってことで帰されたのだろう。

椎名はまだ学校か。きっと桐谷への制裁の対応に追われているのだろう。


「学校に戻ったらまた何か言われそうだ」


時間的にそろそろ授業が終わる時間だ。今から教室に戻っても何もすることがないな。
椎名が帰るまで待つのは時間があるし…。
買い出しでもするか。これもばれたら何を言われるかだいたい想像つくがまあいいだろう。
少し時間がたったということもあってさっきよりは痛みが減った気がする。


「いらっしゃいませ」


寮の一階にあるコンビニに入る。
相変わらずコンビニという枠でくくるのが申し訳ない品揃えだ。


何を作るか考えながら材料をかごにいれる。
日持ちしそうなものは少し多めに買っておくか。


「ありがとうございました」


会計を終え外に出ると人の気配を感じた。
まだ授業が終わるには早い。
それにピリピリとした感じだ。
何かあったのか?


「小谷…?」


あたりをうかがうと一人の見覚えのある生徒がいた。
小谷もこちらに気づいたのか見慣れない無表情からいつものヘラっとした笑みをはりつけた。

「やっほー」
「お前なんでここにいるんだ。文化祭前は仕事多いんだろ」
「ちょっと私用でさ〜 。会長も抜けてんだし文句は言われないよ。書類提出しに行ってなかなか帰ってこないんだもーん」


竜宮が抜けているのは確実に俺のせいだよな。
それを理由にさぼられたら少し申し訳ないのだが。


「まぁ私用ってのはワンちゃんのことなんだけどねぇ」
「は?」
「誰にやられたの?」


すっと距離を詰める。
反射的に逃げようとするのを許さないとでも言うように腰を引き寄せられ首をすーと指でなぞる。

「っ…」
「そいつが指示してるんだと思うんだよねぇ。色々と」
「色々?」
「そー。あんなこともそんなこともぜーんぶ。誰かはだいたい予想つくけどさー」
「小谷…?」


小谷の目が妖しく光る。
いつもの笑顔を浮かべているはずなのに少しこいつを怖いと感じた。


「そいつに伝えといてよ。オレの大切なものに手を出すなって」
「……わかった」
「あ、べつにワンちゃんが嫌いな訳じゃないからねー。むしろ逆だよ?好き好き」


いつものようにヘラっと笑う。
裏があるように見えないがこいつの好きは軽いな。


「まぁ俺もお前は嫌いじゃないが…」
「えー嬉しいな。じゃあ今晩寝ちゃいますぅ?」
「そういう意味じゃない。わかってるだろ」
「わかってるけどー。ワンちゃんみたいなタイプって抱いたことないし?興味あるなー」


腰から手が離れ安心した瞬間にグイっと肩を引き寄せられる。
本気だとは思わないが、小谷は来る者拒まずで誘われたらそういった行為をするらしい。
本気でなくとも寝れるのだろう。


「俺は興味ない」
「何に?」
「は?」
「ワンちゃんは何に興味あるの?セックス興味ない?」
「興味ないと言っただろ」
「本当に?冗談じゃなくてオレ、ワンちゃんなら抱けるよ」
「……」


やはり今日はなにか様子がおかしい。
それほど仲良くないがそれでも変だとわかる。


「ぷっ…」
「?」
「あははっ、ごめんごめんそんな変な顔しないでよー。オレが悪かったよごめんねぇ」
「変な顔って…」


どんな顔だと首をかしげていると眉をハの字にして申し訳なさそうにする小谷がいた。


「オレさぁ、嫌なことがあるとすぐそっちに逃げちゃうらしくてさ。ダメだねぇちゃんと後腐れ無さそうな子選ばなきゃ」
「お前な…本当にいつか刺されるぞ」
「えへへ〜。その時は守ってちょーだいね」
「そうならないようにしろ」
「はいはーい。それとさぁオレが言うのもアレだけどああいうときちゃんと断らないとダメだよ?力づくでも」
「そうだな」
「家柄とか色々邪魔なものあるけどさ。そんなものより自分の気持ちが大切だよね〜」
「……誰のことだ?」


妙に分かったように言う小谷。
少しドキリとしたのは確かだが、それでもここまで小谷にわかられているとは思わない。
それにこいつの表情…自分のことか?


「えー?ワンちゃんのことだよ?…それとあと一人かなあ」
「……よくわからないやつだな。忠告だが下手に首を突っ込むとその首を切られるぞ」
「心配してくれてるの?ありがとー」
「お前に何かあると生徒会に影響が出るだろ。そうなると―――」
「風紀に影響があるでしょ?わかってますよー」
「あぁ。そうだな…」


じゃあね、と 去っていく小谷。
外に行くようだが何しに寮まで来たんだ?

そんなことを考えながら部屋に戻る。帰るなり早すぎ!と桐谷に言われたのに少しイラつきを覚えながら自分の部屋に入る。


「はぁ……ゴホッ」


少し痛む喉をさする。
跡が残っているような態度を竜宮はとっていたが、腹はともかく首は残っても2、3日だろう。
首でそんな強く力を入れられていたらここにはいないだろうし。
でもこの様子だと喉も少し腫れそうだな。




これからの予定を考えながらパソコンを操作しているとメールが届いていた。
父さんからだった。たまに事務的な内容が届くのでいつものそれだと思い開く。

「『来週金曜の夜に〇×家主催のパーティーと称した跡継ぎの顔見せがある。椎名さんと一緒にくること』……か。はぁ」


これはその家の跡継ぎだけでなく他の家の跡継ぎの顔見せもあるのかもな。
文化祭の準備もこれからなのに忙しくなるな。


「跡継ぎ、か」


高校を卒業した時俺たちは18歳になっている。
まだ学ぶことがあると大学に行き学業に専念する者、もう十分だと家を継ぐ者、家のことを学びつつ大学へ行く者。そして自分の道を歩む者。
選択肢はあるように思うが事実上2つだ。
自分の道か決められた道か。
もちろん他に高校から跡を継ぐ者もいないわけではない。それはトップに何かあったか跡取りがよほど優秀かのどちらかだ。



「はぁ」


もうそんな時期か…。
先のことを考えると頭が痛くなる。うまくやれるかなんて疑問は浮かばない。やらなければいけないんだ。それが俺の役目だ。


「…秀人」


ぼそっとつぶやくのとほぼ同時にコンコンとドアがノックされる。
桐谷か?


「どうした」


また変なことで訪ねたのだろうとドアを開ける。


「よう。元気そうじゃん」
「椎名…。ここに来るなんて珍しいな」
「そりゃ今の時間ならあんま人目につかねぇし、お前をわざわざ俺のとこに来させるわけにもいかねぇだろ」
「俺は別に構わない」
「俺が構うっての。つーか同室のやつに後から行くって言ってたんだけどな。…そんで具合はどうだ?」


電話でも呼んでたわけでもなくてここに来ると伝えていたのか。
そうとわかっていれば俺の方から行ったんだが。
そう思いながら口を開く。


「大丈夫だ」


そう言うと不満そうな顔で近づいてくる。
目が合った瞬間に悲しそうに歪んだ顔。ズキリと胸が痛む。


「悪い」
「椎名?」
「…俺はお前の弱音とかそういうの聞けねぇ立場なんだよな。それは……辛いよな」
「椎名が悪いわけじゃないだろ。気にすることじゃない」
「ちげぇよ」


ふっ、と柔らかく笑うとぽんぽんと頭を優しく叩く。


「ここじゃ一番近い存在であるはずの俺にそういうの言えねぇのお前が辛いだろ」
「…そんなことない」
「悪い。…無理すんなよ。学園祭楽しめっていってもお前に負担かけたくねぇし」
「…椎名は俺に甘いよな」


苦笑いを浮かべると俺は弟のような存在だからと言われる。
弟なんてそんな近しい間柄じゃないだろと笑うとそんなことないと返される。


「ま、だからお前をやったやつを許すわけにはいかねぇんだよな」
「…」
「ま、予想はできてる。どうせあいつだろ。今日そいつが来賓として招かれてたのをさっき知ったからその判断なわけだけど」
「来賓として…」


招かれていた?
なんのために。あの人の家は権力があるが、雅人さんは今大学生のはずだ。ここを見に来る必要はない。


「とりあえず学園祭のときは気をつけろよ。何があるかわからねぇからな」
「俺は大丈夫だよ」


笑みを浮かべると椎名は苦笑いを浮かべる。
そして頭を軽く叩きじゃあなと言って出ていった。



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