ショート


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“知ってる?”


“何を?”


そう問うとその質問を待ってましたとばかりに目を輝かせてこちらを覗き込む。


“神様っているんだよ”


そう言ってそいつは綺麗に笑った。
でも、もうその笑顔を俺は思い出せない。


すごく綺麗なはずなのに…。






「ごめんな」

こんな友達でごめん。
涙しか流せなくてごめん。
まだお前がいないなんて実感なくてごめん。


“ありがとう。きっとあの子も喜んでるわ”


そう言っておばさんは葬式の日に俺に向かって微笑んだ。
あいつに少し似ていた。


あいつは明るいやつだった。
明るくて、優しくて、とても儚かった。

学校にはほとんど来ておらず、病院のベッドで大半を過ごしていた。
最初は同情、だったと思う。
かわいそうだと思った。あいつがたまたま学校に来た日に見かけ、そう思って声をかけた。
楽しかった。また会いたいと思った。
でも、次の日もその次の日もあいつは学校に来なくて気づいたら足が病院に向かっていた。


“あれ?この間の……”


“話、しようぜ”


“いいよ。ちょうど退屈してたんだ”


ニコッと笑いあいつはいろんな話をした。どれも学校のやつらは話さないような内容。笑えるし、泣けた。
話してみればみるほどあいつに惹かれていた。






でも─────…、


あいつはもういない。


「ぅっ……ぐ、うぅ」


流れる涙を止める方法を俺は知らなくて、自分の部屋の角で情けなく泣くことしかできない。


「ぅぐ…っ、う」


わかっていた。
あいつは体が弱かった。余命はとっくに過ぎていたらしい。だから、いつ死んでもおかしくないとあいつはわらっていた。


失う前から大切だとわかっていた。

でも、失えばこんなに大切だったのかと改めて気づかされる。


「ど……して」


どうしてあいつじゃないといけなかったんだ?
俺じゃダメだったの?ねぇ、神様。


“神様っているんだよ”


いるならどうしてあいつを救ってくれなかったんだよ。俺なんかよりもずっとずっとこの世界の役に立つはずのあいつを…。


「なぁ、純也……。俺、どうすればいい?」


こんなにも大切で愛しくてかけがえのないお前を失った俺はどうすればいい?


『前へ進めよ』


「……え?じゅん、や?」


あ、夢だ。
あいつが目の前にいる。
もういないはずなのに…。


「前へなんて簡単に言うなよ。勝手に死んどいて」


夢ならいいや。好きなことを好きなだけ言ってもいいや。
夢でもいいや。純也に会えるならそれだけでいいや。


『それに関してはごめん。でもさ、隆也だってわかってたはずだろ?俺の命は長くないことくらい』


「……わかってたさ。でも…」


『俺からお前に言うのは一言だけ』

そう言うと少し深呼吸してこちらを強く見据える。





『甘えるな』





「え…?」


『俺はもういないんだよ。そんなのわかってるだろ。なのにお前は前に進もうとしていない。……それは甘えだ』


「それは……」


『楽しいか?俺はこんなに悲しんでるんだぞって周りに見せるのは』


「っ、楽しいわけあるか!!お前がいないのに何を楽しめってんだよ!!」


俺が叫ぶと少し驚いたように目を見開いてこちらを見る。


「俺……おれ、お前のこと好きだったんだ」


『俺も』


「大好きだった」


『俺も』


「だから……ぅ、ぐ…っ」


おさまったはずの涙はまた溢れてきて、一番見られたくないやつにこんな情けない姿を見せている。


『ありがとう。俺のために泣いてくれて……ありがとう』


近づいてきた純也は優しく涙を拭う。
その手が、冷たかった。


「お前……ほんとに死んだの?」


『うん』


「もう会えないの?」


『うん』


「これから、俺は1人で生きてかなきゃいけないの?」


『それは違う。隆也は1人じゃない親も友達もいるし、……きっと、恋人だってできる』


そう言うと少し悲しそうに微笑む。
やめろ……。やめてくれ。

俺はお前のそんな顔を見たいわけじゃないんだ。俺はただお前の笑顔が見たいだけで……。


「俺、本当にお前のこと好きだった。お前との時間が大好きだったんだ」


『ありがとう。俺もお前が毎日病院に来てくれて嬉しかった。俺の毎日の楽しみ。俺の生きる希望だったよ。大好きだった」


「俺、お前のこと愛して────」


『それは言っちゃダメ』


俺の言葉をさえぎり、また悲しそうに笑う。


「何で?俺、嘘ついてないよ…。本当に…」


『知ってる。でも、言っちゃダメだよそれは』


「…なんで、泣いてるんだよ」


俺はこいつの涙を見たことがなかった。
いつも笑っていた。俺はそれを見ていつも泣きそうになっていた。


『愛してるって言葉はきっと使えば使うほど減っちゃうんだ。逆に好きって言葉はきっと使えば使うほど増えていく。だからさ、好きはたくさん言うべきだけど、愛してるは1人の人にだけ言うべきなんだよ。その相手はきっと俺じゃない』


「何で…?俺、お前に言いたい」


『俺が嫌なの。話すどころか会うことすらできないやつに愛をささやいてどうすんだよ。今俺がお前の前にいるのはきっと神様がくれた奇跡なんだから、もう会えないよ』


そう言って綺麗に泣く。
儚くて今にも消えてしまいそうで俺は思わず抱きしめていた。
やっぱり冷たくてまた泣きそうになった。


『お前はこれから俺のいない世界を生きるんだから、こんなとこで無駄遣いすんなよ』


「…でも」


『いつまでも俺にすがるなよ。かっこわるいぞ』


俺の肩にこいつの体温より冷たいしずくが落ちる。


『…お前が、なさけないから……来ちゃっただろ』


「…ごめん」


『俺のことを…忘れて生きろなんて言わないよ。忘れられるのは嫌、だからね。でも…さ、俺のせいで立ち止まってるお前をもう………見たくないんだ』


「うん…」


『ずっとずっと俺の大好きな人。愛してるよ』


「お前は…言うのかよ」


『俺はこれが最初で最後だからさ。……お前と過ごした時間すっごく楽しかった。死にたくないって思えたよ。…本当に────…ありがとう』


あの日のようにあいつはとても綺麗に笑った。
そうだ。あいつはこの表情をしていた。俺が今まで生きてきた中で見たこともないようなとてもとても綺麗な笑顔。



確かに今までこの腕にあった感触はもうなくなっていた。
もう夢から覚めてしまったのだろうか?
嫌だ。もう会えないなんて嫌だ。あいつのいない世界をどうやって生きればいいんだよ。


「あ、れ……?」


肩が濡れていた。触るとすごく冷たかった。
確かにここにいたのだろうか?
でも…、そんなことってありえないじゃないか。



“神様がくれた奇跡なんだから───”



あいつは神様を信じていた。
何の欲も無く、ただただその存在を純真無垢に信じていた。
だから、神様もあいつに何かしてやりたいって思ったのかもしれない。
俺は全然信じれないけどさ、今だけはあんたに感謝するよ。あいつに会わせてくれてありがとう。おかげで前へ進める気がするよ。
ずっとずっと俺の大切な人。


大好きだよ───…



END
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