完結作品

□蝉と蛍
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「ゼン、起きろよー」
「…………」
「ゼーンー!」

ケイが胸倉を掴んでゼンを前後に何度も揺らす。
段々気分が悪くなってきたゼンは、夢から覚醒し、目の前にいるだろうケイに向かって叫んだ。

「だー! うるせーよ!!」
「だってゼンが寝るとつまんねーって言ったじゃん」
「お前が先に寝たんだろ!」
「……それはごめん」

先程までの勢いを急に無くしたケイを見て、ゼンは焦った。
悪いのはケイなのに、まるで自分が悪いような感覚に陥る。
ゼンは俯くケイの頭に、自分の手を乗せた。
驚いて顔を上げるケイに、いつもやっている笑顔を浮かべ、ケイの頭の上で手をポンポンと動かした。

「悪い、別にお前を責めるわけじゃ――」

ゼンは最後まで言葉を発することが出来なかった。
眼前にあるケイの瞳が、視線が、まるでゼンを見透かすような芯がしっかりと通っている眼差しだったからだ。
そのような視線を向けられたことのないゼンは、激しく動揺する。
やがて、ケイは徐に口唇を開いて言葉を発した。

「俺、その顔が嫌い」
「……へ?」

眉間に皺を刻み、尚もケイはゼンを見つめる。
まるで、何かを読み取ろうとするように。

「さっきの方が、綺麗に笑ってた」
「…………」
「ちゃんと笑えるのに、どうして笑わないんだ?」

ケイの言葉に、ゼンは何も言うことが出来ない。
自然に笑うことなんて、幼稚園に通っていた時には既に無くなっていた。
作り笑顔を浮かべれば周囲は満足していたし、楽しいと思うことなんて無くなっていた。
自分に媚びを売るために近付いてくる人間に対して、本心なんて出そうとは思わない。
だから、作り笑顔が癖になっていた。
それを今、ケイに問われている。
ゼンは口唇をきつく結んだ。
しかし、ケイは諦めずに問う。

「その内、笑えなくなるぞ? 笑えなくなってから絶対後悔する。だから、ちゃんと笑え!」

そう叫んだケイの瞳には、涙が浮かんでいた。
ゼンはケイが泣く意味が解らずに、ただ呆然とするしかない。

何故お前が泣く?
何故お前は他人の為に泣ける?
何故お前はオレに構う――?

「ケイ」

初めて、彼の名前を呼んでみた。
すると、ケイは嬉しそうに微笑む。
眉間の皺は消え、涙は相変わらず流れていたが、それでも表情は柔らかだった。

「アハハ、すっげー綺麗な笑顔だ!」

ケイが微笑んだ時、ゼンも微笑んでいた。
決して作り笑顔ではなく、自然と笑っていた。
理由は解らない。
でも、ケイが微笑んだ時、良かったと思った。
彼には泣き顔よりも笑顔が似合う。

「俺の前では、ずっとその表情な!」
「……それは疲れる」
「うわ、本気にした」
「ケイ!」
「ギャー! ごめんってばッ」

丁度良い位置にあったケイの身体を両腕で拘束する。
ケイは逃げようとするが、楽しそうに笑っていた。
心から笑えているケイを見て、ゼンは羨ましいと思う。

オレもいつか、ケイのように笑えるようになるだろうか――

「ゼン? どうした?」
「……何でもねーよ」

腕の中にいるケイは本当に華奢で、少し力を入れたら折れてしまいそうだった。
陽の当たる緋色の髪はキラキラと光り、首を傾げる姿はまるで小動物のようだ。

「……って、オレは何を考えているんだ?」
「何だよー。俺にも何を考えてるか教えろよー」
「嫌だ」
「意地悪!」

頬を膨らませて拗ねるケイを見て、ゼンは苦笑した。

「ところでさー、今何時間目?」

暫くまた寝そべっていると、ふと思い出したようにケイが言った。
ゼンはぼんやりと左手に付けていた腕時計を見る。
長針は十を差し、短針はもうすぐで一を差すところだ。
そこまで確認し、ゼンは跳ね起きた。

「うわ、どうしたんだよ」
「もう昼休みが終わる!」
「……もうそんな時間かぁ」
「何をしみじみ言ってるんだよ。早く戻らねーと飯も食えない」
「大丈夫。俺、ちゃんと屋上に持って来てるし」

そう言ってケイは口角を上げ、立ち上がる。
そして影になっている所から袋を持って来た。

「じゃーん! 俺の非常食」
「……マジかよ」
「マジマジ! あ、ゼンも食べるか? 今日は結構多めに持って来たんだ」

ケイは袋から複数の菓子パンを取り出す。
どれも小振りのものばかりで、それだけでゼンの腹は満たされないだろう。
しかし多めと言ったケイにとっては、量が多いようだ。
確かに細身ではあるが、あまりにも少食である。

「これで足りるのか?」
「うーん、寧ろ俺にとっては二食分ぐらい? あ、どれでも好きなの良いよ。俺は一個でもあれば充分だから」
「じゃあ、これで」

とりあえずカレーパンを取り、袋を開けてカレーパンを齧る。
すると、ケイはメロンパンを一つ取り、残りを全てゼンに渡した。

「これ、全部食べて良いから」
「……お前、もうちょっと食えよ」
「無理。ほら、食べようぜ!」

ケイはメロンパンを小さく齧った。
その姿は可愛らしく、ゼンは少し胸が高鳴った。

――これは、何だろう?
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