完結作品

□蝉と蛍
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パンを食べ終わった後、またケイは寝そべった。
一方ゼンは胡坐を掻き、ケイをじっと見る。
ゼンの視線に気付いたのか、ケイはゼンの方へと向き、疑問を口にした。

「俺の顔に何か付いてる?」
「いや、授業に出ねーのかと思って」
「……そう言うゼンこそ、戻らないのか?」
「今更戻る気しない」
「俺も一緒。それにな、ゼンといると心地良いんだよねー」

ケイはニカッと笑う。
その笑顔に、また胸が高鳴った。
なんだか恥ずかしくなって顔を逸らそうとするが、ケイから視線を外せなかった。
ずっと見ていないと、ケイが消えてしまうのではないかと思ったのだ。
華奢で、色白で、少食で、今にも消えてしまいそうな存在。
そう、まるで彼の名前にもある虫のように――

「……オレも、ケイといると心地良い」
「ホントか!? なんか嬉しいなー」
「……ケイ」
「ん?」

ゼンは真剣な眼差しでケイを見る。
自分がそう見られていたように、今度はゼンがケイを見る。
するとケイは微笑んでいた表情を真剣なものに変え、起き上がって胡坐を掻いた。
お互いに、お互いを無言で見つめ合う。
やがて、最初に口を開いたのはゼンだった。

「オレ、お前が今にも消えそうで怖いんだ」
「…………」
「いや、別に悪気があって言ってるんじゃないぞ。ただ――」
「なぁ、ゼン」
「……何だ?」

ケイは空を見上げ、哀愁を漂わせた表情で言った。

「ゼンは蝉って好き?」
「蝉?」
「そう、蝉」

ケイの質問の意図は解らないが、ゼンは正直に答える。

「夏に急に現れてうるせーし、昼寝もろくにできねーし、たまに小便みたいなのかけてくるし、好きじゃない」

ケイの表情が暗くなる。
それを見ながら、ゼンは続けた。

「でも、人間みたいに媚びは売らねーし、短い時間を精一杯生きてる。だから、人間よりは好きだ」
「……そっか」

ケイは柔らかな笑みを浮かべ、ゼンの正面から隣へと膝で歩いて移動する。
そして膝を抱えて丸くなる。
まるで、蝉が脱皮をするかのように。

「俺は蝉になりたかった」
「……?」
「ほら、俺の名前って“蛍”じゃん。だからか知らないけど、まるで蛍みたいに弱っちくて、細くて。しかも病気がちで全然外に出れないし。人生つまんねーって思ってた」

ゼンはケイが自分と同じことを思っていると思った。
自分も他人によって人生が決められ、全然楽しくないと思っていた。
自由奔放に見えるケイでも、人生がつまらないと思ったのか。

ケイはまた空を仰ぐ。
空には相変わらず白い雲が泳いでいる。
ゆっくりと動くそれを眼で追いながら、ケイは続けた。

「医者とか両親に我が侭言って、何とか高校に入った。そしたら、すっげー恰好良い奴がいてさ、周りに人がいっぱいいるんだ。羨ましいなーって思った」
「…………」
「でも、そいつは全然笑わないんだ。余命が短い俺と違ってせっかく笑う機会がいっぱいあるのにさ。だから、絶対俺が笑わせてやろうって決めた」

ケイの小さな手が、ゼンの大きな手と重なる。
ゼンは何も言えなかった。
何か言えば、口から心臓が飛び出そうなほど、心臓が大きく脈を打っていた。

「そしたら、そいつの名前が俺の大好きな“蝉”と一緒でさ、正直驚いたぜ。それから俺は蝉がもっと好きになった」

ケイの瞳に、自分が映る――

「知ってるか? “蝉”は“ゼン”って読めるんだぜ! だから俺はゼンが羨ましいし、蝉になりたいと思った。それに蝉は長寿だしな」
「……蝉は長くても二週間ぐらいしか生きられないんじゃなかったか?」
「実は長生きの奴だったら十七年も生きるんだ。これ、蝉好きの俺知識」

また、ケイが眼前に現れた。
ケイの表情は相変わらず柔らかい。
ゼンは、思わず息を呑んだ。

「“蛍”の俺より長生き出来る“蝉”のゼン。俺の分まで笑って」

そう言うケイが儚く見えて、ゼンは両腕でしっかりとケイを抱き締めた。
彼が消えないよう、しっかりと――

「大丈夫。俺は消えない。だから泣くなよ、ゼン」
「……泣いてねーよ」
「うーん、まぁ俺も笑ってる方のゼンが好きだからな。笑え!」
「また無茶振りをするな、お前は」
「いくらでも言ってやるぜ? ゼンが笑えば俺も嬉しいしな」
「……恥ずかしい奴」
「いきなり抱き締めるゼンの方が恥ずかしい奴だと思うけど?」

ゼンは思わずケイから離れる。
しかし、結局もう一度ケイを腕の中に閉じ込めた。

もう、今まで感じていた疑問の答えは出た。
どうして心臓の鼓動が速くなるのか、どうして一緒にいると笑えるのか、どうして視線を外したくないのか――

「あれ、ゼン?」
「……オレは“蛍”も好きだ」
「ッ!?」
「確かに弱くて細くて、短命かもしれない。でも、好きな奴を求めて必死に光るだろ? それは“蝉”と同じだ」
「……うん」
「だから、ケイも蝉と同じくらい長生き出来る。必死に生きればな」

ゼンはまた笑っていた。
作り笑いではなく、自然な笑みで。
ケイは、一体どんな魔法を使ったのだろうか。
こうも自分を笑わせることが出来る奴はいない。

ゼンの笑みで、ケイは顔を真っ赤にしていた。
そして小さく笑い、しっかりと頷いた。

「ゼンと一緒なら頑張れる」

二人は顔を合わせ、笑い合った――
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