完結作品
□蝉と蛍
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ゼンは母校の屋上で眼を覚ました。
夢を見ていたような気がするが、どんなものかは思い出せない。
ただ、懐かしいものだったような気がする。
徐に上体を起こし、昔に比べて少し傷んだ髪を弄る。
髪を弄るこの癖は、成人した今でも直していない。
自分が自分の意思で生きている証だからだ。
一体どれくらい寝ていたのだろうかと腕時計を見ると、もう夕方の時間帯だった。
しかしゼンは慌てる様子もなく、ぼんやりとその場に座り続ける。
長時間寝ていたからか、頭があまり回らない。
頭が回るようになるまで茜色になりかけた空でも見ていようかと顔を上げた瞬間、視界を何かに覆われた。
小さなそれは温かく、おかげでゼンは意識をはっきりさせることが出来た。
「だーれだ」
「…………」
「え、判んねーの!? 一週間ぶりだからか? 俺、アメリカの病院で頑張って移植手術受けて来たのにッ」
背後から聞こえる中性的な声に、ゼンは口角を上げた。
そして視界を覆うそれをゆっくりと取り外し、それを握ったまま自分の前へと引っ張る。
小さく悲鳴を上げながら自分の腿に乗った彼を見て、微笑した。
相変わらず華奢で、色白で、艶のある緋色の髪。
ただ、顔は少しだけ大人びただろうか。
それでも自分に比べたらまだまだ幼く見える。
変わらない彼の名を、ゼンは愛しい想いを込めて呼んだ。
「ケイ、おかえり」
“蝉”と“蛍”は何年経っても鳴き続け、光り続ける。
自分の愛しい人に逢うために――
*fin*