完結作品

□さぁどうぞ
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昇降口に行ったら、雨が降っていた。
朝は降っていなかったのに、昼過ぎから降り出して、放課後になった今ではどしゃ降りである。
そして、僕は傘を忘れていた。
なんてお決まりな……。
でも朝は晴れていたから、まさかこんなにヒドい雨が降るだなんて思ってなかったんだ。
……まぁいつまでも考えていたって仕方ない。
教科書の類でパンパンの指定鞄を頭に乗せ、走り出そうとした。
走り出そうとした……んだ。
でも、僕は前に進めなかった。
理由は至って簡単で、左腕を誰かに掴まれたから。
慣性の法則は働いていたから、僕の身体は左腕を残して前に進む。
つまり、反動が来て、僕は後ろに倒れそうになる。

倒れる──!!

この間僅か数秒。
でも何十秒経っても痛みはない。
寧ろ何かが僕を支えている。

「悪ィ! まさか倒れるとは思ってなかった」

背後から聞き覚えのある声がした。
明るく元気な声。
ああ、確か僕と同じクラスの人気者だった気がする。
一応それを確かめるために振り向くと、そこには予想通り、彼がいた。

「大丈夫か?」
「う、うん」

彼は僕の左腕から手を放す。
彼の手は大きくて、少し熱かった。

「あのさ」
「?」

彼に呼ばれ、僕は彼を見る。
彼は人差し指で頬を掻きながら、僕に彼のビニール傘を差し出した。
……え、何?

「これ、使えよ」
「……でも、君が」
「オレなら大丈夫。折りたたみ傘あるし!」

どうやら彼は、僕にビニール傘を貸してくれるらしい。
いや、でも、ビニール傘は彼の持ち物なんだし、借りるなら折りたたみ傘の方が妥当じゃないのだろうか。
僕はそれを交渉することにした。

「僕が折りたたみ傘の方を使うよ」
「いや、これ使えって!」
「でも僕は借りる身だし、面倒な折りたたみ傘を」
「いいから!」

彼は僕にビニール傘を押し付けると、走り出した。
傘を差さずに──差さずに?

僕はあることに気付き、彼の名を呼んで引き止めた。
彼は驚いた顔をして、振り返る。
僕が彼の名を呼んだことに驚いたのだろうか?
僕はクラスメートの名前ぐらい覚えてるよ。

彼から押し付けられたビニール傘を差して、彼の許へと走った。
彼は運動能力が高いから、少しの時間でもかなりの距離を進んでいた。
僕は運動能力が低いから、彼が羨ましい。

「ハァハァ……あ、足、速いね。僕なんか、もう息切れ、しちゃってるよ」
「……」
「え、どうしたの?」
「い、いや、わざわざ走らなくてもよかったのに」

そう言う彼に、僕はビニール傘を差し出した。
彼は身長が高いから──というか、僕が平均より低いだけかもしれないけど──僕は背伸びをして彼がビニール傘に入るようにする。
さっき支えてもらった時も思ったけど、彼は本当に背が高くて羨ましい。

「だって早く行かないと濡れるし……折りたたみ傘、持って来てないんでしょ?」
「え!?」

僕の言葉に、彼は驚いた顔をする。
やっぱり、当たりだ。
彼が傘を差さずに走り出した瞬間、実は彼は折りたたみ傘なんて持って来てないと思った。
彼は優しいから、多分途方に暮れている僕を見て一つしかない傘を貸そうと思ったに違いない。
そんなところが、彼が人気者である所以なんだけどね。

「一緒に帰ろうよ」
「ッ!? ……いいのか?」
「うん。あ、でも僕、君の家、知らない」
「オレが家まで送るよ! そうすればオレが傘を持って帰れるし」

彼が慌てて提案する。
本当に彼は優しいんだなぁ……。
僕は思わず口角を上げた。
だって、嬉しいんだ。
こんなに優しくしてもらったのは初めてだから。

「そうだね。それじゃあ宜しくお願いします」
「あ、うん。宜しくな!」

彼はニコッと笑って、さり気なく僕から傘を奪う。
あ、僕の方が身長が低いから、彼が持った方が楽だよね。

「本当にありがとう。凄く助かったよ」
「……あのさ」
「?」

彼はまた人差し指で頬を掻く。
もしかして癖なのかな?
僕は彼の言葉をじっと見つめながら待つ。
やっぱり恰好いいなぁ。
モテるだけはあるなぁ。

「また、雨が降ったら一緒に帰らないか?」
「雨の日だけでいいの?」
「え?」
「僕はいつでもいいけど。毎日一人で帰ってるし」

僕の言葉に、彼はパァッと顔を輝かせた。
そしてまた、嬉しそうに笑った。

「じゃあこれからも宜しくな!」
「うん」

雨は未だに降り続いていたけれど、ビニール傘の中だけ快晴に思えた。




さぁどうぞ
(傘に入りませんか?)




*fin*

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