完結作品

□蝉と蛍
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ゼンが一人で笑っていると、彼はゼンの右隣に静かに寝そべった。
そしてゼンに隣で寝そべるよう言う。
ゼンはとりあえず彼が言うように寝そべった。
腕を枕にして、仰向けに寝る。
空は相変わらず青々としていた。

「ねぇ、名前は何?」
「ゼン。三条ゼンだ」
「ゼン!」
「な、なんだよ」
「あ、えっと俺はケイ! よろしくな」
「ああ」

彼――ケイは笑顔でゼンを見る。
ゼンにはその笑顔が眩しくて、思わず顔を背けた。
ケイは不思議そうな顔をするが、それでもゼンはケイを見ない。
こんな風に心から楽しそうな笑顔を自分に向けられるのは、こんなにも嬉しいものなのだろうか。
ゼンは心がむず痒くなった。

これは、一体何だろう?

「ゼンって漢字でどう書くの?」

ケイに訊ねられ、ゼンは空に指で文字を書く。

「山を斬るで、嶄」
「おおー! 恰好良いなッ」
「そうか?」
「めちゃくちゃ恰好良い!」
「名前を書くときは画数が多くて面倒だから、いつも片仮名だけどな」
「えぇ、勿体ない! ちゃんと漢字で書けよ!」
「オレの名前だから、オレの勝手だろ」
「ぶー」
「お前は豚か」

白い頬を膨らませる姿はなんだか可笑しくて、ゼンはまた笑った。
今度は何で笑っているのか解ったらしいケイは、左手でゼンに攻撃を仕掛けてきた。
しかしゼンにとってその攻撃は痛みがなく、彼がどれだけ弱々しいのかがよく判る。

「俺は豚じゃなくて蛍だ!」
「ホタル?」
「そう。俺の名前はケイだろ? 漢字で書いたら“蛍”なんだよね」

右腕を天に伸ばし、ケイは空を仰ぎ見る。
ゼンはケイと同じように空を見た。
白い雲がゆっくり流れ、まるで時間が止まったような感覚に陥る。
しかし時間は同じ間隔で刻まれていて、止まることはない。
そんなことを考えながら、ゼンは瞼を下した。

「あ、ゼン、寝たのかよ」

隣からケイのぼやく声が聞こえるが、そのまま黙り込む。
別に彼の言葉に無視をしているわけでもないし、寝たふりをしたいわけでもない。
ただ、ケイの隣が心地良くて、どんどん眠気が襲ってくるのだ。
これは、どうやら逆らえそうにない。

「ゼーンー。寝たら俺がつまんねぇよー」

そう言いつつ、ケイがゼンの上に乗りかかって来た。
二人で上から見たら十字を描くようにして、ケイはうつ伏せにゼンの腹の上に乗る。
ゼンはさすがに眠気が覚めてきた。
重くはない――寧ろ軽すぎるくらいだ――が、妙に心臓が跳ねる。
その心臓音が煩くて、眠るどころではなくなった。

仕方なく瞼を上げる。
さっきもこんな感じで起こされたと思いつつ自分の腹の上を見ると、ケイが小さな寝息を立てながら寝ていた。
器用に丸くなって寝ている姿を見て、ゼンは微笑した。
今思えば、自分の上に他人が乗りかかって寝ることなんて有り得ない。
それがどうだろう。
出逢って数分のケイに許しているではないか。
ケイには何か不思議な力でもあるのだろうか。
気持ち良さそうに眠るケイの表情を見て、顔が熱くなりつつもケイの頭に左手を伸ばした。
そして、ケイの綺麗な緋色の髪を左手で梳いてみる。
髪はさらさらと流れていて、一度も指が引っかかることはなかった。
自分の髪とは違い、癖が無く真っ直ぐな髪。
まるでケイの性格を表わしているようだと思った。
何となく触り心地が気に入って、ゼンは何度も緋色の髪を梳いた。
やがてそれに満足すると、今度は髪を撫でてみる。
ケイの頭を撫でていると、またもや眠気がゼンを襲ってきた。
先程とは違い、瞼が自然と落ちる。
そして、ゼンは夢の中へと引きずり込まれた。
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