ゴウマンナイノリ
□ユメイロジカン
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何故と、何度問い掛けてもわからない。
けれど、確かに僕は。
君に恋していたのです。
×ユメイロジカン×
彼女は笑っていた。
初めて逢った時のように、とても優しく。
そして、言ったのだ。
「貴方になら、殺されても良いの。」
そう言って、微笑んでいた。
───
隣国へ出掛けたのは、リンの遣いだった。
最近その評判が国内までならず近隣の国々にまで及んでいる仕立て屋へのドレスの注文。
彼女の好みが書かれた手紙と、大量のコインを仕立て屋に渡した、その帰り道。
誰かの叫び声の直後、乗っていた馬車が激しい振動と共に止まった。
何事かと、窓から前方を見てみると、視界に飛び込んできた美しい緑色に僕は目を奪われた。
しかし、すぐにそれが人の髪の毛だと気付いた僕は急いで馬車を降りる。
それは地面に緩やかな流れを描いていたのだ。
駆け寄った僕の目に入ったのは、小さな子どもと、その子をしっかりと抱き締めている少女。
地に垂れている長い髪は、屈み込んだ彼女のもので、誰か倒れているのかと思った僕は一瞬安堵した。
が、すぐに思い直す。
倒れていないからといって、無事だとは限らないのだ。
「大丈夫ですか!?お怪我は!?」
僕の問いに、彼女はその顔を上げ、微笑む。
「いいえ、私もこの子も大丈夫です。」
その笑顔も声も、酷く優しさに満ちていて、僕は一瞬状況を忘れ、彼女を見つめてしまっていた。
「貴方は、大丈夫ですか?」
「え?」
「馬車、急に止まったでしょう?」
予期していなかったそんな言葉に、僕は驚き、そして何故か鼓動が速くなるのを感じた。
「僕も、大丈夫です。」
「なら、良かった。」
彼女は、また、笑う。
僕の、心臓の動きは、更に速くなる。
これ以上、この場に居ては何だかおかしくなってしまう気がした。
「危険な目に遭わせてしまって、本当にすみませんでした。では、僕はこれで。」
一礼し、馬車の中へ戻ろうと彼女達に背を向けたけれど、まだ鼓動は速いまま。
早く鎮まれと頭で命令しながら歩き出す。
「あの、本当に私達は大丈夫ですから、どうか気にしないで下さいね!」
なのに、背後から聞こえたその声に、益々鼓動は速まるばかりだった。
馬車の中に戻っても、彼女の笑顔が、声が頭から消えてくれなくて、僕は途方にくれながら──でも何処かで妙に暖かなものを感じながら、リンの待つ自国の城へと向かった。
───
「あ…」
思わず声を漏らしたのは、彼女の姿が目に映ったからだった。
あれから一ヶ月。僕は再び隣国を訪れていた。
以前注文したドレスを受け取る為に。
ただ出来上がったドレスを受け取り持って帰る、それだけのことだった筈なのに。
その店の扉を開けると、そこに彼女の姿があったのだ。
「いらっしゃいませ…あ、貴方は…」
彼女の方も、どうやら僕に気が付いたみたいで一瞬その目を見開いて、それから笑い掛けてくれた。
高鳴る胸。
僕はこの一月、彼女のことがどうも頭に残っていて、実は少し期待していたのだ。
また、彼女に会えるのではないかと。
だからこの思いもかけない再会は、僕の気持ちを昂ぶらせた。
そして、彼女が僕のことを覚えていてくれたこと、それがとても嬉しかった。
「こんにちは。…また、会いましたね。」
「えぇ。…今日は、お洋服の御注文?」
「いえ、依頼していた服が出来上がったという連絡を頂いたので、それを受け取りに。」
「ああ…えっと…どれかしら。私が父から聞いていたのは隣の国の王女様から御依頼頂いたドレスのことだけで……あ、まさか、」
彼女が窺うように僕の目を見つめるので、僕は頷いた。
すると彼女は途端にくるりと僕に背を向けて店の奥に入っていった。
「あの…」
「すぐにお持ち致しますから、少々お待ち下さいませ!」
そして彼女はそう言い終えないうちに大きな箱を持って現れた。
「大変お待たせ致しまして、申し訳ありません!御依頼頂いた品は此方になります。」
彼女は深々と頭を下げながら、僕にそれを差し出す。
僕が箱を受け取っても尚、彼女は頭を上げようとはしない。
「あの…」
「はい!な、何か粗相が御座いましたでしょうか?」
弾かれたように上がった彼女の顔は、緊張しきっている。
僕は、自分が彼女をそうさせているということを思うと、酷く嫌な気分になった。
彼女には、笑っていて欲しい。
そして願わくば、僕にもそれを見せて欲しいと思った。
「いや…その…どうか、そんなに畏まらないで下さい。」
「え、でも…そんなわけには…」
「確かに僕は、隣国の王女の遣いで来ました。けれど、僕は一介の召使いに過ぎません。だから、どうか…」
「召使い…?」
そう、僕の言葉を繰り返した彼女は目をキョトンとさせている。
それを少し不思議に思いながら、僕はそれを肯定した。
しかし、彼女はまだ何かを納得していないような表情で、僕に尋ねてくる。
「本当に?」
「え?」
その意味がわからずに、僕は思わず聞き返す。
すると彼女は、ほんの少しだけ、その頬を赤く染めて言った。
「私、てっきり貴方は何処かの王子様なのかと…」
「……は?」
何を言われているのかよくわからずに発した僕の声に、彼女の顔は益々赤くなる。
「あの、だから、そのドレスは隣国の王女様への贈り物なんだと思って…」
「いや、いいんだけど…あの、どうして僕を王子だなんて…」
「だって、あの時、馬車から降りて来た貴方…王子様みたいに格好良かったから、だからきっとそうだって……やだ、勝手に勘違いして恥ずかしい…」
彼女は早口で言い終えると、その顔を両手で覆う。
そんな、彼女の仕草を、僕は可愛いと自然に感じた。
そして、彼女の目に自分がどう見えていたのかが思いがけずわかって…それが、格好良いなんて評価だったものだから、僕の胸はまた、高鳴り出す。
誤解も一応解けたことだし、ドレスも受け取ったのだから、もう立ち去って良い筈なのに…僕はもう少し、彼女とこうして話をしていたかった。
けれど、話そうと思えば思う程、何を言えば良いかわからない。
どうしよう、と思った時に、店の扉が叩かれた。
思わず振り返ると、殆ど同時に御者が僕を呼ぶ声が聞こえたので、僕はすぐに行くと伝え、再び彼女に向き直る。
名残惜しかった、けれど。
「じゃあ、失礼するよ。」
彼女に別れを告げた。
振り返りたい気持ちを抑えて、扉に手を掛ける、と。
「あ、ねぇ、貴方レンって言うの?」
彼女がそう尋ねてきた。
先程の御者が呼んだ僕の名を、聞き留めておいてくれたらしい。
そう思うと、僕の心は、堪らなく揺さぶられた。
それは、大きな感動。
心臓の動きが速く、激しいことを悟られないように、そしてそうしながら、一方では勇気を振り絞り、口を開く。
「そうだよ……君の、名前は?」
恐る恐る振り向くと、彼女は微笑んで言った。
「ミク。私の名前はミクよ。」
「ミク…」
その二文字を口にしただけで、全身が燃え上がるような気がした。
「えぇ。…またね、レン。」
「……うん、また。」
その、また、がいつになるかわからなかったし、来るのかさえも知れなかったけれど、僕はそれが来ることを、願った。
──それは、思ったよりもずっと早く、そして、思いもしない形で訪れることになるのだけれど、何も知らない僕は、初めての恋に浮かれていたんだ。
fin