ゴウマンナイノリ

□ミズイロシカイ
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それは、君が流した涙。

僕が流した涙。

誰が流した涙?

誰もが笑っていられるなら、良かったけれど、そうはいかないみたいだから。

君が笑っていてくれることを、僕は選んだ。


×ミズイロシカイ×



「…レン、どうしよう…」

彼女らしくない、弱々しい声で、顔で、リンは僕に切り出した。

「カイト王子には、好きな人が居るんだって。」

「え?」

今にも泣き出しそうな彼女は、それでも涙を堪えながら続ける。

「お手紙を送ったのは知ってるでしょ?私、一生懸命書いたわ。恥ずかしかったけど、でも、頑張って書いたのよ。だけど、さっき届いたお返事には、好きな人が居るって、だから私の気持ちは受け取れないって。」

「リン…」

「それでも好きなの。嫌いになれたら良いけど、好きなのよ。どうしたら良いの?私、ねぇ、レン…」

彼女は縋るような目で僕を見る。

けれど、僕にはどうしたら良いのかまるでわからない。

どうにかしてあげたいのは山々だけど、人の気持ちはどうにかしようとしてどうにかなるものではないことを、知っているから。

僕にはただ彼女のその震える体を抱き締めるしか出来なくて、そんな自分の不甲斐なさを実感する。

彼女を守ると決めたのに、彼女には笑っていて欲しいと思うのに、今この場で彼女を笑わす術すら持ち合わせていないなんて。

悔しさに、思わず唇を噛んだ。

「わからないの。今まで欲しいものは全部簡単に手に入ったから、どうしたら良いかわからない。」

とうとう、彼女の声は涙声になっていた。

僕はやはり何も言えず、ただ彼女を抱き締め、その頭を撫でていた。

暫くそうしていると、不意に彼女が僕の肩に埋めていた顔を上げた。

「リン?」

「…そうだわ。今まで通りにすれば良いのよ。」

「え…?」

思わず手を離して見た彼女の顔には、先程までの様子が嘘のような笑みがあった。

「だって、今まで手に入らなかったものが無いってことは、今まで通りやればカイト王子も手に入るってことでしょ?」

「…そうだね。」

そう、答えながら、僕はその笑みに、あまりに無邪気なその笑顔に、嫌な予感を覚えた。

今まで、彼女が欲しがったのは、物ばかりだ。

けれど、それらと同じように、人の心を手に入れようとすればどうなるか。

僕の不安を余所に、彼女は笑みを絶やさずに言った。

「だから、隣の国を滅ぼしてしまえば良いんだわ。」

「…え…?」

彼女の笑みが、そこから発せられた言葉が、僕の中に焼き付く。

理解、したくは無かった。

聞き間違いであって欲しかった。

けれど、

「カイト王子は、隣の国の女が好きなんですって。綺麗な緑の髪って書いてあったわ。本当はその女を消してしまえばいいだけだけど、でも隣の国って緑の髪の人ばかりでしょう?だから、国ごと滅ぼしちゃえば良いのよね!」

彼女は、そう言った。

確かに言った。

頭に浮かぶ、あの少女…ミクの顔。

このままだと、彼女が死んでしまう。

「でも…関係ない人まで巻き込むのは…」

「そんなの、今までだって同じじゃない。どうしたの?レン…」

今まで、僕は彼女の決定に反論したことが無かった。

そんな僕を、彼女は不思議そうに見つめる。

どうしようか一瞬悩んだけれど、意を決して僕は言った。

「隣の国に、友達が居るんだ。」

すると彼女の顔はみるみるうちに凍り付く。

「…緑の髪なの?」

静かに発された問い。

それに僕が頷くと、彼女の目が大きく見開かれる。

「…レンも、カイト王子も、私より緑の髪がいいの…」

「!」

「そんなに緑の髪がいいなら私も髪を緑にするわ!そうしたら私を一番にしてくれるの!?ねぇ、どうなの!?レン!!」

それは、彼女の悲痛な叫び。

目の前で泣き叫ぶ彼女と、ミク。

僕の好きな二つの笑顔が頭の中を行き来する。

僕は、どちらかを選ばなきゃいけなかった。

「リン、ごめん。」

リンを失うこと、ミクを失うこと、どちらも僕は嫌だけれど。

どちらかを選ばなければならないのなら、僕は。

「そんなことを言わせてしまって、ごめん。…僕の一番はリンだよ。」

僕は、リンを選ぶ。

「本当!?」

だって彼女は、僕の無くてはならない半身だ。

彼女は、僕の生きる意味だ。

どうして、捨てることが出来るだろう。

「本当だよ。」

それは、理屈や感情というよりも、もっと絶対的な、摂理。

僕の魂が、彼女から離れることを嫌だといつでも叫んでいる。

僕は彼女を、その笑顔を、守る為に何でもしてきた。

今回だって同じだ、何も変わらない、何も。

僕は彼女の召使いとして、彼女を守る者として任務を遂行する。

それだけ、

ただ、それだけのこと。















───













あの後、すぐに彼女は大臣を呼び出して、隣の国を滅ぼすように命令した。

着々と準備が進められる様を見ながら、僕は納得した筈なのに、どうしても心が痛んで仕方が無くて。

とうとう、兵士に出撃命令が下されるという時になって、僕は耐えきれなくなり、こっそりと隣国へ馬を飛ばした。

そして、仕立て屋の扉を潜り、ミクを店から半ば強引に連れ出して人気のない森へとやって来たのだ。

「レン…一体どうしたの?」

「いいかい、ミク。今すぐこの国から逃げるんだ。僕の国に来てもいけない。」

「どうして…?」

不安そうに揺れる彼女の瞳に、僕は思わず言葉に詰まったけれど、一度深呼吸をしてから告げる。

「この国は、もうすぐ滅ぼされる。」

「!」

「…僕の国の王女様が、この国を滅ぼすよう命令を下したんだ。」

顔面から血の気を失いながら、彼女は口を開く。

「そんな…どうして…」

その声は震えていた。

僕は彼女に経緯を説明する。

すると、もうこれ以上白くなりようが無いほどに顔を蒼白にして、彼女は呟いた。

「カイト王子…」

「ミク?」

僕が尋ねると、彼女は体をガタガタと震わせながら僕の両肩を掴んだ。

「レン…今すぐ私を殺して…」

「え…?」

「私…カイト王子にお付き合いを申し込まれたわ…」

「!」

彼女の告白は、信じ難いものだった。

否、信じたくないものだった。

彼女が、彼女が、カイト王子の想い人だなんて。

彼女が、リンを彼処まで駆り立てる原因だなんて。

「私が死ねば、他の人は死なずに済むんでしょう?」

「…でも、君が、カイト王子の想い人だという証拠は無い。」

「あるわ。」

僕は、彼女のその言葉に絶望を感じながらその手がポケットから何かを取り出すのを見ていた。

差し出されたそれは、一通の手紙。

「カイト王子から届いたの。私の名前も、カイト王子の名前も書いてあるわ。内容は、お付き合いの御申し込み。」

「君は返事をしたの?」

僕は、何故かそう口走り、

「…いいえ。でも、お断りするつもりだった。」

その返事に、この状況には全く関係ない安堵を感じた。

そんなことを考えている場合では無いのに。

「ね、私を殺して。」

「…嫌だ。」

「え?」

「君は逃げるんだ。生きるんだ!」

僕の頭は今までで一番早く回る。

どうしたら、彼女を逃がせるのか。

「でも…私は!」

「だったら、君を殺したことにする!証拠に君の手紙を持って王女に報告するよ。それなら良いだろ?」

彼女は僕が、そう言うと少し考える素振りを見せてから、ゆっくりと首を横に振る。

「何故!?」

「…もし、嘘を吐いたことがバレたら、貴方はどうなるの?それに、バレなかったとしても、貴方はきっと嘘を吐き続けることに苦しむわ。」

「それでも構わない、だから!」

「ダメ。…ね、レン。きっとこれは運命なのよ。私はきっと此処で死ぬべきなの。」

「ミク!」

彼女の意志は堅いようで、僕の言うことをとても聞いてくれそうにない。

僕は、どうしたら良いのかわからずに、途方に暮れる。

そんな時、突如遠くから悲鳴が聞こえた。

そちらを向くと、微かに赤い炎が見える。

間違いない。

リンの命で、兵達がやってきたのだ。

「…レン…お願い。私はもう死ぬしか無いの。私のせいで他の人が犠牲になった以上…ね?」

「…ミク…」

「私、他の人に殺されるくらいなら、貴方に殺されたい。」

「!」

彼女は、微笑った。

「貴方になら、殺されてもいいの。」

それは、僕がリンと天秤にかけた笑顔。

本当は、どんな天秤にも掛けたくなかった、大切な笑顔。

だけど、そうだ、僕は選んだんだ。

自分で、選んだんじゃないか。

リンを、ミクよりも、リンを…

それでいて、ミクに生きていて欲しいなんて。

なんて、なんて…

「ミク…ごめん。本当に、ごめん。」

「気にしないで、ね?私、不幸なんかじゃないのよ?だって……」

「…!?」

なんて、愚かなんだろう。

彼女を貫く剣。

鮮血。

微笑。

動かない、体。

それは、何処か遠くで起こった出来事のようだった。

これで、良かったんだと、何度言い聞かせても…涙は止まってくれない。

…僕が、選んだのに。

リンを守る為なら、何でもしようと思ったのに…

『だって、最期に好きな人に会えたんだもの。』

もしも、ミクを選べたら…選べる僕だったら…

そんな思いが、リンの待つ城に着くまでの間ずっと頭の中を支配していた。














───














城に戻った僕が、リンにミクの髪を一房と、カイト王子からの手紙を渡すと、彼女は笑った。

「レン、ありがとう!」

僕も、笑う。

その、リンの笑顔だけが、今の僕の救いだった。

例えそれが、彼女の死に対して心から喜んでいるが故のものだとしても、それでも。

彼女が、そうして笑ってくれたから僕は、その場に立っていられたんだ。

fin


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