ゴウマンナイノリ

□エミイロキボウ
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どうか、笑って。

今は、笑えなくても。

いつかまた、笑って欲しい。

この世界の何処かで。



×エミイロキボウ×



あっという間に隣国は滅んだ。

元々争いを好む国では無く、おまけにこちらの攻撃は不意打ちのようなものだったので、あまりにも簡単だった。

しかし、それは、この国の滅亡に繋がっていたのだ。

当たり前と言えば、当たり前だ。

あっという間だったとは言え、戦争には費用が掛かる。

それは国民の税金を上げることに繋がった。

そして、何と言ってもその戦争の理由が、極悪非道な王女という彼女のイメージに拍車を掛けた。

嫉妬の為だけに、一国を滅ぼすような王女をこれ以上のさばらせておくわけにはいかないと、民衆達はとうとう立ち上がったのだ。

そしてその勢いは、この国の兵士達が隣国を滅ぼした時のそれに勝るとも劣らない。

あっという間に、この城は囲まれてしまった。

「……どういうことなの?大臣は?大臣は何処?」

玉座で一人、彼女はまだ君臨していた。

「…いないよ、リン。」

「え?」

「もう、この城には僕達二人しかいない。」

「どういうこと?」

大臣を始め、彼女に仕えていた者達はさっさと城から逃げ出した。

けれど彼女は、ただ一人彼女は、自分の勝利を信じていたから、玉座に座り続けていた。

仕方のないことだ。

彼女は今まで、敗北を知らなかったのだから。

だから、こうなる前に何度僕が逃げようと言っても、彼女は一笑に付したのだ。

「リン、良く聞いて。もうすぐ民衆達がこの城を攻めてくる。このまま此処に居たら、民衆達は間違いなく君を捕まえて…殺す。」

「!」

「だから、早く逃げるんだ。今ならまだ間に合う。」

僕が差し出した手を、彼女は取ろうとはしない。

「リン!」

「逃げないわ!私は逃げない!」

「リン!!」

「殺されたって良い!…民衆達から私が逃げるなんて有り得ない。だって、私はこの国の王女だもの!」

「…っ」

リンが、死ぬ…?

殺される?

僕の半身、僕の生きる意味。

その、リンが?

確かに、王女という身分を捨てて身寄りもなく何処とも知れない地で生きていくよりは、此処で死んだ方が彼女にとっては幸せなのかもしれない。

けれど──僕の脳裏を、あの時の、ミクを救えなかった時のことが駆け巡る。

嫌だ。

もう、

大切な人を、救えないのは、嫌だ。

「ダメだよ、リン。」

僕は彼女を抱き締める。

「レン…?」

「リンが良くても、僕がダメなんだ。」

だって、リンが居なくなってしまったら僕は…

自己満足でも良い。

彼女が傷付いたって構わない。

僕はただ、僕の為に、彼女を死なせたくは無かった。

「ねぇ、リン。お願いだ。今まで僕は君のお願いを沢山聞いてきただろ?だから、一度だけ、僕のお願いを聞いてくれないかな?」

「レン…」

「お願いだ。」

「……仕方が無いから、聞いてあげるわ…」

彼女がそう言うとすぐに僕は腕を解き、その手を取って走り出す。

向かった先は、彼女の部屋。

僕達が、初めて出逢った場所だ。

そこには王族がもしもの時に逃げ出す為の抜け道があるのだった。

「リン、ドレスを脱いで。」

「え?」

「着替えなら用意してあるから。…ドレスだと目立つし、動き難いからね。」

彼女は少し戸惑っていたけれど、僕がそう言うと納得したらしく、頷いた。

そして、僕に背を向けたので、僕は彼女のドレスに手を掛ける。

彼女は、一人で着替えをしたことが無いのだ。

彼女のドレスを脱がせてしまうと、僕は用意しておいた着替えを彼女に手渡す。

「これ…」

それは、僕の服。

「粗末なもので悪いけど、サイズもそう違わない筈だし、男の格好をした方が王女とは思われ難いだろうから。」

その言葉に彼女は頷き、再び僕に背を向け服を身につけ始める。

それを確認して僕は、自分の着ている服に手を掛けた。

…この選択が正しいのかは、わからない。

それでも、僕は…僕には、こうするしか、出来ないんだ。

「レン…これで良いかしら?」

着替えを終えた彼女は僕を振り返り、次の瞬間、目を丸くした。

「待って、レン!どういうこと!?」

僕は構わずに手を動かす。

「レン!」

彼女が僕の腕を掴む。

「無礼者!」

僕はそれを振り払った。

反動で倒れ込んだ彼女が、瞳を揺らしながら僕を見上げる。

と、同時に僕は着替えを終えた。

僕が纏ったのは先程まで彼女が着ていたドレス。

それも皮肉なことに、ミクから受け取った、あのドレスだった。

見下ろす僕と、見上げる彼女。

それは、間違いなく王女と召使いの図だった。

「…なんて、ね。中々似てただろ?」

「レン、どういうことなの?どうしてレンが私の格好をしているの?」

僕は、笑う。

「…さあ。なんでだろうね?」

「誤魔化さないで!」

「…王女が居なければ、当然みんな王女を探す。だけど、王女が捕まってしまえば、もう王女は、君は追われたりしない。」

「!……レン、言ったじゃない!民衆達は私を捕まえて殺すって!私として捕まったらレンが死んじゃうじゃない!!」

彼女の顔は怒りに満ちていたけれど、僕は笑みを崩さない。

死ぬことは、怖くなんてないんだ。

リンを失うことに比べたら。

「…リン、ごめん。これからは、僕は君の傍には居られないよ。」

「ダメよ!そんなの許さない!許さないわ!!」

「許してくれなくても良い。これは僕の勝手な願いだから。僕を許してくれなくても良い。憎んでも良い。何か辛いことや苦しいことがあったら、全て僕のせいにして良いよ。でも、それでも良いから、生きていて欲しいんだ、リンには。」

僕がそう言っている間に、彼女の顔は悲し気なものに変わって行った。

「私…言ったじゃない。レンが居ないと生きていけないって、言ったじゃない。」

その声は、涙声になっていく。

「私…私には、レンが必要なの…もう嫌…離れ離れになるのはもう嫌なの!!」

立ち上がった彼女は、僕に抱き付く。

僕達は半身同士。

引き離された時の記憶なんて、あるわけが無いのに、それでも、ずっと思っていた。

もう、二度と離れたくは無いと。

それは、感情というよりも、魂が叫んでいたことだった。

リンの言うことは良くわかる。

リンの気持ちも良くわかる。

僕だって、本当なら離れたくはない。

だけど…だからこそ。

僕は彼女と離れるのだ。

奪われるくらいなら、離れなくてはならないなら、僕は自分の意思で、彼女を手放す。

何度も彼女の背に回したい衝動に駆られた両腕で、僕はその両肩を掴み、彼女を僕から引き離した。

「だったら、今から君がレンだ。」

「え?」

「命令よ、今すぐ逃げなさい。」

彼女は首を横に振る。

仕方なく僕はその手を掴んで無理矢理隠し扉の前まで彼女を引っ張った。

「…勘違いしないで。これは貴方の為じゃないわ。全て私の為よ。私、自分の思い通りにならないと嫌なの。」

「レン!」

扉を開け、その向こうに彼女を力一杯突き飛ばす。

歪む彼女の顔。

微笑む僕。

「さようなら、レン。」

そして彼女が体勢を立て直すより早く、

「レン!!」

扉を閉めた。

彼女は、その扉を中から開ける術を知らない。

王族は、城から逃げる方法だけ知っていれば良かったから。

「…さよなら、リン…」

彼女が僕の名を叫ぶ声を聞きながら、僕はその部屋を後にする。

向かう先は玉座。

歩き出した途端、フとミクの言葉が蘇る。

『きっとこれは運命なのよ。私はきっと此処で死ぬべきなの。』

今なら、彼女がそう言った意味がわかる気がした。

何故だか、僕がこうして死ぬことは、自然なことに思えたのだ。















───














断頭台に体を固定されても、不思議と僕は恐怖を感じない。

それよりも、寧ろこうして僕が王女として処刑されるのだということに安堵すらしている。

言い残すことは、と尋ねられても僕には言い残すことも、思い残すこともない。

目を閉じると、リンの笑顔が浮かんだ。

未練も何も無いけれど、ただ、僕の中には一つの希望と願いがあった。

生きてさえいれば、辛いことや苦しいことがあっても、いつかきっと笑える時が来る。

だから、それまではどうか、彼女が生きていてくれるように。

何も言わない僕に、処刑人が再び問い掛ける。

その時、教会の鐘の音が聞こえてきた。

それは、3時を…処刑時間を告げる鐘。

まるでそれが合図だったかのように、今までのことが、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

後悔も懺悔も、沢山あるけれど。

それでも僕は、

この世で二つも、大好きな笑顔を見つけられた僕は。

幸せだった。

そう思うと、自然に頬が緩んだ。

そして、僕は決めたのだ。

最後の、言葉を。

それは、彼女の口癖。

彼女が、一番良く笑う時。

「あら、おやつの時間だわ。」

彼女が、それを言う時のような、その時間を楽しんだ時のような笑顔を浮かべる時が、出来るだけ近い将来であるように。

そんな願いを抱きながら僕は、そう言ったのだった。

fin


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