幽遊白書

□記憶への回廊
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 妖孤であった頃の蔵馬であればこんな会話などする事もなかっただろう。

 なんの感情も見せずに冷たくただ物事の実態を確かめ損得を考え

 一番実直に自分の利益となる路を選んでいた妖孤には愛情と言う言葉の意味すら知り得なかったのだから。

 コエンマはそんな昔の妖孤の姿を想い浮かべていた。

 愛など微塵も感じさせなどしない妖孤はいつどんな時でも温かみなど持たずに凛としてただコエンマの傍らにいた。

 そんな妖孤が自分にだけ与える熱い口付けだけでコエンマは良かったのだ。

 そこには愛などと言った感情は全くなかったであろう、

 そうする事でコエンマが喜ぶから・・それだけに一連の作業に過ぎない。

 しかしその妖孤の唇の熱さだけがあの頃のコエンマの全てであったのだ。

 だが、今は違う・・・

 蔵馬には有り余るほどの愛情がある。

 
その大きさは量り知れないほどであろう。

 それは蔵馬自身が気づいていない本当の愛するものへの深い情が心の奥深くにしまってあるのだ。

コエンマは深くため息をついた。

 蔵馬はコエンマの言った意味が理解出来ないままどうしていいのかも解らずたちすくんでいた。

「さあ、残り少ない時間だ。思う存分お前の思い出とやらを楽しむがよい。

 わしはもう何もいうまい。お前の思うようにするがいい。悔いのないようにな。」

 コエンマはまた蔵馬に背を向け左手で“いけ”という合図をだした。

 蔵馬はそんなコエンマの優しさに感謝して頭を深ぶかとさげ静かに部屋を後にした。

―蔵馬よ、わしがお前にした事を許せよ。

 去っていく蔵馬にコエンマは再びおしゃぶりを口にくわえながら心の中で呟いていた。




《人間界》



「なあ、蔵馬、コエンマの所行ったんだろ?何だって?」

 蔵馬の部屋に遊びにきていた幽助は出されたコーヒーを片手に蔵馬を見て言った。

「たいした事じゃないよ。オレがもうすぐオレに関わった人間達の記憶を消さなきゃいけないって話さ。」

 蔵馬はベッドに腰掛けている幽助を背に、窓の夕日を見ながら言った。

 コエンマにはああ言ったものの本当は記憶を消してしまった方が良いのかも知れない、そう思える自分もいたのだ。

「オレの記憶も消されちまうのか?あの夢幻花ってやつで。」

「君の記憶まで消したら、一緒に霊界探偵は出来ないよ。」

 蔵馬は笑いながらふりむいた。

 長めの髪がふわっとゆれた。

 幽助はちょっとドキっとした自分に驚いていた。

「お前は霊界で暮らすのか?それとも飛影みたいに魔界で暮らすのか?」

 幽助は何故か蔵馬が人間界でと、言えずにいた。

「まだ、決めてないけどね。まあ、夢幻花で皆の記憶を消してしまえば

 オレに干渉する人間は居なくなるわけだから人間界でも都会の人ごみに紛れて生きていけるしね。

 もっともそれにはコエンマの許可を得ないといけないけどね。」

「許可?。」

「S級の妖怪ともなると魔界以外で暮らすには霊界の許可がいるのさ。

 行動範囲もすべて監視されるしね。」

「ふうん、めんどくせーんだな。」

「まあ、オレはもともと執行猶予中で霊界からの管理下にあった訳だし、さほど日常は変わらないけどね。」

 幽助の空になったカップを幽助の手から離してテーブルの上に置き、蔵馬は幽助の隣に並んで座った。

 その時、蔵馬の腕が少しだけ幽助の腕に触れた。

 幽助は何故かその事に胸の鼓動が早くなったのを感じた。

「ねえ幽助、冬の天気がいい寒い朝の洗濯物って見た事ある?」

 突然の不意な質問に幽助はなんだか当てがはずれた様な気持ちになった。

「な、なんだよ。あるわけねえじゃん。うちのばばあが早起きして洗濯なんてしねえって。」

 幽助は考える必要なく答えた。

 思い浮かぶのは飲んで帰ってぐうたらと寝ている母親の姿だけだったのだから。

 蔵馬はふっと笑うとまた、視線を窓の外にむけた。

「その洗濯物がさ、東の空から顔を出し始めた太陽の熱を吸収して徐々に湯気を出すんだ。

 そのの暖かさを受けて水分が蒸発していくんだけどね。

 それがね、回りが寒すぎるから結構はっきりと白い煙を見せてくれてきれいなんだ。

 それだけなんだけど、見てると、オレが人間界でしてきた罪もああやって蒸発して消えてくれればいいなって思ったりしてね。」

「く、くらま・・・」

 幽助は蔵馬が罪と言った言葉の意味を知っていた。

 それはいつも蔵馬が心の底で抱えていた重い十字架。

 人間界へと魂の姿で逃げこんだ妖孤は南野秀一と言う本来であれば

 普通の人間として生きるはずだった身体に憑依して生きながらえたのだ。

 蔵馬は妖孤としての記憶が戻ってからはその事に深く傷ついて生きてきた。

 母から本当の南野秀一を奪ってしまったという罪を蔵馬はいつも胸に抱いていたのだ。

「お前さ、なんでそうやってなんでも抱えちゃうんだよ。」

 幽助は蔵馬の心の傷が痛かった。

「そうじゃないよ、幽助。オレはそう思う事で自分の犯した罪をごまかそうとしてる自分に気づくんだ。

 考えれば考えるほどね。オレの人間界での記憶を消すって事は南野秀一と言う本来実在した人間の存在をも

 消しちゃうって事なんだよ、幽助。その事実がオレの犯した罪をもっと深くする、そんな風にも思えるんだ。

 それなのにその事実にかこつけて憑依した自分の存在をもなくなる事に恐怖さえ感じてるんだ・・・

 オレは罪を償えないどころか自分の存在を誇示しようとさえしているのかも知れない・・・」

 何故、ここまで蔵馬は深く深く物事を考えるのだろう、幽助はそう思ったが、

 蔵馬の心の叫びにうまい言葉が見つからずにいた。

 自分の言葉にするとなんだかとっても安っぽいものに思えてしまう。

 幽助の中の蔵馬はもっと深くて実直で自分ごときが言葉でなどで慰めるような真似は出来ない存在なんだと思えていたのだ。

 蔵馬はあと少しで沈む夕日の最後の光を追っていた。

 夢幻花を使った後は、例えこの町に住んでも自分が憑依した南野秀一と言う存在は誰からも忘れられている、それでいい。

 それしかないのだから。

 そう何度も自分に言い聞かせながらも蔵馬はふいに”孤独“と言った言葉が頭をよぎっていた。

 こう思う自分をコエンマは気に止めているのだ。

 誰もが忘れた過去を自分だけが振り返る”孤独“と言う現実に立ち向かわなければならない。

 コエンマが望んだ様に自分が人間として生きた記憶を消してしまえばそれは自分が”魔”に戻る事であって

 存在の消えた南野秀一という人間に感傷する事もなく”孤独“を味わう事もないのだ。

 しかしその事、事態を蔵馬は納得出来得なかった。

 幽助はふと黙りこんだ蔵馬の横顔がとても寂しそうに見えた。

 人より二歩も三歩も前を読み、相手のどんな些細な態度も見逃す事なく把握し、

 いつでも大人びた口調で全てを悟った様に振舞う蔵馬が今日はやけに小さく見えた。

 言葉なんかじゃ表現できない何かが幽助の胸の奥に沸いて無償に蔵馬を抱きしめてやりたい、

 そう思った瞬間幽助はなんのためらいもなく、蔵馬の唇に自分の唇を重ねていた。

「幽助?」

 驚いた蔵馬の呼びかけに幽助は我にかえり今、自分が犯してしまった行動に顔が赤くなっていた。

「わり、わり、冗談、冗談だって。おめーがあんまりシリアスになってっから・・・」

 慌てた幽助は立ち上がろうとしたがその手を蔵馬が離さなかった。

「ごめん、幽助オレなんだか今おかしいんだ。人間じゃないのに感傷って言葉に浸っているみたいだ。へんだよね。」

 そう言って笑った蔵馬の目には静かに光るものが見え隠れしていた。

「蔵馬・・・」

 幽助はおかしな感情だが今さっき、打ち消そうとした思いが再び込み上げてきて、

 目の前の蔵馬をどうしても抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいになっていた。

 すると蔵馬は幽助の気持ちを知ってか、知らずか握り締めていた幽助の手を引いた、

と、同時に幽助は蔵馬をベッドに押し倒す形になってしまった。

 きれいな淡い緑色の瞳が幽助を捕らえていた。

 幽助は魅入られた様に自分の感情に素直になっていた。

 これが蔵馬の持つ”魔“としての聖域になるのか、そんな事を考えながら幽助は蔵馬の唇に自分の唇を重ねていた。

 蔵馬は静かに目を閉じ少しだけ口を開けて幽助を待っている。

 幽助はもう止められなくなっていた。

 赤みがさした蔵馬の唇の隙間に自分の舌を忍ばせた。

 蔵馬は幽助の舌をすぐに捕らえた。

 細く長い蔵馬の舌の動きに幽助は翻弄されていた。

 それだけで幽助の身体は全身に電流が走ったかのように反応してしまう。

 やっとの思いで蔵馬から唇を離すと幽助はきめ細かいきれいな蔵馬の首筋に舌を這わせた。

 蔵馬は小さくため息の様な声をあげた。

 そして指で蔵馬のシャツのボタンをひとつずつ外しながら、首筋から上へ登るように舌を這わせ

 柔らかい耳の中にその舌を埋没させた。

「あっ・・・」

 蔵馬のしっとりとした声が響いた。

 幽助はいきり立ってしまった自分自身が蔵馬にあたらない様に肘を付き膝を立てて腰を浮かせた。

「なぜ、そうするの?」

 その事に気づいた蔵馬は幽助に言った。

「なぜって・・・な、なんかお前に悪い気がして・・・」

 蔵馬はちょっと笑った。

「人間って面倒な事考えるんだね。でもなんだかうれしいよ。」

 蔵馬は起き上がると幽助のズボンをそっと脱がせた。

「いいよ、蔵馬。」

 幽助は蔵馬がしようとしている事を止めようとした。

「黙って、幽助。」

 蔵馬は幽助の唇に人差し指を軽く当てる様に幽助のおしゃべりを止めた。

 そして幽助のシャツのボタンをはずして幽助の胸に舌を這わせながら逆に幽助をベッドに倒した。

 蔵馬の舌はやはり人間のものではなく自由自在に幽助の感じる場所を把握してるかの様に這っていく。

 幽助は高まっていく興奮を押さえきれなくなっていた。

 蔵馬は幽助の突起してしまった胸の先端をやさしく噛んだり口の中で転がしたりした。

 蔵馬が動く度に蔵馬の柔らかな髪でさえひとつひとつに意思があるかの様に幽助の身体を弄っていく。

 幽助自身はもう透明な液を滴らせながら時を待っている。

 蔵馬の舌は胸から下へと下がり幽助の足の付け根まできていた。

「もう、いいよ。蔵馬。や、やめろ・・・・」

 幽助は我慢できなくなっている自分自身を蔵馬に預けると言う事にひどく恐縮していた。

 そんな幽助を楽しむ様に蔵馬の舌は動きを停めずにた。

「く、くらま・・・や・・・やめ・・・」

 必死に蔵馬の流れる様な髪に手をやりこらえようとする幽助に蔵馬は優しく言った。

「幽助、イっていいんだよ。」

 蔵馬は自在に舌を幽助自身に這わせ片方の手は幽助の胸の突起をやさしくつついていた。

 蔵馬の舌の先が幽助の先端に差し込まれる様に蠢いた瞬間幽助は“あっ”と声をあげ

 蔵馬の口の中で押さえていた自分の欲望を開放させていた。

 蔵馬はそれをのどをならして飲み込んでいた。

 しばらく放心状態でいる幽助の傍らで蔵馬はベッドに腰をおろしたまま幽助を見ていた。

 さっき幽助が外した蔵馬のシャツのボタンが全部外れて上半身が見え隠れしている。

 その胸には均整のとれたきれいな筋肉がついているのにしなやかに見えるのはなぜだろう。

 幽助はまた蔵馬の姿に目を奪われていた。

「幽助?」

 蔵馬は呆然としている幽助に声をかけた。

「あっ、ご、ごめんな、蔵馬。」

 蔵馬の声に幽助はふと我に返り、身支度を整えはじめた。

 そして自分をまっすぐに見つめる蔵馬の髪に優しくふれた。

「なぜあやまるのさ、変な幽助。」

 蔵馬は幽助に髪を触られる事がとてもここちよかった。

「お前には何でも見透かされてるみてーだけど・・・なんだかオレ、お前にすごく悪いような気がして・・・」

「人間の欲望は色々と理由が必要なんだね。オレたちは欲望は欲望でしかないけど。

 それにオレには幽助・・・君の気持ちは正直言って理解し難い所の方が多いよ。」

 そうあっさり笑いながら言った蔵馬がやはり人間ではないんだと幽助は再び思った。

 けど、何であっても蔵馬は蔵馬であってオレはこいつの傍にいるんだ、そう思う事だけで何故か嬉しかった。

「なあ蔵馬、お前の記憶消すなよな。オレたちが人間として触れ合った記憶、消すなよな。

 なんだかわかんねえけど、お前や飛影とオレらが気持ちで触れ合ってきた事を忘れて欲しくねえんだ。」

 幽助の言葉はまっすぐだった。

 蔵馬は迷っていた自分の感情にけじめが着いた気がしていた。

―オレは自分の記憶は消しはしない。孤独なんかじゃないんだ。

 蔵馬は心の奥でそう呟いた。

 そして、自分が記憶を残す事で消されてしまった南野秀一の存在を自分だけでも覚えておいてあげよう、

 百年足らずの人間の記憶の変わりに自分が生き続ける長い永遠の時間、覚えておいてあげよう、

 それが少しでもの南野秀一とその母への贖罪となるのなら、蔵馬はそう思っていた。

 それと幽助がこうして傍にいてくれるなら人間界で暮らしてもいいかもしれない、

 そんな事を考えながら幽助を見つめて口元に笑みを蓄えた。

 幽助は自分を初めて仲間だと言ってくれた人間なのだから。


 幽助と言えばなんだか、蔵馬のペースに乗せられてこんな事してしまった自分に自己嫌悪を起こしていた。

―慰めるって感じじゃねえよな。どっちが慰められてんだか・・・

 ところで、あいつは自分の欲望は無かって事なのかな? 

 蔵馬の言った、欲望は欲望でしかないとい言う言葉から察すれば

 蔵馬が自分の欲望を幽助に求めていなかった事をふと思い出した。

―なんだかわかんねえけど、オレしばらく立ち直れねえ・・・

 頭をかきながら幽助は帰り路を急いでいた。
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