幽遊白書

□記憶への回廊
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《飛影の記憶》


 飛影が妖狐を初めて見たのは雪の深い山の中だった。

 その森は何故か時折雪を降らす。

 魔界では考えられない事だがその森はとても静かに白い原野を一瞬にして作り上げるのだ。

 そしてそれはそこに住む木々達をより強くさせていく環境を作り出している。

 魔界でありながらそんな自然の法則をも息づいている不思議な森だった。

 そんな森の満月の光に照らされてそれは幻想かと思うほど妖美な姿だった。

 飛影は身動きひとつ出来ずにその場にたちすくんでしまった。

 身にまとった白い布の装束から出される二本の逞しい腕、月の光に照らされて濡れている様に輝く銀色の髪。

 端整な横顔に鋭く冷たい金色の瞳はよく似合っていた。

 飛影はひと目で妖狐の虜になっていた。

 なんの温かみもぬくもりもなく、恐れもなく、希望や絶望すらもない。

 自分が捨てたいと願うものを全て排除し、ただ、凛と立っている。

 その姿は飛影には”幻“に見えた。

 自分が捨てられずにいるしがらみをも断ち切れる程の冷たさが飛影の心を捕らえていた。

 何故こんな所に伝説とまで言われる妖狐がいるのか、妖孤は戦略に長け、

 尚且つ妖力が高く、全ての植物を操る事が出来る。そして非道な妖怪だ。

 戦いに右に出るものはいない。妖孤に魅入られればその場で命は無い、とさえ言われている。

 欲しいものは全て手に入れる。お宝と称したものは全て妖孤のものとなる。

 盗賊では最前で君臨しているはずの妖孤ではないのか。

 この森は魔界でもはずれの森で訪れる者などここ数十年見た事もなかった。

 時折迷いこんだ下級の妖怪が現れる事もあったがこの森には酷く禍々しい程の恐ろしい植物が存在している。

 その植物に食されて姿を消す姿は何度も見かけた。

 この地で妖孤は何をしているのだろう、飛影には妖狐が現実のものではない様に思えていた。

 近寄れるぎりぎの位置で立ち止まる。

 妖孤に触れてみたい衝動に何度もかられるがその一歩を踏み出せばそれは飛影に取って命とりになる事は歴然だった。

 自分との妖力の差はあきらかでS級とされ魔界でも恐れられている極悪非道の妖怪に近づける訳がないのだ。

 しかし飛影は妖狐から離れる事ができず逃げ出す事が出来る距離を踏まえ妖狐を追い続けていた。

 何をするわけでもなく、妖狐がする全ての事をただ遠くから見ていた。

 そうする事が自分のどんな感情なのか、飛影には解らなかった。

 ただ、心が、体が、妖狐の姿を求めている。

 それだけだった。

「いい加減に私をつけまわすのはやめろ!邪鬼!」

 ある月の夜、大木の根元で寝ていると突然飛影の眼の前に妖狐が立っていた。

 不意を付かれて飛影はたじろいだ。

 これだけの妖狐の強い妖気に気づかず寝ていたというのか?飛影は理解できなかった。

「邪鬼よ、お前ごときに妖気を隠す事くらい簡単な事だ。

 お前は私の手の中で走りまわっていたにすぎん。

 今まで気づかない振りをして遊んでやったがそろそろ飽きた。

 近寄れば殺してやろうものを、お前は一定の距離を保ったまま近づかず、離れずだ。いったい何が目的だ。」

 こんなに間近で妖狐を見ている自分が飛影には信じ堅たい事だった。

 月の光に照らされてやはり美しく、そして凍て付く程に冷たい。

 この生き物には暖かさがまるで感じられなかった。

 飛影は自分がどれだけの崖っぷちにたたされてしまったのかを忘れるほど妖狐に魅せられてしまっていた。

「邪鬼よ、お前はきれいな顔をしている。いい眼だ。力をもてば益々美しくなろうぞ。」

 妖狐は口元に笑みを浮かべ呆然としている飛影の服をつかみ立ち上がらせた。

「何をそんなに驚いている?この森はお前だけの縄張りだとでも思っているのか?

 ふん、お前が生まれるずっと以前からここは私の寝場所だ。お前の方がよそ者なのだ。」

 そう言うと妖狐の流れるような銀色の髪が夜の風にふあっと舞い上がった。

 髪の間から二つの銀色の透き通る様な耳が立っていた。

 妖狐はその髪の中から何かの植物の種を今、飛影が寝そべっていた大木の下に放り投げた。

 飛影は黙ったまま自分が殺されかけている恐怖を感じる事なく

 目の前にある美しきものがする様をただ見ていた。

 妖狐が投げた種は見る見る間に根をはり葉を広げ飛影の身体ごと大木につたをからませた。

「うっ・・・・」

 その時飛影は初めて現実を把握した。

 身体を必死に動かそうとするがそれ以上に蔓を巻きつけて飛影の身体をいっそうしばりあげた。

「動かん方が身の為だ。魔界の植物だ。私の言うことを良くきくやつだ。」

 飛影は動きを止め妖狐を睨んだ。

「いい眼だ。邪鬼、私のものになるか?」

 妖狐は飛影の眼をみて言った。

「オレはオレだ、誰の物にもならん。」

 飛影は答えた。

「そうか、ならば仕方あるまい。」

 そう言って妖狐は飛影の顎をつかむと強く口付けをした。

「な、なにを!」

 突然の事に驚いた飛影は目を丸くした。

「ふっ、お前はまだ知らんのか?」

 妖狐は力を抜いた調子でくっくっと笑いだした。

「な、なにをだ!」

 飛影は意味も解らず、少し赤みをさした頬のまま言った。

「邪鬼、お前は長い間、私を追いかけまわしていたな。

 私がする全ての事を見ていたはずだろう。

 欲望のまま求めた姿をもお前は見ていたのではなかったのか?」

 妖孤はおかしさを堪えるかの様に相変わらずくっくっと含み笑いをしながら言った。

 飛影はやっと妖狐が言わんとする事を理解した。

 確かにそんな光景を幾度か見た。

 しかし何故か妖狐が欲望のまま欲している姿を見ることが不快に思えてその場から逃れていたのだった。

「ますます気に入ったぞ。」

 妖狐は魔界の植物に飛影の両手両足、腰、そして首をからませ

 飛影が身に着けているものは全て取り除いた。

「お前にも教えてやらんわけにもいくまいな。お前はまだ、発情期もきておらんようだからな。」

 妖狐は冷たい視線のまま退屈な時間をつぶせるとでもいいたげに美しい顔に笑みえを含んで言った。

「や、やめろ!」

 飛影は自分の身に起ころうとする事態にようやく恐怖を感じた。

 それは今まで戦ってきた恐怖とは全く違っていた。

 妖狐は自分の手は一切ふれずに植物で飛影を犯しはじめた。

 やわらかな植物の葉を飛影の腰に這わせた。

 それだけで飛影の身体はぴんと張り詰めた。

 別の葉が飛影の首筋を這い、耳の中の暗闇の弄りを繰り返す。

 飛影は迫りくる今まで味わった事のない快感の振えを必死に抑えようとしていた。

 小さな蔓が既に突起している飛影の二つの胸のつぼみをまさぐりだすと、たまらず飛影は声をあげていた。

 自分自身その声に驚いた。

 しかし一度発してしまった声は堪えても堪えても止め処も無く喉のおくから送りだされた。

 胸の突起にまとわりくつ蔓は優しく揉み解す様に包みこんでは、硬く絞ったりをくりかえす。

 その快感に飛影は気を失いかけるを必死に耐えた。

 そして別の葉は飛影の足の付け根へと伸び彼のうっすらとほとばしる彼自身に

 からみつき上へ下へと弄りだしたのだ。

「あ、ああ、・・・・」

 飛影はこらえようとしたが、そのとろけるような葉の動きに足を突っ張らせて

 彼自身を一揆に解放していた。

 荒いだ息が静かにおさまるまでの静寂が続いた。

 ふと我に返り、眼を開けるとそこには腕組をし、銀髪をゆらした妖狐が全てを黙って見ていた。

 飛影は今、自分がされた事の全てを黙って見ていた妖狐に対し

 はずかしさとくやしさ、そして屈辱でいっぱいになった。

 すると何かが頬を伝っておちた。

「お前は何故、涙をながす。欲望を発する事は当たり前の事だ。」

 その光景に妖狐は今まで感じた事のない感覚を見た。

「オレを見るな!」

 飛影はそういうとぬぐう事が出来ない涙を必死にこらえていた。

 妖狐は植物から飛影をときはなした。

 飛影の身体は地面に力なく落ちた。

 静かに飛影に近づいた妖狐はその小さな身体を抱きあげた。

「や、やめろ!」

 飛影は暴れたが、妖狐は飛影の手首を掴み、そこから少しばかりの妖力を奪った。

 飛影は抵抗も出来ず、そのまま気を失っていた。

「お前は・・・・」

 妖狐は不思議な気持ちで飛影の身体を木の根元に下ろすと音もなく消えた。

 しばらくして飛影が目覚めると裸の身体の上には白い柔らかな布がかけられていた。

 それはまぎれもなく妖狐のまとっていた装束の一部であった。

 飛影は自分の身に起こった事が全て夢であった様にも思え、

 言葉に出来ない感情が飛影を惑わせていた。

 飛影はその布を握りしめながら何故か涙を流していた。

 次から次へと流れる涙の意味が飛影自身にも解らなかった。

―くだらん

 何度も同じ言葉を口にしてみたが胸の奥から込み上げてくる涙は止め処も無く流れ落ちていた。

 それからその森で妖狐の姿を見ることは無かったが、

 来る日も来る日も雪山をかけめぐり妖狐の姿を求める飛影の影がそこにはあった。

 
 それから数年たった。

 しかし飛影は妖孤を求め探し続けたままだった。

 妖狐の現れた噂を聞けば自分の住み家とした森を出て数万キロも離れた場所まで赴いた。

 それはどんなに強い妖怪に出会うかも知れない危険をも意味している。

 実際何度も死に掛けた戦いを強いられた。

 何故、そうまでして妖狐を追う必要が自分にあるのかその意味すら解らないまま飛影は追い続けていたのだ。

 生まれた時から自分には何もなかった。

 赤ん坊のまま捨てられ、拾われた妖怪に育てられ、その妖怪すら自分を怖がり去って行った。

 飛影には言葉も感情もあまり無かった。

 それなのに心のどこかでは安らぎを求め、絶望しか得られないと解っていても、

 それでも何かを求めてしまう自分がいた。

 けれど感情も、安らぎも、全てを捨て欲望だけで生きていく事、

 それこそがこの”魔”の世界でたった一人で生きていく必要不可欠な事は解っていた。

 だから妖狐に抱いた感情は“無”であると飛影は思っていた。

 その”無“でありたいと願う飛影自身を探していたのかも知れない。

―くだらん

 心の中でつぶやきながらも妖狐を探す行為を止められなかった。
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