幽遊白書

□記憶への回廊
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《妖孤》


 妖孤は森で出会った邪鬼を思っていた。

 邪鬼の涙を見た時自分の心の奥底で苦しむ様な痛みが走った事を考えていた。

 今まで多くの涙を見てきたが心が痛くなった事など無かった。

 戦いに命ごいをする涙。

 恐れの中で流れる涙。

 どの涙を思い出しても邪鬼の流した涙の様な息苦しさは感じられなかった。

「何を考えておる?」

 窓の景色を遠い眼で見つめている妖孤にコエンマは声をかけた。

「いや、涙は何故ながれるのかと思ってな。」

 妖孤はコエンマを見ずに言った。

「お前にしては随分とセンチメンタルな台詞じゃの・・・」

 コエンマは以外な言葉を発した妖孤に驚いていた。

「誰かを泣かしてきたか? まあ、お前を見て泣かぬものはいないかもしれんがな。」

 コエンマは少し茶化すように言った。

 相変わらず遠くに視線をおいたまま表情ひとつ変えずに妖孤は言った。

「泣いたものは数多くいる。しかし、今まで遇った涙とは違ったものをみた・・・

 いや・・・どうでもよい。」

 妖孤は途中で話をやめた。

 コエンマは今、妖孤が止めた台詞がなんであったのか不思議に思ったが、

 何故か言わずとも心あたりが在るように感じられた。

―こやつに愛が芽生えたか?

「女でも泣かしたか?」

 コエンマは笑いながら言った。

「女ねえ、ふっ・・・」

 妖孤はコエンマが言った女を泣かしたと言う言葉に反応していた。

 パズルのひとピースを見つけたような感覚だったかもしれない。

「なるほどな、ふっ・・・・そうか・・・」

 首を傾げるコエンマに妖孤は笑いながら言った。

「小さな子供をなかした。・・・・」

「子供?」

 コエンマは何かを解決した様に笑う妖孤を見つめていた。

 妖孤は納得が要ったように思えた。

 そうだ胸の底に痛さを感じたのはあやつが子供だったからだと、そう合点がいったのだ。

 何を気に止めていたのか、と妖孤は思った。

 子供相手に悪戯をしたに過ぎない。

 その小さな罪悪感が自分の胸を痛めていたのだと思った。

―この私に罪悪感などといったものがあったのか・・・

 妖孤は急におかしさがこみ上げていた。

 しかしコエンマはそう笑った妖孤の心の変化を見逃してはいなかった。

―こやつの心の扉を開けたのは誰なのじゃ?

 コエンマは妖孤の横顔を見て心の中で呟いた。

 妖孤は笑いながら、長い足を片方だけ延ばし片方の膝をたて銀色の髪をふわふわとさせながら窓際に身体を預けていた。

 その姿は日に照らされ光にとけるかの様に美しく輝いていた。

 コエンマは妖孤に近づきその髪に手をやった。

 そして顔をあげた妖孤の唇にそっと優しく唇をかさねた。

 妖孤はコエンマの唇の隙間から柔らかい長い舌を滑り込ませた。

 そしてコエンマの舌を捕らえると激しくからませてくる。

 コエンマは妖孤のこの行為がたまらなく好きだった。

 長い口付けをかわすとコエンマはそれで妖孤から離れていく。

 妖孤もその行為が嫌いではないのでコエンマの合図には必ず応える。

 おかしな事だが、二人の関係はいつもここで終わる。

 それ以上をコエンマは要求しない。

 また、妖孤も昔からこの行為で終わる為、要求されない以上はそこで歯止めをかけていた。

 そしてその行為が終わると妖孤はまた、ぷいとどこかへ消えていく。

 またいつ訪れるかもわからないまま。



―あの剣は何処に行ったのだ、あの剣が欲しい。

 妖孤は昔に盗んだお宝の中に“妖魔の剣”があった事を思い出した。

 妖孤は九尾のきつねの化身だ、本来なら神に使えるもの、例え”魔“となろうとも武器というものはもたない。

 だからお宝の中にあった”妖魔の剣“は妖孤には必要のないものだった。

 欲しいというやつにくれてやったが、そうとうの曰くのある物だ。

 おいそれともらっていったやつはすぐにあの剣に食い殺されたと聞いた。
 
 それだけ妖力を秘めた剣だ。

 持ち主が次々と変わる由縁でもある。

 下級クラスの妖怪がもてばそれだけで生気を吸い取られてしまうだろう。

―あの剣でなければ意味がない。

 妖孤はとり憑かれたように”妖魔の剣“を何年もの間探し求めていた。


「なぜ、お前はあの剣にこだわるのじゃ。」

 必要以上に“妖魔の剣”にこだわる妖孤の姿にコエンマは心配を隠せずにいた。

「欲しい物は、必ず獲るお前だが、例え、あれがお前の手に入ってもそれを使う事はお前には出来んのだぞ。

 神はお前に剣を持たすようには作っておらんからな、いくら”魔“であってもお前は九尾の狐なのだ。

 それも一度手放しておるではないか。」

 コエンマは妖孤の行動が理解出来ずに釘をさした。

「あなたには関係のない事だ。」

 妖孤は口うるさいコエンマの話をながしながらコエンマの膝の上に長い銀色の髪をたわむれさせ静かに眼を閉じた。

 そしてゆっくりと安堵の眠りについた。

―やれやれ、なりはでかくともお前はかわいい九尾の狐だ。

 コエンマは妖孤の無防備な寝顔をずっと眺めていた。

 妖孤にとってコエンマの膝の上は妖気を消すこともなく安心して眠る事が出来る場所。

 流れるような銀色の髪からのぞくふたつの柔らかな産毛を含む耳でさえ

 この時ばかりはだらりと下がりただの美しく、かわいい狐でしかない。

 コエンマはそんな妖孤の髪を優しく指ですいてやる事がとても気に入っていた。

 しばらくすると妖孤は突然何かを察知したかのように勢いよく起き上がった。

―妖狐?

「見つけたぞ!」

 妖孤はふわっと身を舞わせコエンマから離れた。

「何処へ行く?」

 コエンマの声を聞く間もなく妖孤は去って行った。

 以前にもこの様な事があり妖孤は暫く姿を消した事があったが何食わぬ顔で戻ってきた妖孤はその妖力を異様に増し戻ってきた。

 かすかに自分以外の強力な妖怪の妖気を漂わせて。

 しかしいつもは気にも止めないコエンマであったが何故か今日は消えた妖気に一抹の不安がよぎった。

―妖孤、必ず帰ってくるのだぞ。

 コエンマは消えた妖孤の妖気を追って心の中で呟いていた。


―ふん、お前クラスでなければその鞘を抜くことすらできない”妖魔の剣”というわけだ。

 妖孤は強力なパワーを持つその妖怪との戦いを強いられていた。

 妖孤があちらこちらに送り続けた気のアンテナに”妖魔の剣“の妖気がかかったのだ。

 この気は鞘を抜き使わなければ発せらず、その瞬間につかみ取れなければまた、次に鞘がぬかれるまで見つかる事はなかった。

 鞘がこの剣の妖気の封印となっているのだ。

 すなわちこの鞘を抜き、剣を振ることの出来るものが使わぬ限り、この剣の妖気はつかめないということになる。

 となればこの剣の妖気をつかんだと言う事はそれなりの妖気を持つものが所有者となった事を意味する。

 その事が妖孤の頭の中にはあったものの、剣を見つけた事の喜びが妖孤の足を急がせていた。

 急がなければまた取り逃がす、妖孤は逸る気もちを押さえながら発せられた妖気に向かってきたのだ。

 妖狐が辿り着いた所で、やつが、剣を握り今、きりつけたばかりの妖怪の前で仁王立ちしている姿が眼に入った。

 やつの妖気は凄まじい程のバトルオーラに包まれていた。

 生半可な相手ではない事が妖孤にも解っていた。

「妖孤か・・・何の用だ。」

 そいつは振り向きざまに言った。

「私の名を知っていてくれたとはありがたい。」

 妖孤は恐ろしく冷たく鋭いまなざしで相手を睨んだ。

「噂どうりきれいなやつだな。それになんて恐ろしく冷たい目なんだ。凄まじい妖気だ・・・」

「お褒めの言葉、感謝する。」

「で、そのお美しい妖孤さまが何のようだ。オレと戦いにきたか?

 最近のあんたの残忍さは聞こえてこなかったからな、探し物で手一杯だと聞いたが?」

 そいつは妖孤を舐めるように見据え、おちょくるように言った。

「それなら話は早い。私が探しているのはお前のその剣だ。渡してもらおう。」

「ふざけるな!」

 そいつはいきなり妖孤に切りつけてきた。

 妖孤はふわっと身を翻しそいつの背後に回った。

 そいつはうなり声をあげるとバトルパワーを放出させその威力で一瞬妖孤は体制をくずしたがすぐに距離をおいた。

「さすが賢い狐さんだ。あっさり手のうちにはかからないわけだ、だが、逃げてばかりじゃこの剣はうばえない!」

 そう言うとそいつは自分のパワーを剣に共鳴させ力を倍増させていた。

 この剣は持つものの妖力に合わせた能力を発揮する。

 この妖怪の持つ能力とは強大なバトルパワーだ。

―ちからでは勝てない

 妖孤は手の内を必死に考えていた。

 距離をとらなければ殺られる。

 妖孤は髪の間からちいさな種をとりにぎりしめた。

 何度か身体を翻しながらそいつの背後に回りその種を背にある小さな傷に埋め込んだ。

 その時、圧倒的パワーを放ちながら”妖魔の剣“がうなりをあげた。

 それは言い知れぬほどの威力で、且、美しいものだった。

 妖孤は何故かその瞬間その剣を携える邪鬼を脳裏に浮かべていたのだ。

「死ね!」

 そう妖孤が囁いた。

「ぐぁ・・あああ・・・・・」

 次の瞬間そいつの断末魔の叫び声が響いた。

―いっ・・・・

 同時に赤い血しぶきが回りを覆った。

 妖孤の放った魔界の植物しまねき草はそいつの背から一揆に繁殖を始め

 そいつの体内を餌として枝を伸ばしていった。

 そして妖孤もそいつの振るった”妖魔の剣“で片腕の肉をそぎ取られていた。

 妖孤の腕からは血がぽたぽたとしたたり落ちていた。

 妖孤はその傷をペロリと舐めた。

 が、その剣の妖気は凄まじく再生には時間を要する事が図りしれた。

―妖魔の剣か、こうでなければ価値がない

 滴り落ちる血を見ながら妖孤は呟いて笑った。

 そしてそいつが落とした”妖魔の剣“を拾い鞘に収めた。

 妖孤は次の瞬間その場から姿を消していた。

―あいつに渡そう。あいつになら使いこなせる。

 あいつの剣だ。

 血に染まりながらも妖孤の心は踊っていた。

 妖孤の頭の中にはあの小さな邪鬼がこの妖魔の剣を握り締めている姿しかなかった。

 それは子供の頃の妖孤がコエンマにしとめた妖怪の死骸を自慢げに見せていた時のような嬉しさに酷似していたのかもしれない。

―おかしなものだ。

 妖孤は自分のしている事にふっと笑いがこみ上げてきた。

 何故こんなに心が揺らぐのか、何故こんなにも気持ちが勢ているのか、妖孤自身解らなかったがとにかく気分がいい。

 それはそれでいいと、妖孤は呟いていた。
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