幽遊白書

□記憶への回廊
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《飛影》


 長い眠りの中にいた飛影はようやく目覚めた。

 そこはいつか感じた事のある大きくて暖かい温もりの中だった。

 最初に眼に映ったのは銀色の流れる様な髪と優しいまなざしだった。

「おはよう、飛影。」

 そう、声をかけた妖孤は容姿はそのままであったが、間違いなく蔵馬だった。

「ふん、目覚めたのはお前の方だ。」

 飛影は蔵馬の腕の中で言った。

「うん。」
 
 蔵馬は優しく笑った。

「キサマを人間界で最初に見つけた時、お前はまだ人間の子供だった。」

「うん。」

 飛影は蔵馬の腕から身体を起こして少し離れた所に座って話しだした。

「キサマはオレを怖がるでもなく、じっとオレ見ていた。」

 飛影は妖孤を追って人間界にきた頃の事を思い出していた。

 妖孤が魔界から居なくなって数年、飛影は妖孤から携えられた剣をかたときも離さず持ち歩いていた。

 ただ、やはり妖孤が言っていた様に鞘から出すことすらその頃の飛影には出来なかった。

 しかしその剣を追い向かってくるものは星の数ほどいた。

 が、どんなに苦戦を強いられても飛影はその剣を離す事は無かった。

 飛影にとってその剣は妖孤そのものであったのかもしれない。

 例え、自分がその剣の鞘から剣を抜く事ができなくとも、命にかえてその剣を守り抜く意志がはっきりとしていたのだ。

 戦いの日々、それも自分より遥かに強い相手との苦戦の日々はおのずと飛影の妖力をあげていった。

 何百年かかるとも知れない戦いの日々が飛影を待っていたとしても飛影の気持ちは変わる事が無かっただろう。

 しかし5歳でA級妖怪と言われ13層北東部では名が知れ渡るほどの飛影が

 もともと兼ね備えていた格闘センスと反射神経は見る見る間に飛影の妖力をさらに倍増させ

 気が付けば魔界全部でも名が知れ渡るまでになっていた。

 そしてとうとうその鞘から剣を抜く事が出来るようになっていた。


 月夜の晩、高い断崖の上に飛影は立っていた。

 そして静かに剣を鞘から抜いた。

―ふん、待っていたぜ

 そう呟く飛影がいた。

―お前を認めてやろう

 その時、どこからともなくそう、声がした。

―キサマは妖魔か

 飛影は剣を月にかざし言った。

―お前には無理だと思っていたが、妖孤が言っていた通りだった。

 あいつはこの剣はお前のものだとそう、言っていた。

 妖魔は不適な含み笑いをこめて言った。

―この剣は持つものの妖気でどんな強さにもなる。

 しかしそれだけの器がなければ逆に食い殺される。

 お前の意志は固かった。

 いつか食い殺されるともしれぬこの剣を守り通した。

 それは妖孤への想いか?

―ふぬけた事を言うな。オレはこの剣をオレの物にするためだけに戦ってきたんだ!

 飛影はありのままを口にしたつもりだった。

―そうか・・・お前は面白いやつだ。

 それではこの剣は妖孤の意志通りお前にくれてやる、受け取るがよい。

 妖魔が言い終わると飛影がかざした剣を一瞬にして炎が包み、天高く火の柱を立ち昇らせた。

 一瞬で炎が消えたと同時、次の瞬間雷光が剣に落ち、研ぎ澄まされた剣の刃がまばゆいほどの光を放ち、

 その光は、かざした飛影の身体ごと包みこんだ。

 飛影が妖魔の剣を自分のものにした瞬間だった。


 それから、飛影は魔界整体師時雨を尋ねた。

 それは邪眼をつける為だった。

 理由は3つ。

 自分を捨てた氷河の国を探すため、失くした氷泪石を探すため、

 そして・・・人間界に行った妖孤を探しだすためだった。

 しかし最後の願いは時雨には告げなかった。
 
 邪眼の手術はそれだけの妖力がなくては耐える事は出来ない。

 また、時雨は相手の人生に興味が無ければ手術を行わない。

「お前は患者の人生に興味がなければ手術はしないらしいな、

 あいにくとその件に関してはお前の意思に添えそうもないが。」

 飛影は時雨に言った。

「そうだ、それに手術代としてそやつの人生の一部をもらうことにしている。」

 突然訪れた飛影に時雨は只ならぬ妖気と氷で鎖された胸の奥底にある熱いものを感じていた。

「オレの人生なんぞ取るに足らんがな。」

 飛影は捨てたい程のちっぽけな自分の人生を垣間見た。

 しかし、時雨の手術をする意思は飛影の中にあるそれだけで十分だった。

「そうか、では、お前がその胸の奥底に隠し持ったその熱いものはなんだ。」

「そんなものはない。お前が勝手に創造しているに過ぎない。」

 そう言った飛影に時雨はふと笑いを含めた。

「何がおかしい!手術をするのか、しないのか、どっちなんだ!」

 飛影は時雨の含み笑いに腹ただしさを覚えた。

「お前は、自分の底知れぬ想いに気づいてはいない様だな。まあよい。

 お前の人生に、いや、これからのお前の人生に興味がわいた。手術はしてやる。

 ただ、お前がこの痛みに耐えられればこそだ。

 痛みに耐え目覚めた時に邪眼はお前のものになる。

 だが、その時点でお前の妖力は半分以下となるのだ。それだけは承知しておけ。」

「ごたくはいい。早くしろ」

 その夜魔界には飛影の断末魔の叫びが響きわたった。




《蔵馬の回想》


「覚えてるよ。飛影。君は突然オレの前に現れたんだ。真っ黒の服でね。

 今まで現れた妖怪達と違って見えたんだ。同じ魔界の匂いがするのにね。」

「オレは本当にお前が妖孤なのか解らなかった。あの時のお前は幼なすぎて妖力さえあまり感じられなかった。」

「そうだね。あの頃のオレはオレ自身何故妖怪が見えて、

 何故オレに敵意を示すのか解ってなかったし、

 自分でも何故植物を操れるのかさえ解っていなかったんだからね。」

 蔵馬はくすっと笑った。

 魔界から逃れ人間に憑依した事で蔵馬の記憶は魔界の記憶が一時的に消えていたのだ。

 幼かった蔵馬は歳を重ねるごとに妖孤であった魔界での事を少しずつ思い出していった。

 そして二度目に飛影に会った時は二人で妖怪、やつ手を倒した時だった。

 その時飛影は蔵馬の戦いを見てやっぱり妖孤であったのだと悟った。

 しかしあまりにも妖気が違い過ぎていて戸惑っていたのも事実だった。

 妖孤の妖気では全くなく、違った強さをもった妖気であったのだ。

「君はオレの名を聞いて、覚えておいてやる、そう言ったよね。」

「ふん、忘れた。」

 飛影は本当はしっかり覚えていたが気にもとめないふりをした。

「お前が人を助ける為に妖怪と戦うなどとは考えられなかったからな。」

「それは心外だな・・・」

 蔵馬はちょっと怒ったそぶりで言った。

 しかし飛影はその時本当にそう思っていたのだ。

 魔界の住人は誰もが自分の為だけに生きている。

 他を守るだのといった感情は有り得なかったのだ。

 その事が飛影を混乱させていたのは事実だった。

 蔵馬には何か目的は他にあるのではと考えてもいたがやつ手を倒すにはあまり時間の余裕がなかったのだ。

 飛影は邪眼をつけた為妖力が半分になり人間界に入る事が出来た。

 邪眼をつける前の飛影では霊界が張った結界を超えることは出来なかったからだ。

 しかしその代償として再び妖魔の剣の鞘をぬく事が出来なくなっていた。

 その為、やつ手を倒す事が一人では出来なかった。

 その時飛影はやつ手が食べたとする氷女の名をどうしても聞きだしたく、追っていた。

 そして蔵馬は同級生である女生徒を助け出す為にやつ手を追っていたのだ。

 目的は違ったが飛影と蔵馬の出した結果は同じであった。

 初めてのコンビであったにも関わらず、あ、うんの呼吸でやつ手を倒す事ができた。

 それは心の奥深くで求めあう本人達ですら解る事が出来ない力だったのかも知れない。


すねた返事をした飛影に蔵馬はくすっと笑って飛影を自分の方へそっと寄せた。

「な、なにをしてる。」

 蔵馬の行動に飛影は何故か急に恥ずかしくなり驚いていた。

「この方があったかいでしょ。」

 蔵馬は気にも留めずに飛影をもっと傍に引き寄せた。

「おかしな事を・・・」

 飛影はそうは言ったが蔵馬のするがまま抵抗せず蔵馬に身を寄せるように寄りかかった。

 蔵馬は飛影のその行為がうれしくてよりかかる飛影の身体に腕を回し優しく抱える様に抱いた。

「オレは妖孤であった記憶が少しずつ戻っていて君とやつ手を倒した後

 それははっきり思い出せたんだ。あ、君以外の記憶をね。」

 そう言って飛影を見つめた蔵馬の瞳を避けるように飛影は顔を明後日の方にむけた。

「妖孤だったキサマはオレにこの剣をくれた時、深手を負っていたんだ。」

 飛影はその日の記憶が蔵馬にない事に何故か安堵していた。

「オレの記憶は何故かその変から欠けているんだ。

 自分が極悪非道と恐れられていた妖孤であった記憶もコエンマに世話になった記憶も

 ハンターに追われた記憶もしっかりあるのにね。何故なんだろう。

 だけど飛影、君がオレの傍に居る事が何故だか嬉しいんだよね。

 おかしいだろ?君を初めて見た時だってすごく懐かしくて。

 何故だか黒い服がとっても懐かしく思えていたんだよね。

 でもそれがなんだかわからなかったんだ。今だったそうだよ。

 君に嫌な思いをさせていた事実を知っても何故か君に傍にいて欲しいと思っている。

 そんなオレを君は殺してやりたいと思ってもおかしくはないのにね。」

 飛影はそう、話す蔵馬の顔を横から見た。

「お前は何か、勘違いをしている。」

 その言葉に蔵馬は落としていた視線を飛影にむけた。

「勘違い?」

「オレはお前に飼いならされてなどいない。」

「だって、あの時・・・・」

 蔵馬は妖孤の姿で飛影に口付けをしていた自分を思いだしていた。

「その事はいい。」

 飛影は蔵馬がその先を何か言い出しそうで怖かった。

―オレは何を恐れているんだ。

 飛影は“恐れ”と言う言葉とは少し違う気がしたが、

 この胸のかすかな不安が恐怖に類似したような感覚だったのでそう言葉にしたのだった。

「飛影? 怒らないで聞いて欲しい。おかしな事は自分でも解っているんだけど、

 オレは君をどうしても、何からでも守りたいと思ってしまうんだ。

 どうしてかな・・・君にその必要が無い事など解りきっているのに、その思いは自分でも止められない。」

 蔵馬はいつ飛影が怒り出すのかと、とまどいながらもどうしても話さずにはいられなくなっていた。

 しかし飛影は怒る様子もみせずに、黙っていた。

「ごめん、飛影。」

「何故、あやまる。」

 蔵馬は飛影の肩を強く抱き、心の奥深くから競りあがってくる不思議な感情を押さえようとしていた。

 その感情がどんなものなのか蔵馬は知りたくて必死に手探りで探っている自分自身を見ていた。

「解らないんだ。オレが君をどうしていたのか、なのに君を傍に置いておきたくて、

 妖孤であったオレが君をどう思っていたのか・・・・考えると苦しいんだ。」

 蔵馬の心は何かに引き裂かれそうになっていた。

 飛影を思う気持ちに何かが歯止めをかけている。

 それから必死に開放されたいと思うのだが、思い鎖で繋がれたまま身動きすらできずにいる自分の心がそこにはあった。

 蔵馬の瞳からは自然と涙がこぼれ頬を伝った。

「蔵馬・・・・」

 飛影は蔵馬のその涙を見て、思わず蔵馬の唇に自分の唇を重ねた。

 蔵馬は一瞬飛影の行動に驚いたが黙って飛影を見つめた。

「蔵馬、オレを抱け。」

 飛影は自分が何故そんな行動に出て、何故そんな事を言っているのか自分自身わからなかった。

 ただ、ひとつはっきりした事は自分が何故、妖孤を探していたのか、その答えだった。

「飛影、オレが欲しいの?」

 蔵馬は飛影の小さな身体を抱きしめて言った。

「オレをみてお前がいったんだ。お前はオレのものだ、と。」

 飛影は蔵馬の首に自分の腕をまわした。

 蔵馬は飛影の精一杯の感情を受け止めていた。
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