幽遊白書

□夢魔 追憶の誘い
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暗黒武術会が終わった時だった。

陣と凍矢は魔界の忍の里へ戻る準備をしていた。

武術会への参加は里ではあまり良い返事をもらっていた訳ではなく、

ましてや敗北して帰ったとなると里ではいい笑いものになる事は目に見えていた。

光を求めて自分達はこの大会への参加を決意してきたが

自分達が描いたものとは方向が随分とずれてしまった様な気がする。

しかし陣も凍矢もそれなりの満足は得ていた。

だがその満足が逆に忍びとしての生活を続けていけるのかと言った迷いを生じさせていた。

「凍矢・・・おれらはこれからどうすりゃいいんだよ。」

陣は荷物をまとめながらポツリと言った。

「どうするって・・・里へ帰るしかないだろう。」

凍矢も正直言って本心は迷っていたが里で再び忍として生きるしかないのだと自分自身に言い聞かせていた。

ふたりの会話が途絶え静まり返った部屋に小さなノックの音が響いた。

二人は顔を見合わせた。

「誰だべか・・・」

不信がる陣を余所に凍矢は潔くドアを開けた。

「あんたは・・・・」

驚いた様に立ちすくす凍矢の目前には長身の美しい男が立っていた。

「お邪魔してもいいかな?」

その男は何も言えずに立ち尽くしたままの凍矢の顔を覗き込む様に声をかけた。

凍矢は目の前の優しい眼差しに呆然としていたが、

ふと我に返り身体を縦にしてドアの前から身を避けた。

「ありがとう・・・じゃ少しだけおじゃまするね。」

中に入り込んだ男を見て今度は陣が驚いて口を開けたままでいた。

「くっ・・・くらま・・・」

指を刺しながら陣はベッドに座りこんでしまった。

「オレの名前を覚えていてくれたんだ。ありがとう。」

蔵馬は笑いながら言った。

後ろからドアを閉めて歩いてきた凍矢はベッドに座り固まっている陣の指を下ろした。

「で、何の用だ。」

心なしか凍矢の声はいつもよりトーンがあがっているようだった。

「もし、良かったらなんだけど君たち人間界で暮して見るつもりはないか?」

「人間界だと!」

あまりにも悠長に突拍子もない言葉を平然と口にした蔵馬に

二人は全く意味が理解出来ずに後の言葉を失っていた。

「今すぐにとは言わない。君たちにも生活があるのだから・・・」

「あ・・・当たり前だ・・・」

凍矢は慌てていた。

「ん、だから君たちにその気があるのならもっと強くなって光の中で暮してみないかって事なんだ。

君達が忍としてこれからも魔界の里で生きていくのならそれもしかり、

人間界で修行をして強くなるのもまた一つの道だと思うんだ。」

蔵馬は困惑する二人を余所に淡々と話した。

「待ってくれ・・・人間界で修行するってどういう事だ。

人間なんぞに俺達が従えるとでも思っているのか?」

凍矢は冷静に考えてもおかしな話だと思った。

「その人間なんぞに君たちは負けた。違うか?」

蔵馬のその言葉に二人の顔は屈辱の色を隠せなかった。

「確かにおまえらに負けた・・・だが人間界で魔の者が修行などする場所などありはしない。

人間界に住む魔などそれこそ俺たちの足元にも及びはしないだろう。」

「凍矢・・・飛影やオレも人間界で暮しているんだけどね。」

「あ・・・・」

蔵馬の言葉に凍矢は気づいた。

そうなのだ。

この蔵馬は妖孤なのだ。

こんな恐ろしい妖怪が人間界で生活していると言う事実を改めて気づかされた。

魔界の炎を呼び出し黒竜まで携える飛影ですら今や彼ら二人には遠い存在となっている。

そんなやつらが平気で人間のふりをして生きているというのだ。

全くもって人間界とはどういった世界なのかと改めて考えた。



「おらあ、人間界って言ったら唯一魔界のものが出入り出来るこの首縊島しかしらねえし、

里では弱い身体を持つ無能な種族だって事しか聞いてねえだよ。

でも驚いた、浦飯や桑原やちっこいきれいなねえちゃんみたいなすんげえのがいるんだもんな。」

黙って聞いていた陣が口を挟んだ。

「まあ、君達が里で教えられた通り、人間は弱くてもろい身体を持っていて

たかだか100年足らずしか生きられないって事は事実だよ。

けれど無能というのはちょっと違うかも・・・」

蔵馬はあっけにとられている二人に替わるがわる視線を落としながら話した。

「蔵馬、お前は何故俺達にかまう?」

凍矢は蔵馬が何故そんな話を持ちかけてくるのか不信だった。

「言っただろ・・・オレは君たちが求めた光の先を見てみたいって・・・・」

そう言った蔵馬の目は嘘偽りのないものだと凍矢は感じていた。

ただ、どうしても忍として生きてきた自分には安易な返事は出来なかったのだ。

「解った・・・考えさせてくれ。」

「君達も決心をしたなら里での色々な問題を解決してこなくてはならないだろうし、

時間はあるんだ。じっくり考えて結論を出して欲しい。」

蔵馬の言った言葉を二人は噛み締めながら心に刻んだ。



それから里に戻った二人はまず里の長に全てを報告しなくてはならなかった。

蔵馬と戦って敗れ、死した画魔の事も含め。

しかしその事は爆拳と吏将が人間にあっさりと負けたにも関わらず

なんだかんだと言い訳をし、相手が反則をしたなどと己の醜さを棚にあげて説明していた。

その事は酷く凍矢の気に触っていた。

爆拳に至っては無抵抗となった蔵馬に対してとった行動は戦う者として許しがたく、

その蔵馬をかばう為に幽助と飛影がルールを無視してまでも爆拳を狙い撃ちするつもりでいた事すら

逆手にとり長に説明している。

それに比べ画魔は最後まで忍としての役割を果たして死んでいったのだ。

―先の勝利の為に死を選ぶ

そう言って自分に勝利を託し死んでいった画魔の気持ちを凍矢は忘れる事は出来なかった。

それが忍なのだ。

自分達は長い間そうやって闇の世界を名前すら残さずに消えていくだけの生き方をしてきた。

我ら五人はその世界から光を求めてこの里を後にしたはずなのに・・・

結局の所、そう考えていたのは自分と画魔の二人だけだったのかもしれないと凍矢は感じた。

吏将達の言い訳には凍矢も陣も口出しはしなかった。

一通りの報告が終わると各々の寝床と呼ばれる小さな自分の部屋に見立てた小屋の様な所へ帰って行った。

長はご苦労であったとだけ言い何も聞こうとはしなかった。

恐らく全てを知っているのではないだろうかとも思えたが

凍矢も陣もそれ以上の詮索はしなかった。

任務が終わればそれで終わりなのだから。

自分の小屋へ歩きながら凍矢は頭の片隅に蔵馬の言葉がよぎっていた。

光の先を見てみたい・・・

そう言った蔵馬の言葉を。

ふと気づくと後ろに陣が立っていた。

「どうした?お前はあっちだろ?」

黙ったままの陣に凍矢は反対方向を指差した。

「凍矢・・・おら・・・やっぱり蔵馬んとこ行きたい。」

「蔵馬の言葉をそのまま信じるのか?」

「前にも言ったろ、おらあ相手の感性が読めるって。蔵馬のもってる風はすんげえ優しかったんだ・・・・」

陣はポツリと呟いた。

凍矢は少し間をおいて陣を自分の小屋に入るよう目で合図した。

陣はのろのろと荷物を置いて狭いが綺麗に片付いている凍矢の小屋の床に腰を下ろした。

凍矢も後から入りそれから結界を張った。

「なんでそんな事するんだ?」

結界を張った凍矢に陣は少しだけ驚いていた。

「お前と俺が話す内容をあまり聞かれたくないからだ。」

いつも開けっぴろげでかまわない陣に対し凍矢はいつも冷静に事をすすめる。

人との接触もあまり得てではない凍矢はよく、

以前から結界を張っている事が多かった。

何も知らず声すらかけずに入ろうとする陣はよくこの結界にはじき飛ばされていたが、

懲りないと言うか忘れっぽいと言うか何度も同じ事を繰り返していたものだ。

「凍矢は正直どう考えているだ?」

いつになく真剣な陣の表情がそにこはあった。

「お前はここでの暮しがあまり合ってはないものな・・・」

凍矢は陣の顔をみながらそう言った。
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