幽遊白書

□夢魔 追憶の誘い
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暗黒武術会に参加する事で闇の世界から表の世界へと乗り出す決意を固めた日の事を

凍矢は思い出していた。

妖怪同士の勢力争いの影で自分達の意思や思いなど全て殺し、闇として任務に就くのみ。

例え命をおとそうとも名さえ知られぬがまま塵と消える。

凍矢はそんな生き方を強いられこの里で生きながらえてきた。

凍矢には生まれた時から母も父もいなかった。

生い立ちさえわからない。

樹氷使いと言う事から氷女の系統を辿るのかもしれない。

凍矢はこの里で長と暮しながら育った為一度も親などと言った言葉に惑わされる事もなかった。

しかしこの陣はちゃんとした親を持っていた。

多くは語らないが兄弟もいるようだ。

それが何の因果でこの里に出されたのかは解らない。

陣を初めて見たのは里の長が今日から共に学べと言って連れてきた忍術学校の中だった。

「よろしくな。」

そう凍矢に手を差し出した陣は今と変わらず元気いっぱいの明るい少年だった。

しかし色々な質問を浴びせる周りの者から逃げるように

いつも陣は空の上へ舞い上がったままでいた。

風使いはやはりこの里では陣ひとりだから空に舞い上がった陣を追えるものは誰もいなかった。

教室では凍矢を探してはいつも隣に座ってきた。

何も語らない凍矢が陣にはここちよかったのかもしれない。

陣は連れてこられたあの日から一度も親元へは帰っていない。

尋ねて来る者もいない。

それは凍矢も同じであった。

全く性格がかみ合わない二人ではあったが自然と一緒にいる事が多くなっていった。

そんなある日大きな争いに遠征がありまだ幼い陣と凍矢も出陣する事になった。

それは熾烈を極めたもので忍の中でも恐れられている修羅と呼ばれるこの部隊ですら

三分の一の味方を失くすと言った結果になった戦いであった。

陣と凍矢も負傷をしていた。

ぼろぼろになりながらも走ろうとする陣をめがけて多数の剣が襲いかかってくるのを

後方から走る凍矢の目がとらえた。

瞬間凍矢は魔笛散弾射を打ちながら陣の背後にまわったが、

射ち落とせなかった剣の数個が凍矢の背を貫いていた。

―凍矢!!

陣の声がかすかに聞こえたまま凍矢は意識がなくなるのを感じた。

暫くして眼を開けるとそこには陣のあたたかな笑顔があった。

「俺は生きているのか・・・」

凍矢は身体を動かそうとしたが激痛が走った。

「まだ、動いちゃだめだ。ごめんな凍矢・・・おらの事かばって・・・」

陣は大きな丸い目から涙を流した。

「泣くな・・・お前が無事ならそれでいい。」

凍矢は陣の涙が自分の手の甲に落ちるのを見ていた。

今まで得た事のない感情が込み上げてきた。

今まで自分の為に涙など見せるものはいなかった。

それに自分が他をかばうなどといった行動に出た事に自分自身が驚いていた。

忍は相手を打つのみ、与えられた任務以外で助けると言った行為はしない。

自分を守るのは自分でしかないそうたたきこまれていたのだ。

自分はそれが忍でありそこで死ぬのも致し方のない事なのだと思っていた。

その自分が何故陣をかばう様な行動にでたのかわからなかった。

凍矢の打った魔笛散弾射はそこにいた相手を全部倒したと後で聞かされた。

その後ボロボロの陣は傷ついた凍矢を抱いて里まで帰ってきたのだと言った。

「おらあ、凍矢が目を覚まさなければどうしようって怖くて怖くてしかたなかっただ・・・」

「怖い?何故それが怖いのだ?」

陣の言っている意味が解らず凍矢は聞き返した。

「そんなのおらにもわかんねえよ。だけど凍矢がいなくなったらって考えたらおら、すんごく怖くなって・・・」

陣はそういいながらまた涙を流した。

「ばかなやつだ。俺は生きてる。簡単に殺すな・・・」

凍矢はそう言って陣を見つめた。

「ん・・・・」

陣は鼻を鳴らしながらひくひくと肩を震わせていた。

人が居なくなる寂しさを陣は知っているのだと凍矢は解釈した。

自分はここで何度もこの様な事を経験している。

昨日まで隣にいた者が居なくなる、そういった現実に慣れすぎていたのかもしれない。

だから居なくなる事に対して怖いなどと言った言葉は出てはこないのだ。

怖いと思うのではなくむしろ忍としての任務を果たしたのだなと言った

英雄に対する賛美の気持ちすらあったのかもしれない。

けれど陣は怖いと言った。

それは居なくなった者への言葉ではなく残された者の言葉なのだ。

一人になる事の怖さなのだ。

一人じゃなかったからこそ知り得る怖さか・・・

凍矢はようやく理解できたような気がした。

それと同時に凍矢には一つの疑問が湧いてきた。

最初から一人だった自分には陣の言う怖さを感じる日があるのだろうか・・・と。
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