takumi kun S.

□移り逝く季節に
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「葉山!こっちだ!」

駅の改札をぬけるとはっきりとした活舌のいい音が耳に飛び込んで来た。

僕はその声の主に心なしか安堵する。

「待たせちゃった?」

「16分半ほどだ。」

その主は自分の腕時計をトントンと指先で突きながら笑った。

「ごめん・・・赤池君」

「お前さんにしては上出来じゃないか?」

「・・・はあ・・・それはどうも・・・」

祠堂にいた頃、僕はかなりの確立で遅刻をしていた。

ギイに振り回されていた事も大半は占めているんだけど時間にルーズなのは否めない。

僕はちょっと照れながら赤池君を見つめた。

赤池君はにっこりと笑って僕の腕のあたりをポンポンと二度ほど叩いた。

「行こうか。」

「行きますか。」

僕達は二人揃って駅からちょっと歩いたバス亭に向かった。

歩きながらふと見上げると高く澄み切った空がそこには広がっていた。

「さしずめ 天高く馬肥ゆる秋ってところか?」

空を見上げた僕に視線を向けた赤池君はそう言った。

「なんだか、台無し・・」

「なんでさ、間違ってないぞ。」

「そうだけど・・・さわやかで気持ちいい空だな、って思ったのに、馬をだされちゃ・・・」

「さわやかで澄み切った空だから食欲をました馬が肥えるって話だ。」

「はいはい・・・そうですね。」

僕の適当な返事に赤池君はにやっと笑いながら止まっているバスを確認していた。

どうやっても敵わない赤池君に僕が言い返せる言葉なんてない訳だし、

赤池君もそんな僕を知っていてからかっている。解るだけに悔しいけど、

またそこがあの頃と全然変わっていないと言う事実を僕に教えてくれる。

だから僕はその事実に快く甘んじ様と思う。


「このバスでいいみたいだな。」

「うん。」

僕達はバスに乗り込み空いている席に座った。

「場所は聞いてあるのか?かなり広いぞ?」

リュックから僕が取り出した手帳を覗きながら赤池君は言った。

「電話で確めたんだけど 行った事がないんでね・・頭ん中でシュミレーションしたイメージがあっているかどうか・・」

「相変わらず情けないお返事で・・」

くっくっと肩で笑いながら赤池君は僕ごしに外の景色を覗き込んだ。

「おっしゃる通りで・・・」

僕の曖昧な返事と同時にバスは発車した。



祠堂学院高等学校を卒業して僕達はそれぞれの道を歩み始めた。

あの頃 いつも僕の傍で僕とギイとの事も含め多くの手助けをしてくれた赤池君。

勿論赤池君だけじゃなく、僕はこの学院で沢山の良き友人に恵まれた。

それもこれも全部ギイのおかげなんだけど。

僕は入学当初、ギイが僕に名づけた「人間接触嫌悪症」で人に触れる事が出来なかった。

人と僅か肩が触れただけでも全身に鳥肌がたち吐き気をもよおすほどの嫌悪感に襲われる。

自分ではどうにもならなかった。

身体に異常がある訳でもなく、それは精神を苛んだ自分自身が発祥させていたもの。

勿論そんな僕には友人と呼べる者なんていなかったんだ。

ただ、一人だけ、入学当時、同室となり僕が人と触れる事を極端に苦手とする事を理解しながらも

僕を親友と呼んで仲良くしてくれていた利久以外は。

利久だけが僕を理解しようとしてくれていたけど、そんな利久でさえどう僕に接していいのか悩んでいた。

小銭を借りる時、手渡しするなんて普通の事ですら出来ずにいた僕に、

利久は机に小銭を並べて 出す側借りる側、互いが触れない様にとそんな配慮をしてくれる事で僕との距離を保ってくれていた。


そして、人間が嫌いなわけじゃない、その事を最初に気付いてくれたのはギイだった。

僕自身解らなかった事実をギイは教えてくれた。

決して人を嫌いなわけじゃない、ただ触れる、触れられる、その一瞬に全身が凍り付いてしまう。

それは、僕が僕自身を守る為に自分の意思に関係なく作り出した僕の防御策だった。

そして、それは同時に兄との罪に僕が僕で居られるため創り上げた精一杯の僕自身への拒絶でもあった。


「そう言えば、葉山の所属しているオケに野沢もいるんだって?」

リュックの中にあった楽譜を見たのか赤池君がそう言った。

「うん、でも野沢君とはあまり逢えないんだ。」

「一緒の所属なんだろ?」

「それはそうなんだけど、いくつかの班みたいなもんがあって合同のコンサート以外は行動が別なんだ、

僕の所属するところは遠征も多いし学生はほんの数名しかいないよ。」

「へえ・・」

「それに、野沢君とは大学も違うしね。」

「そっか、野沢は乙骨雅彦さんの行っていた音大だっけ?」

「そう・・雅彦さんにも全然逢ってないや・・・どうしているのかな、なんだか逢いたくなっちゃった。」

雅彦さんが奏でるフルートの音色が耳の奥で流れ出した。

どんな人の心でもひきつけてしまいそうなあの音色に僕はむしょうに逢いたくなってしまったのだ。

「オレも逢いたいな、今度時間を作って逢いにいくか?」

「うん!」

僕の勢いの入った返事に赤池君はプッと噴出した。

以外にも感情の入った返事を戸惑う事なくしてしまった僕。

だって本当に逢いたくなっちゃったんだもん。

それに赤池君の事をかなり気に入っていた雅彦さんだからきっと赤池君が一緒なら至極当然喜んでくれると思うけど、

それを口にしたらきっと赤池君に何か反撃されるに違いない、なのでここは黙っていよう。
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