takumi kun S.

□舞い降りたのは天使の羽根
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スキー場なんだ・・・ 溜息が一つ。

僕は1枚のパンフレットをベッドの縁に放り投げてついごちてしまった。

それは多数の企業がスポンサーとなり震災基金を援助するチャリティーコンサートの企画パンフレット。

その企画に僕の所属するオケのオーナーさんも賛同していて自ずと出演することが決定した。

メンバーはみんな大喜び。コンサートは夕方5時からなので終わればフリーとなる。

無理をすれば新幹線で東京まで帰る事もできるけれどそんな人は誰もいない。

会場が大きなリゾートホテルの中にあり目の前はゲレンデ。

泊まる部屋まで用意されているとなればこんなに美味しいコンサートはないのだから。


「葉山君行くだろ?」

電話の向こうから柔らかな声が流れてきた。

「うん・・本当は行きたくないけど、そうもいかないしね。」

「よかった、ちょっと心細かったんだ。」

「え?野沢くんでも心細いなんてことあるの?」

「それ、かなり失礼な言い方に聞こえるけど?」

「あ・・ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど。」

「解ってる、冗談だよ。」

「あ・・・うん。」

 僕はちょっと恥ずかしくなった。どうもこういった類の冗談という物の理解を僕は出来ない傾向にある。

ギイに言わせれば周りが見えてない証拠だという事らしい。相手が意図するニュアンスを掴み取れないのだと言う。

でも、相手の心の奥底まで解ってしまうギイや三洲君の方が類まれなんだと僕は思っているのだ。

けれどそこで反論でもしようものなら永遠色々な事例を並べて言い負かされるに決まっている。

それか、僕の話なんて全くスルーして、そんな託生がオレは好きなんだけどな、なんて歯の浮くような言葉を平気で並べて・・・

そう、僕は、なし崩しになって・・・

「葉山君?」

「わっ!」

「えっ? 何? どうしたの?」

「あ・・なんでもない、御免ね、なんでもないんだ。」

「変な葉山君。」

 電話の向こうで野沢君が鼻をくすっと鳴らした。余計な事を考えてついギイとのキスを思い浮かべてしまった僕。

心を覗かれた訳でもないのにあまりにも恥ずかしくてつい、慌ててしまった。全く、ギイのせいだ。

とりあえず八つ当たり。


「で、現地集合だったよね、一緒に待ち合わせして行かないか?」

「うん、実は白状しちゃうと僕こそ心細かったんだ。」

「そうだったんだ、ならよかった。葉山君のチームは遠征多いから慣れているだろうけど

 オレの方は遠距離の遠征って殆どないからね。」

「そっか、野沢君のチームは東京での公演が主だもんね。」

「そうなんだ、慰問もないし、葉山君、どこか寄りたい所でもある?」

「ん・・・特には思いつかないけど考えてみる。」

「折角遠出するんだからどこか寄り道したくなるよね。」

「うん。」

「午前中早めに移動してどこか行こうか?葉山君の家の方が遠くなるから、

出られる都合を言ってくれればオレは合わせるし、とりあえず考えておいて。それに合わせて電車の時間調べよう。」

「うん、ありがとう。じゃまた連絡するね。」

 手の中に納まっている液晶画面に触れて電話を切った。

 よかった、これで独りぼっちにならずにすむ。今回のコンサートが2チーム合同での演奏会となった時に

なんで気づかなかったんだろう、そうだよ、野沢君がいたんじゃないか!

野沢君とは同じオケのメンバーでも所属が違っているし大学も違う。

普段からあまり会う事がなかったせいか頭の隅にすらなかった僕。

祠堂に入学した時のように決して友達がいない訳じゃないけれど

僕は自分から行動を起こすと言いう事になかなか考えが及ばない。

祠堂に居た頃だってギイに振り回されていただけで自分から動こうとしたことなんて多分皆無だ。

我ながらつくづくこの性格のうとさにいやんなっちゃう。

あ〜あ僕ってやっぱりギイがいないと何も出来ないのかな。

いや、違う!ギイがいなくてもなんでも出来るようになるって決めたじゃないか!

しっかりしろ!葉山託生!僕は僕を戒める。

 演奏会が終わり次第、ナイターに繰り出すと騒いでいる人もいたけれど僕は翌朝まで一人で過ごして

朝早く帰路に付く予定だったから野沢君のお誘いは棚からぼた餅。渡りに船?ん?こういう場合の状況にあってる?
 
ギイがいないから指摘される事もないし、よしとしよう。僕は安堵して携帯を机においた。

 あの時、島岡さんから預かった携帯は2年という執行猶予の時を過ぎこの凄まじく

訳の分からない機能付きの携帯へと切り替わった。

3年の夏に九鬼島で渡された時も機能は全くわからなかったけれどそれ以上の機能が備わっているらしい。

しかしながら僕が使っている機能と言えばメールと電話のみ。余計な作動をさせて余計な事になったらと思うと

他の機能を使おうなんて気持ちにはなれず、悲しくも僕にはその二つ以上の機能を使う機会は全くなかったのだ。

 僕はつい携帯と言ってしまうけれど本当の所ギイの会社が回線からOSの至る所まで

すべて独占所有の域らしく本当の呼び名は知らない。

ギイにきいたけれどそんな呼び名は何だっていいんだよ、と一蹴されてしまったので

僕は「携帯」と古典的な呼び名で呼ぶ事に決めた。

勿論Fグループ所有の回線で一切お金がかからない。と・・いう事で

またしても僕としては余計に使いづらいという現状にある。
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