takumi kun S.

□所有物
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 透けるような白い肌。
 
 首筋の後れ毛が妙に艶かしい。
 
 オレはいつからこの女を抱くようになったのだろう。決して愛しているわけではない。
 
 ただ、傍に置いてやってもいいか・・・そんな程度のものだ。
 
 何がきっかけでこうなったのか、正直なところあまり覚えていない。

 その時の自分の感情すら記憶が薄いのだ。 

 看護師であったこの女の世迷言を聞いているふりをして微笑みかけでもしたのかも知れない。

 後から気づいたのだが女が少し俯き加減で微笑むと頬に小さな窪みが出来た。

 その表情は学生時代にオレと同室で過ごした癖のある一人の学生を思い出させた。

 と、同時にどこか優しく心和ませる安らぎを感じたのかも知れない。


 部屋に入るなりオレは女が躊躇う仕草を見せる隙を与えず引き寄せた。

 最初の頃はそれでも僅かな抵抗を示していた女も身体を重ねる毎に

 オレのペースに慣れ抗う事なくその身をオレに預ける様になっていった。

 身体は貪欲だ。

 浅ましいものだ、と女を抱きながら鼻で笑った。

 引き寄せられた女はオレの胸に顔を埋めオレの背にその手を回した。

 女の髪留めを外すと、綺麗に纏めてあった髪がふわりと下がり

 シャンプーの残り香を漂わせながら女の肩の辺りで舞った。

 悪くない。

 匂いとは不思議なものだ。
 
 こんなシチュエーションの小道具にさえなるのだから。

 オレは大きくその匂いを吸い込み女の髪に優しく唇を寄せた。

 女は僅かに顔をあげ空ろにその瞳を濡らしながらオレを見上げた。

 女の瞳に視線を合わせその形のいい顎を少し持ち上げた。

 女は静かに目を閉じてオレを待つ。

 オレはふくよかな女の唇に自分の影を落とした。

 オレの背に回した女の指先がオレのシャツを握り締めた。

 もっと欲しいとすがる様にその指先に力を入れる、

 と、同時に手中にあるこの身体を思いきり辱めてやりたいと、そんな衝動に駆られた。


 チッ、これからって言う時に、女にわからないようにオレは心の中で舌打ちをした。

 ワイシャツの胸のポケットに入れていた薄型の携帯のバイヴがその存在をアピールしたのだ。
 
 昔から携帯はダイキライだった。
 
 大学受験の為に通った予備校の夏期講習に参加した時、無理やり親から持たされた以外は携帯を持ち歩く事はなかった。

 全寮制の高校では固く禁じられていたが、隠して持ち歩いていた者達がいた事は事実だ。

 嫌がらせの無言電話を寮内からかけていた奴がいたりしたのだから。

「お前、今時携帯も持ってねえの?」

 携帯のない生活は考えられないと言う周囲の声にオレはうわべで笑いながら、

「苦手なんだよ。」

 と、言った。

 間違いでも嘘でもない。本当に苦手だったのだから。

 人に従うのも人から干渉されるのも嫌だった。

 オレから接触する分にはいいが、相手から接触されるのは不本意だ。

 携帯なんてものを持ち歩けば、いつでもどこでもお前を捕まえる事が出来るぞと

 言われている様で如何ともし難い現実がそこにはある。

 自分の痕跡や軌跡を残す様な類のものは一切お断りだ。

 それは今でも変わっていない。

 従って携帯なんてものはたった一言の通話やメールで僅かでも

 自分の存在を相手に痕跡として残してしまう事となる。

 その事実は抹消したいとさえ思う。

 しかし、だからと言ってオレはそんな本心をさらけ出し、言い放つような「子供」ではない。

 当たり障りなく一歩引いて人と関われば自ずと周囲の状況は見えてくる。

 よしんば、温和と定評のあるオレに勘違いをして手中に入ろうする不届き者には、

 柔らかく笑みを浮かべ遮断する事らいはお手のものだ。

 どいつもこいつも感情を意のままに相手にぶつけるだけで相手を知ったつもりになる。

 腹を割って分かち合うなんて事は戯言で所詮、他人は他人でしかないのだ。
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