takumi kun S.

□アルテミス
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 しかし、何だってオレはこいつとここに居る羽目になったんだろう。どうしたらこんな事になってしまうんだろう。

オレはいつも何処か履き違える。まったくあいつに関わるとどうも昔から損な役回りしか回って来ない様な気がする。

乗せられたのか、はたまた、自分で乗ったのか、あいつには頭が上がらないほどの恩恵を受けたのも事実だ。

しかもそれすらオレに全ての負担をかけずして手回しをしてくれた。だが、その代償といっちゃあなんだが、敵わんな、崎。



 相楽貴博は大きな窓の隙間から 夜空を見上げ綺麗な笑顔で難儀な事を容易く押し付けていった美貌の持ち主を思い出していた。

 こんな事、あの単純思いつきバカの麻生にでも知られたら、本をただせば自業自得だろ、とでも軽くあしらわれそうだ。

―だから、お前はダメダメなんだよ

 小柄で綺麗な顔をしている割には 言う事もやる事も結構キツイ麻生圭、謝恩会の連絡だって、

オレが麻生のお気に入りだった葉山の情報を折角教えてやったにも関わらず「欠席」連絡を崎に流し、恩を仇で返しやがった。

あの後たまたま崎と話す機会があったから良かったものの とんだ事をしてくれる麻生。

そう言えば麻生とも暫く会ってないな、大学時代はそこそこ連絡も取っていたが社会人ともなれば互いの環境も大幅に変わっていく。

疎遠になるのは致し方ない事だが、やはり本音は寂しい。

 相楽は祠堂で過ごした高校の3年間を今更ながら宝の様に大切な思い出であったのだと懐かしんでいた。
 
 乙女かよ、オレは・・・しかし、だからと言って、なんだってよりにもよってこいつが・・・
 
苦笑いの笑みを浮かべなら隣で爆睡している男に視線を落した。

―お前は なんも判ってないんだから

 幾度となく麻生に言われ続けた言葉、確かにそうだったのかも知れない。崎の事も 三洲の事も オレはちっとも判ってなかった。

 気付くのがいつも遅い。目の前のものに安心しきってしまう傾向にあるのだ。しかしその事が例え事実であっても麻生の言葉を認めたくはない。

クルクルとした可愛い瞳で毒を吐く麻生。悪いがまだお前の事を認めたくなどないのだ。

「・・・あれ? 相楽先輩・・?」

「起きたか?」

「あっ!」

 寝ぼけ眼の男の額に、ここはどこだ、とはっきり書いてあった。

 辺りをゆっくりと見回した後、腕時計を見るなり慌てて起き上がりベッドに正座をして頭を下げた。

「す・・・すんません、つ・・つい寝過ごしてしまって!」

―おかしな奴 時計の針さては日本時間だな・・・

「時差ぼけか? 安心しろ、まだ夜中だ、寝てていいぞ。」

 相楽は大きな身体を小さくしながら申し訳なさそうに自分を見つめる男の頭をガシガシと撫でた。

「あれ・・・? そう言えばまだ、暗いっスね、今本当は何時っスか? 先輩こそ睡眠とって下さいです。」

「ああ、今から寝る所だ、窓が少し開いていたようなんで閉めに来たのだが起してしまったみたいで、申し訳ないね。」

 バカがつくほど素直そうで元気一杯の男を相楽は笑ったまま見つめた。男は頭を撫でられちょっと恥ずかしそうに俯いた。

「君、確か医学部だったよね。」

「はい・・・と言うか、まだ実習期間中とでもいいますか・・・」

 はっきりしてそうなのに 男の曖昧な返事が相楽に僅かながらの惑いを感じさせた。

「そう・・なんだ、なら、実習期間中なのにこんな所に来ちゃって良かったのかな・・・」

「あっ、それは それでいいっス、相楽先輩は気にしないで下さい。」

―それは、それでいいって・・・

 意味不明な男の発言に相楽は返す言葉を失くした。

―なんか、調子狂う奴だな・・・本当に三洲が可愛がっている男なのだろうか。否、可愛がっている、と言う言葉には語弊があるか。

 相楽は祠堂を卒業した後、三洲の依頼で音楽祭に協力した時の事を思い出していた。

 あの後、やっとの思いで三洲との食事の約束を取りつけ、楽しく過ごすはずだった1日をこの男の登場で台無しにされ・・・

いや、あれは今考えれば崎の筋書きではなかったのだろうか、そんな思いが相楽の胸に過ぎった。

あの時確認出来なかった様に今でもこの男の存在が三洲にとってなんなのか判らないままなのだ。

崎に聞いても葉山に聞いても判らないと言うし、同じ大学へと進学してきた赤池からも同様の答えしか得られなかったのだ。

 しかし、この男が祠堂へ無事入学出来た頃からずっと三洲の傍にいた事は多くの証言者が語ってくれた。

それも一方的な片思いを貫き通した男だと。あの時三洲の口から聞いた「お前はオレの所有物だろ。」との断言は 本当に言葉のままの意味だったのだろうか。

よしんば、言葉通りとしても、「所有物」という括りはいったい何であるのか、さっぱり解らない。

 相楽はあの時初めて自分の知らない三洲を見たのだ。いつも穏やかに自分の後ろを黙って付いてきた三洲。

どんな時でも心和やかに全てをきちんとこなしてきた優等生。たった1年だったが、三洲は自分への信頼を大切にしていてくれていたはずだ。 

 自分が振り向けば必ずそこにいて優しく笑みを浮かべほんの一言で十をこなす手際のよさ、三洲は相楽にとって本当に可愛い後輩だったのだ。

 しかし、そんな三洲に相楽は甘えていたのかも知れない、当時熱く自分を見つめる三洲の瞳を気付いていたはずなのに、

自分は目の前を軽やかに通り過ぎる華やかな美貌の持ち主に心奪われていたのだ。なんとしてもこの美貌の持ち主を手してみたいと心だけが突っ走っていたあの頃。

三洲の存在が自分にとってどれだけ多大なるものだったのかを卒業後ひしひしと感じる様になった。

失いたくないと本気で思った。崎を熱い感情のまま追っていた気持ちは否定しない、しかし三洲を思う気持ちは心のもっと奥深い所にあるものなのだ。

 遅すぎたのだろうか、いやまだ確めもしないまま時間だけが無意味に通り過ぎてしまっている状態。

崎に対しては何も考えずに積極的に先輩や生徒会会長の特権をフルに使い責めていったのに、三洲にはこんなにも慎重にならざるを得なくなっている。

 切り出すのも怖い、よしんば切り出せたとしてもその答えを耳にするのはもっと怖いのだ。

 あんな不機嫌な三洲を見たりしなければこんなにも思い悩む事などなかったはずなのに、自分の知らない三洲の存在を知ってから、

自分が三洲に対して酷く気兼ねする様になってしまったのだ。かと言って三洲の態度はいまでも祠堂の頃となんら変わりなく自分に敬意を示してくれている。

 また、そこが不安要素にもなっているのは間違いのない事実なのだが。なんだか、見えない線を引かれているようでならないのだ。

 
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