takumi kun S.

□涼しげな花梨
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Side A


僕達は東京の同じ大学に二人揃って進学した。片倉君とは学部も違っているけど、毎日会える訳じゃないけど、

それでも片倉君は毎日電話をくれる。

祠堂に居た頃吉沢君に言われて弓道の練習報告をしてくれていた様に。

片倉君はあれからきちんと弓道をやめずに続けていたので勿論大学でも弓道部に所属した。

このS大の弓道部はサークルとは違いしっかりした部であったので片倉君にとっては良かったんだと思う。

本人の真意は解らないけど。

進学に関して、片倉君は当初実家にもなるべく近くという事で T福祉大を希望していたのだけれど、

結局片倉君は僕と同じS大に志望校を変更してくれたのだ。

それにはちょっとしたエピソードがあった。

僕としては瓢箪から駒の様なそんな感じだったけど嬉しいとしか言いようが無い。

親友でもある泉が僕に諦めるなと、勇気をくれたのかも知れない。

彼の行動はいつも気持ちのままで嘘がないから、僕はそんな彼が時々酷く羨ましかったりしている。

なんと泉は国立のT工大を受験したのだ。

これには驚きと言うか天晴れとでも言うべきか、僕には考えも付かないほどの脅威だった。

泉はT工大の理学部 地球惑星学科にどうしても進みたかったのだという。

そんな科があるのかさえ知らなかったけどそれでもT工大の理学部といえば偏差値だってそうとう高いのだ、

けれど泉はそんな事全然気にしてなかったんだ。なぜなら大好きな吉沢君が学部は違っても同じ大学を志望していたから。

それにしても二人とも物凄い集中力と言うべきか脇目もふらず周りの言い分には耳も貸さず互いの気持ちだけで

ここまで頑張れるなんて信じられないと言った感想だった。

それに比べたら僕らの目指したS大なんて霞んでしまう(僕にとっては相当無理した位置だったのだけど)それでも頑張ったつもりの僕・・・

そしてもっと頑張ったのは片倉君なのだ。

T福祉大の弓道部の予定が一揆に東京での大学生活に変わってしまったのだから。

色々と事情はあったにせよ片倉君のそんな「事情」は都合のいい僕の「事情」になったんだ。


「泉はどこを受験するんだい?」

夏が過ぎた頃、昨年までは秋休みと称した呑気でとんでもない休みが祠堂にはあったのだが、

ギイ達や三洲君によってそれは日数が減り帰省と言う煩わしさを軽減された休みへと変わった。

僕達は学院での様々なイベントと共に受験に向けての体制に緊張が走り出したところだった。

この時期に衣替えとして長い休みを取らされていた昨年までの受験生の苦労を労いたくなる。

ここ祠堂学院は山の中腹にへばりつくように建っている人里離れた学校なのだ。

因みに近くの町まで出るにもバスで1時間もかかり 全国から集まる学生達は帰省するだけでとんでもない時間を費やす事となるのだ。

3年生ともなるとこの無駄な時間は極力避けたいと言う本音がある。

そこでギイ達が学校へ秋休みの撤廃を申し出て三洲生徒会会長が学校側との交渉に入ってくれたのだ。

その結果長い秋休みを半分の日数に減らし 尚且つ、食堂は閉鎖となるが帰省せず寮で過ごす事は申請を出せば許可となったのだ。

1、2年生はともかく3年生ともなると殆どの学生が帰省する事はなかった。

学園祭や体育祭等の準備で追われる生徒会や階段長達にとってこの帰省撤廃にむけての前進は

大きな時間のロスを軽減させてくれる結果となったのだ。

僕に至っては ギイや三洲君の様に特に学校側の仕事もないので、民宿なんてものをやっている落ち着かない実家に時間をかけて帰るよりも

寮で落ち着いて受験勉強が出来るありがたさといったらこのうえないものなのだ。

それにここには解らない事を聞ける途轍もなく頭脳明晰で人情に厚い人材が揃っているのだから。

そして、誰よりも大切な存在、片倉君がいる。

それだけで頑張れた。



「僕はT工大だけど。」

「へえ、T工大か・・・えっ? T工大?」

僕は あまりにも泉が普通に答えたものだから危うく聞き逃す所だった。

「な・・なんだよ、そんなに驚く事かよ。失礼だな」

「・・・ご・・・ごめん。」

ちょっとムッとして僕をにらみつけた泉、相変わらずふっくらとした可愛い頬が愛らしい。

「で? そう言う政史は?」

「あ・・ん、第一志望はS大って書いたんだけど ちょっと難しいかも。」

「ふうん、そうなんだ。」

あまり興味もなさそうに泉は言った。

「やはりT工大の理学部希望なんだね。でも国立なんて凄いじゃないか・・他にも志望校書いたんだろう?」

「そりゃね、でもさ天文学なんてホンキで学びたいなんて考えて大学探したら結構ないんだよね、

それでも、やっぱさ 天文に進みたいんだ、最初は天文学部に入れさえすればそこそこどこでもいいって気もしたんだけど、

吉沢と同じ大学に進むにはT工大しかないんだ、吉沢と僕との共通する大学が唯一T工大だったって訳。

好きなものも学べる好きな奴とも一緒に通えるって思ったら頑張るしかないだろ?」

なんか凄く泉らしい。

受験に関してあれやこれやと悩んでいたり不安に思っていたりした自分の気持ちがすっと軽くなる。

僕はどうなんだろう・・・

泉みたいに天文学を学びたいなんてはっきりしたビジョンはない。

けど希望をしていた学部は政経だ。

民宿とは言え、事業を嗜んでいる家族そして僕自身、茶道は続けたいと願う。

出来るなら好きな事を仕事に結び付けられたらどんなに楽しい事だろうか、なんてそんな程度のふあふあしたビジョンだ。

だから世の中の仕組みを知りたいと思った。

将来と言う断片的なものだけど。

同じような学部とそこそこの偏差値を考えながら志望校を記入したに過ぎないけど。


「片倉はどこなの?」

泉がにんまりと、したり顔で僕に言った。

「彼は多分地元の方なんじゃないかな。」

「ふうん、そんなんでいいの? 政史達って。」

「そんなんでって・・・」

「だってさ、片倉の奴なんて絶対地元に戻ったら引っ込んだまま出てきやしないぜ!あいつちっとも政史の気持ちなんて解ろうとしないんだから!」

そんな事ないよ、と反論したかったけど、僕も何処か心の奥にそんな気持ちがあったのも事実だった。

このまま、片倉君が地元に帰れば最初の頃は会えたとしてもきっとだんだんと会う機会も減り

いつの間にか音信も途絶えていくんだろうな、そんな事が頭を霞める。

仕方ないのだ。

だって僕達は泉達とは違う。

僕の片思いが通じただけに過ぎないから。

片倉君は優しいから僕に ゆっくりでいいかな?と聞いてくれた。

だから僕もそれでいいと答えた。

けれど本当は残された時間なんてそうそうあるものではない。

僕らは3年生で受験生なのだから。

いい思い出として心の中に留めておく事も手かもしれない、僕はそんな風に考えようとしていたんだ。

僕達の恋は幼いから。

「まあ、政史がいいなら僕がとやかく言う事じゃないからね、ただ僕なら嫌だって事。可能性が少しでもあるなら僕は吉沢と一緒にいたいもん。

それに、僕は今だって政史の相手が片倉なんて反対なんだからな!

それでも奴がいいなら、あいつを東京まで引っ張り出すくらいの事、やんなきゃあいつ、ボンクラだからわかんないぜ!」

真剣な目をして言った泉に僕は曖昧に笑うしかなかった。


泉の気持ちは「ホンキ」なんだね。

僕だって同じ大学に望めないにしろ、せめて東京に出て来て欲しいとは思う。

でも・・そんな事絶対に言えない。

僕の気持ちは・・・

僕はただ黙って泉のキラキラした瞳を見つめていた。
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