takumi kun S.

□The truth other side 
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 早く卒業したいな・・・

 あの頃、オレはいつもそんな事ばかり考えていた。

 オレの瞳の片隅にはいつも八津がいたから。

 気がつけば八津の姿ばかり追っていた。

 こんなにも切なく一人の人間を想い続ける心が自分の中にあった事に至極く驚く。

 八津に別れを告げてから2年も経とうとしているのに八津を想う心は微動たりともしない。

 決して先がある訳じゃないのに、むしろ前途多難でしかない未来。

 それでもオレは早く卒業して誰にも何も言われる事なく一人の男として

 きちんとした順序を踏みたかった。オレを認めさせたかった。八津の母親に。

 理論などではなく、オレと言う人間をきちんと解ってもらいたかった。

 そんな辛い片思いで始まった高校生活。

 でも、ふと気付けばオレと同じように一人の学生に熱い眼差しを送っている男を見つけた。

 名は崎義一、彼はこの学校には不釣合いの世界的大財閥の御曹司、アメリカ生まれのアメリカ育ち

 4分の1フランス人の血が流れるクウォーターの帰国子女。華やかな容貌で頭も切れ、人望も厚い。

 そんな人材が何故こんな田舎の高校へと転入してきたのか全く不明、誰もが不審を抱く事なのだが。

 そんなことより、彼が何故一人の学生にここまで慈愛の視線を送り続けるのか、

 オレにとっての興味はむしろそちらの方だった。

 彼が見つめる先にいる学生はなんの変哲もなく特に興味を引くような学生ではなかった。

 ただ、潔癖症なのか、人との接触を極端に避け常に棘棘しく辺りを威嚇しているようなところがあり

 大人しそうな風貌でありながら不用意に近づこうとすれば

 物凄い勢いで反撃してくるといったトラブルの絶えない学生だった。

 最初は持ち前の正義感からどんな人にでも馴染みやすく接している彼が

 クラスメイトとして情けをかけているのかと思っていたがそうではなかった。

 オレ以外にその事に気付く者は少ないであろう、いや限りなくいないに等しい。

 多分オレが彼と同じ想いに駆られていなければオレだって気付きなどしなかったに違いない。

 彼がその学生を見つめる視線はオレが八津を見つめる視線と全く一緒だった。

 だからオレには解ってしまったのだ。

 彼はあの問題児と称されている葉山託生と少なからずとも興味本位などではなく、

 本心で向き合おうとしている、という事を。



「あいつ、2年とまたもめたらしいぜ。」

「ああ、今朝だろ? 廊下で小競り合いしていたの、見かけた。」

「ギイが駆けつけてなんとか収まったらしいけど、迷惑なんだよな、あいつ、

 あいつのおかげでオレらのクラス2年に目をつけられててさ。」

「でも、ギイが色んなところで仲裁に入って、揉め事収めてるらしいじゃん。」

「確かに、それで停学にならずにすんだ奴もいるんだぜ。」

「面倒だよな、葉山、あいつが停学になりゃいいのにさ。」

 朝の学食でそんな声を耳にした。揉め事の殆どが葉山のせいにされているのも可哀想だと思うが、

 葉山自身がどうしたって人に心を開こうとしないのだから結果致し方ない事なのかも知れない。

 なぜ葉山がそこまで人との接触を避けようとするのかオレには解らない。

 そこまで人嫌いなら何故こんな全寮制の高校に進学を決めたのかも不思議な話だ。

 何か理由があるにせよ、葉山にとってここは決して居心地の良い場所ではないはず。

 人目を避け一人ぼっちで頑なに自分の殻に閉じこもっている。

 これからの3年間をここで過ごしていけるのだろうか、オレには関係ないが、

 正直葉山には関わりたくないと思っていた。

 しかし、揉め事にはならないまでも八津も同じように

 人に心を決して開かないという事実をオレは知っていた。

 愛想よく接してはいるが葉山同様その心の中を閉じたまま個人との深い接触を頑なに避けていた。

 八津がそうなった原因はこの、オレにあるのだ。


 崎義一、彼は通称ギイと呼ばれ、あっという間にクラスの中心的存在となった。

 ギイは確かにクラスの一人ひとりを具に観察している所があった。

 それは偵察と言った類のものではなく、彼本来の気配りなのだろう。

 僅かな切っ掛けから事の次第の終始を拾う。

 それは緻密で間違いがない。オレには何故そこまでギイが周囲との関わりを持とうとするのか解らなかった。

 ギイは自分がアメリカ人である事に対し、周囲が気を使わない様に、

 オレ達の前では決して英語での会話はしなかった。

 それどころか、日本人よりも日本語に堪能で漢字を熟知している。

 日本人でさえ理解出来ないような言葉を知っている。

 赤池が最初の頃、ギイのこうした対応を酷く嫌い化けの皮なんて直ぐにはげるさ、なんて言っていた。

 でもギイは決して化けていた訳ではなかった。

 冷ややかな視線でギイとの溝を作って警戒していたあの赤池があっと言う間にギイと親友になっていたのだから驚きだ。

 二人の間に何があったのかは知らないが、赤池とギイはオレからみても本当の親友だった。

 表面だけの付き合いじゃない事くらいオレには解る。

 本質はアメリカ人のギイ、物事に対して良い、悪い、の区別ははっきりしていた。

 日本人的な曖昧さは持ち合わせていない。

 不条理な事はきちんと申し立てをする。

 例え相手が先生であろうと先輩であろうと容赦はない。

 しかしギイの道理は筋道がしっかり通っているので相手も何も言い返せないのだ。

 だが、ギイは決してその優秀さを鼻にかけているわけではなく

 同級生達に対しては極力その摂理を発揮する事はしていなかった様に思える。

 むしろ寛容に胸のうちを広げていた。

 その温和なギイが赤池とはホンキで喧嘩をするのだから。正直言って少し羨ましかった。

 それだけ赤池には心を許しているという事だ。赤池もギイ同様心の器は大きかったのだろう。

 でもあの頃のオレは、1日も早く卒業したい、その事だけが頭にあった。

 周りなんてどうでもよかった。

 誰が喧嘩しようと誰が停学になろうと、誰と誰が付き合っているかといった噂が流れようと、

 その噂の当事者が、例え自分であったとしても本当にどうでもよかった。

 勝手に言ってろ、心の中で呟くだけだ。

 だからオレに関しての噂を問いただされても肯定もしなければ否定もしなかった。

 よしんば言い訳の様な事を言ってみたところで噂なんて勝手に広がっていくものだし、

 自分の気持ちが動かない限りそんな噂などそれ以上でもそれ以下でもないのだ。

 噂ではオレは次から次へと色男達と付き合い、彼らを弄んでいる事になっているらしい。

 実しやかな嘘に踊らされホンキで胸のうちを告げてくる奴もいた。

 勿論誰に何を告げられようと付き合う気持ちなど毛頭ない。だから断る。

 すると噂にあがった名を出し、未練でもあるかの様に畳み込んで来る者もいる。

 そしてまた違う噂が流れる。

 そう思いたければそう思えばいい、オレの心をホンキで左右出来る人物はただ一人だけなのだから。

 早く卒業したい、あの頃のオレはただ、そう思うだけの毎日だった。



 久しぶりにギイからの連絡があったのは2週間ほど前の事だった。

 それはたった1通の短いメール。

―日本に寄る、時間作れるか? 日程は追って連絡する

 忙しいギイ、それなのに卒業してからでもたまにこうして連絡をくれる。

 これといって大層な用がある訳でもなく他愛ない僅かな時間を過ごすだけなのだが、心から嬉しく思う。

 オレなんかを忘れずに居てくれる事を。

 ギイは祠堂卒業を待たずしてニューヨークへと帰って行った。

 本来なら祠堂に入学した時点で既に大学卒業までの単位は持っていたらしい。

 あちらには飛び級と言った制度があるのだから。

 それでもギイは歳相応の学生生活を送ろうとした。

 そうする事にどんな意味があるのかオレには解らないが、ギイは3年の秋に祠堂を去った。

 そしてアメリカで再び大学に進み相変わらず勤労学生をこなしているようだった。

 しかし全寮制の祠堂に居た頃とは違いあちらはホームだ。

 束縛がない分より一層、仕事に携わり世界的御曹司の道を確実に歩く事となる。

 オレ達の様な気ままな大学生とは世界が違っている。

 次から次へと押し込まれていく過酷なギイの日常にこんなオレとの時間を割いてくれるのは

 ありがたいと、思う反面非常に気が引けるのだ。

 葉山はその事を一番気にしていた。

 自分があるべき立場を葉山は自分なりに必死に納得しようとしていた。

 だからオレは見守った。

 あの頃オレと八津との事を知りながらも一言も他言せずオレの意志を頑なに見守り続けてくれたギイの様に。
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