幽遊白書

□夢魔 追憶の誘い
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―あいつといると調子が狂う。

凍矢は心の中でつぶやいた。

蔵馬の誘いに乗り人間界でここまで修行して魔界に乗り込んではきたが、

幽助のおかげで状況は刻一刻と変わっている。

自分は周りがどうであれ、闇の中から這い上がってきた。

そして本当の自分を探す為にここまできたんだ、と凍矢は自分を戒めていた。

―それなのにあいつはどうだ・・・

凍矢の目線の先には空中を呑気に浮遊している陣がいた。


「凍矢!おらぁすんげぇ気持ちいいんだ! 

なんだか嬉しくって耳がぴんとたってるだよ!」

こっちの平常心とはお構いなしにしゃべり続ける陣に凍矢はいささかうんざりもしていた。

「お前には緊張感ってものがないらしいな・・・」

些細な嫌味を含めて言ったつもりだが陣には通じてないらしい。

「わかんねーけど、とにかく楽しいんだ。幽助と早く戦いてえなあ、それだけさ!」

幽助・・・

凍矢は幽助の顔を思い浮かべた。

陣は幽助と戦い、負けたのに本当に嬉しそうだった。

戦うと言う事、それだけで幽助は俺達に熱いものを感じさせてくれるやつなんだろう。

凍矢は幽助と戦った事はなかったが、いつでも一緒にいた陣がこれだけ幽助に入れ込んでいる所をみれば

幽助がどんな相手なのか察しはつく。

だが、凍矢の心の中はあの日から蔵馬の存在が占めていたのだ。

あの日蔵馬は自分と戦う前に画魔の妖術にかかり動きを押えらていたにも関わらず自分を倒した。

それも凍矢が当てたはずの急所はしっかりと外されている。

そして常に冷静でいた。

そんな戦い方の出来る蔵馬に凍矢は憧れさえ抱いていたのかも知れない。

あの日、蔵馬は妖孤ではなかった。

あれが妖孤であったならば自分の命など無かったのかも知れない。

凍矢は蔵馬の妖孤としての恐ろしさも知っていた。

極悪非道の盗賊妖怪 妖孤蔵馬は魔界でも知らない者はいない。

それがあの蔵馬であった事の方が凍矢には驚きの事実だった。

―それなのにあいつときたら、全く無神経に蔵馬の事を気にするでもなく幽助の事ばかり話している。

そんな陣がおきらくとしか思えずあきれ返っていたのだ。

「凍矢、いよいよ明日が本番だな、もしオラと当たっても全力で戦うだよ。」

魔界の王者を決める為の戦いの前日の夜だった。

凍矢と陣は同じ部屋だった。

魔界の雷神が響き渡る空は彼らには心地よい。

凍矢はベッドによりかかりながらその雷神を見ていた。

「あたり前だ。」

明るい声で言う陣に凍矢は雷神から目をそらさずに答えた。

「凍矢、おめえは蔵馬の事がすきなのか?」

「!・・」

突然あっけらかんと問う陣に凍矢は驚き慌てて目線を陣に戻したまま開いた口が塞がらずにいた。

何故ならそれは的を得ていた質問であったからなのかも知れない。

今さっき蔵馬の部屋から戻ったばかりの凍矢にしてみれば心の中を見られた様な感覚だった。

自然と顔が高揚してしまうのを必死で抑えた。

「おめえは変わったよな、樹氷使いだから冷てえ態度は仕方ねえって思ってたけど

人間界にきてのおめえは随分明るくなったもんな。」

凍矢の胸のうちとは一切お構いなく、全くもって調子が狂うこの発言に

凍矢は返す言葉すらみつからず大きなため息をもらした。

「蔵馬もいいやつだよな・・・おれらに人間界での修行を進めてくれたし、何よりも優しいよ。」

その陣の発言には同感もしたが、陣と話す気になれず凍矢はそのままベッドに横になった。

陣はその後もなんだかんだと幽助の話を夢中でしていたが凍矢はほとんど聞いてはいなかった。

自分が明日どう戦うべきかそして自分の戦いの全てを蔵馬にどう認めてもらえるのか

その事だけで頭がいっぱいだったのだ。



朝日が昇る。

ガサガサとする音に目覚めの悪さを感じながら凍矢は目を開けた。

「あれ?おこしちまっただか?」

陣はベッドの上でなにやら準備体操のような事をしていたらしい。

凍矢は迷惑そうな顔をして陣を見つめた。

「眠れなかったのか?」

「ん・・・なんだかわくわくしちまって・・・・」

本当に陣ときたら子供のようにはしゃいでいると凍矢は思った。

戦う事を楽しめるやつはそれだけで幸せなのかも知れない。

今の陣には復讐なんて言葉のかけらさえなかった。

この笑顔が陣本来の顔なんだと凍矢は安堵していた。

自分の様に生まれた時から忍としての戦いを身体にたたきこまれて育った自分には

やはり陣の様な戦い方は出来ないのかもしれない。

ともあれ今日が自分と陣が決めた闇の世界から日の当たる場所への本当の第一歩なんだと

凍矢は深く呼吸をして実感していた。

「陣、いくぞ・・・」

凍矢は振り返り陣に声をかけた。

「ん!」

陣は元気に丸い目をぱちくりさせて最高の笑顔で凍矢に答えた。
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