DEATH NOTE

□奏であう心
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―ミサが死んだって。

竜崎の耳には確かにそう聞こえた。

竜崎は少しだけ落ちそうになる視線をもちあげて 彼の一歩だけ前に立ちすくんでいる夜神を見上げた。

夜神の表情は何一つ変わる事はなく、それでもどこか心を曇らせた様に感じたのは、竜崎の錯覚だったのだろうか。

声をかけるべきなのか・・・

正直言ってこの手のシュチュレーションは苦手だ、と竜崎はひとりごちた。


「ミサは自殺だと思うかい? 竜崎。」

「えっ?」

声をかけるタイミングを取りはぐった竜崎を促す様に突然夜神が振り返り尋ねた。

「自殺・・・? 報道では病死とされていましたが、そう考える要素がある様な言い方ですね。」

竜崎は少しだけ挑発的な目で夜神をみつめた。

今度は躊躇う事もなく真っ直ぐに。

「さあ、でももしミサが自殺だとしたら真っ先に原因として疑われるのはこの僕だろうな、と思ってね。」

竜崎はふと心のどこかで安堵している自分を知った。

それは夜神が落ち込んでいるわけでも悲しんでいるわけでもないと確信したからだ。

「彼女が亡くなった事は気の毒だと思いますが、その原因について生憎、私は興味がないんです。」

竜崎は心のままそう答えた。

「竜崎、君と僕の事を彼女が気付いていたとするなら?」

竜崎の反応を見る様に夜神は竜崎の顎に手を延べた。

「・・・嘘、君はそんな事、最初から気になどしていなかった事くらい僕にだってわかるさ。」

黙ったままの竜崎を見つめ、夜神は竜崎の顎に述べた手のひらをそっと頬に運んだ。

「彼女は自称 夜神君の恋人だったわけだし、世間がそう騒ぐのは当たり前の事です。彼女はモデルであり、

その彼女が公言し、世間も認めた。そう貴方達は誰もが認めたカップルであった訳ですからね。」

竜崎は淡々と言葉を並べた。

夜神は少しだけ口元に笑みを浮かべながら竜崎に述べた手のひらを落とした。

「なんですか? 夜神君、へんな笑い方をして。」

「いや・・・竜崎、君も嫉妬と言う感情を持っていたりするんだな、ってそう思ったけど・・・

それは僕を喜ばせようとした君のモチベーションだった事に気付いてさ。」

「ばれましたか。」

夜神の言葉に竜崎は少しだけ笑いながら言った。

「君は今、自称と言う言葉をわざと付けてみたね。あからさまに嫉妬に繋がるような単語を選んで。僕はそれだけで嬉しいよ。」

「それはどうも。」

竜崎はそっけなく言ってのけ手持ち無沙汰の両手をポケットにつっこみながら背をまるくして歩き出した。

その後を夜神がそっと口元に手をやりながら笑いを堪えて歩を進めた。



ミサの死は心臓麻痺だった。

自殺でも他殺でもない、病死。

それでもミサの死は不可思議な事件として連日マスコミを賑わしその度に夜神は恋人を亡くした失意の青年を演じなくてはならなかった。

「ふう・・・・」

マンションに帰ってくると夜神はソファにドサッっとその身を預けた。

「さすがに疲れますね。」

専用の大きな椅子に両足を抱える様に座ったまま竜崎はパソコンの画面を見ていた。

「君が疲れている訳じゃないだろ、竜崎。」

夜神は上着を脱ぎテーブルの上に投げつけながら言った。

「ええ・・肉体的には。でも日中ブザーと電話が鳴りっぱなしな訳で集中できないんですよ。」

夜神はふと竜崎の横顔を覗いた。

竜崎は極端に睡眠が浅く神経質で集中を欠くと酷く消耗するタイプだった。

その事は夜神が一番解っていたはずだった。

「すまない、竜崎。」

夜神が静かにそう言うと竜崎はキーボードを叩く手を止め振り返った。

「私の方こそすみません。矢面に立つ夜神君の事をもっと考えるべきでした。」

夜神はそんな竜崎の台詞がとても好きだった。

取りようによっては咋な嫌味にも取れるような台詞だがこの場合、竜崎の台詞は本当に自分を思っての事だと夜神には理解出来ていたからだ。


「シャワーを浴びてくるよ、竜崎、君は?」

「はい、夜神君が出たらその後に・・・」

「そう。」

夜神は再びキーボードをたたき出した竜崎の後姿を一度虎視してから踵を返してバスルームにむかった。



夜神はこの生活が気に入っていた。

竜崎とは大学で知り合った。

竜崎はとても変わっていた。

英国で暮らしていた為とは言いがたいほどその風体からして変わっていたのだ。

どんな椅子であっても彼は両膝を抱えるように持ち上げて座らないと落ち着かないらしく

足を抱えられない小さな椅子であるなら多動症ではないかと思うくらいじっとしていられない。

そして極端に甘いものを好み菓子やケーキに目が無い。

いつだったかコーヒーにハンパじゃないほどの角砂糖を投入していた指先を止めた事があった。

しかし寝起きの回らない頭に糖分を入れてやらないと考える力が湧かないのだという竜崎は再度同じカップに角砂糖を落としていた。

ただの変わり者と思っていた竜崎が犯罪心理学において異常なほどの推理力と洞察力を持っている事を知った時に

夜神の心は物凄い勢いで竜崎に引き寄せられていったのだ。

気付けば夜神がとっていた教科には必ず竜崎がいた。

相談したわけでも気にして選択した訳でもない。

それは竜崎も同じだった。

むしろ竜崎の方が夜神を見つけたのは早かったかもしれない。

夜神はいつも中央の席に静かに座り自分より程度の低い講師と見做した授業では聞いているふりをしながらも

ひたすら読書を楽しんでいたり興味ある講座では講師がたじろぐほどの質問を浴びせたりしたのだ。

そんな夜神のパフォーマンスをいつも一番後ろの席で両膝を立てながらじっと傍観していた者が竜崎だった。
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