takumi kun S.
□移り逝く季節に
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「次だな」
赤池君の言葉に僕は視線を車内の前方へと移した。
―次は多摩〇〇表門前
表示された停留所の名を手元の手帳と確認してから手帳をリュックにしまった。
その停留所で5、6人の人が降りた。
僕達は正面に入ったところの左側にある花屋で花を買った。
「へえ・・・秋でも咲くゆりってあるんだな。」
花束を手にしながら赤池君が言った。
「えっ?ゆりっていつでも咲いているんじゃないの?」
「そんな事ないだろ、ゆりって言ったら初夏だろ。」
「そうなの?なんでそんな事知っているの?」
「一般常識の範疇だろ。」
呆れた様な顔をして赤池君が僕を見た。
そっかな・・・?
僕はいつどんな花が咲くのかなんて知らない、本当に一般常識なのかい?
僕だけ知らないのかな? 僕の脳裏には僕よりこういった事には疎そうな利久の顔が浮かんだ。
絶対利久だってわかんないよ!今度試しに聞いてみよっと。
「何、ニヤニヤ笑ってんだよ、気持ち悪いぞ、葉山。」
いけない!
「ごめん、でもさ、本当は赤池君だって知らないんじゃないのかい?奈美子ちゃんに教えてもらっていたりしてさ・・」
奈美子ちゃんとは赤池君宅の隣人であり幼馴染らしい。
家族ぐるみでの付き合いをしていてギイは会った事があるのに僕は噂だけで実際奈美子ちゃんとの面識はないのだ。
因みに赤池君は「奈美」と呼んでいる(笑)
「ば・・ばか!なんでここに奈美が出てくるんだよ!」
心なしか赤池君の顔が赤くなる、やっぱり赤池君は奈美子ちゃんと上手くいっているんだね。
なんとなく羨ましくなる僕。
「いやいやいや・・・」
不適に笑う僕の頭をかすめる様に赤池君の腕が伸びて僕を殴るマネをした。
僕は咄嗟に顎をひく。
嫌悪症ではなく、誰もがやるであろう行動だけど。
今でも赤池君は僕を気遣って不用意に僕に障ったりはしない。
今から触れるぞと、僕の了承を得た様にしか触れはしないのだ。
そんな所も風紀委員長だった赤池君らしくて・・いやはや。
「それはそうと、葉山あっさり、ゆりって決めたな。」
「うん、だって、これは鈴木君の好きな花だから。」
「鈴木の・・・?」
赤池君は呟く様に語尾を暈かし 凍りついた表情でゆりの花を見つめた。
―章三はショックが後からど〜んと来るタイプだからな・・・
あの時ギイが言った言葉が僕の耳元で木霊した。
鈴木君の事で最初から色々知っていた赤池君。
あの日、職員室の異変に最初に気付いていち早くギイに知らせに来てくれたよね。
僕達はあの後森田君のことや鈴木君の事でドタバタしてしまっていたけど、そんな中でも君は冷静に物事を対処し
自分の立場を常に保ちながら僕達の行動のフォローを全部やってくれていたんだ。
あの時、僕は鈴木君の病気の事も森田君との事も解らずに
かなりトンチンカンなやきもちを焼いたりして、いまだに思い出すと恥ずかしい。
でもそんなトンチンカンに不安だけを募らせる僕を君は嘘も偽りもなく正直な言葉で思いやってくれていたんだね。
鈴木君が亡くなった時 僕はどうにもならない悲しさに打ちひしがれていた。
何も悪い事なんかしていないのになんで鈴木君だけがこんな事にならなければいけなかったのかなんて、
周りで何も知らずにはしゃぐ同級生達を横目に辛さを噛み締めていたんだ。
でも、僕なんかよりずっと以前からその事を知っていたギイや赤池君は
誰にも気付かれる事なく普段となんら変わりなく鈴木君にも僕達にも接していたんだよね。
僕にはきっと出来ない、そう考えたからギイは僕には話さなかったんだ。
僕の亡くなった兄の事に触れそうな状態になるから。
今ならあの時のギイや赤池君の言葉の一つ一つを理解する事が出来る。
ギイも君も僕なんかよりずっと苦しんでいたに違いないんだ。
僕がギイの泣いた姿を見たのは後にも先にもあの時だけだった。
鈴木君を助ける為にアメリカまで帰ってその病気の治療ではTOPをいく専門医にまで会いに行っていたギイ、
ありとあらゆる人脈を駆使してまでも走り回った結果、何も打つ手がなかったと言う事実だけが残った。
ギイも君もどれだけ心に負担を抱えていたんだろう。
そうやって君達は 鈴木君にしてあげられる事を君達らしく表現する事に辿り付いたんだね。
赤池君、あの時君は亡くなった君のお母さんの事を僕に話してくれたよね。
お母さんが亡くなった時みたいに 直ぐに実感が湧かないって、君はそう言った。
鈴木君が学校を退学して入院するという事がどう言う事を意味するのか
君は知っていたけど、頭では理解していたけど気持ちが漠然としていて辛いとかよりもぽっかりとあいた穴のように感じていたって。
健志は病院に死にに行ったんだ・・・ギイの言葉が蘇った。
「葉山、場所!」
ポンと赤池君の声が耳に飛び込んで来た。
「ああ・・・」
「ああ、じゃないよ、全く、相変わらずお前さん、ぼお〜っとしているね。」
「・・・ご・・ごめん。」
僕は慌ててリュックから手帳を取り出した。
「すんなり謝られると、それはそれでからかい甲斐がないな。」
「えっ?」
「いや・・」
「ええっと・・・この奥二列目の右側だって言ってた気が・・」
「大丈夫かいね・・・」
「た・・・多分・・・」
赤池君の呆れた顔に僕は肩を竦め 沢山並んだ墓石の列に入って行った。
そう、ここは鈴木君が眠る場所。
あれから随分経ってしまったけど、僕達は今日鈴木君に会いにきたんだ。