takumi kun S.

□sub rosa
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「それに、何もヴァイオリンが心配で発信器を付けた訳じゃないさ、むしろ心配なのはタクミの方なんだから。」

そういったとんでもない事を平気で口走るのは僕の前だけにしておくんだね・・と、

内心呆れながらもつぶやいてしまいそうになる。

「それより、あいつの演奏どうだ? お前の口から直接聞きたいんだ。」

「腕前はそれなりにあがっているよ。」

「なんだよ、それなりにって。」

「だってね、僕だってそんな暇じゃないんだから四六時中タクミ君の演奏に付き添うわけにはいかないんだよ。」

「そんな事言ってないだろう?」

「云ってる。そんなに気になるなら義一君が直接聞きに行けばいいじゃないか。耳だけはいいんだから。」

「行けるわけないだろ?って、耳だけはってなんだよ。」

「ねえ、義一君、君達はさ、別れた訳でもないんだから普通に逢いに行けばいい事なんじゃないのかな。」

「逢ってるよ・・・」

「いつ?」

「タクミの兄さんの墓参りとか・・・」

「ちょっと早い織姫と彦星かい? 1年に一度そんな逢い方で満足してやしないくせに。」

義一君は言い返したい口元をぎゅっとつぼめて言葉を飲み込んだ様だった。

ちょっと意地悪し過ぎたかな。

犬にするならゴールデンレトリバーのような義一君、うな垂れたように目線を落したついでに少し伸びた髪がパラリと下がった。

「もっと気楽でもいいって僕は思うよ。」

義一君の髪を僕は彼の耳にかけるように梳きながら顔を覗き込んだ。

「ん・・・だよな。」

義一君は深く小さなため息をひとつついた。

「聖矢さんと違って タクミ君なら安全に日本に居るわけなんだし。義一君が日本にいくついでにクラスメートに

逢っているのと同じ感覚でいいんじゃないのかな。」

「まあな、でもさ、オレ自制心弱いって云うか・・・あいつに逢えるって思うとそれだけでダメなんだ。

すぐにでも連れて来たくなる。あいつがオレについて来なかったという事実を受け入れる事だって

正直いまだに出来てやしなくて。」

「でもそれはお互いの冷却期間なんでしょ?別れるとかじゃないわけだし。現にこうして

2年も経とうとしていても冷めるどころか増々義一君はタクミ君に夢中じゃないか。

逢わない意味が僕には解らないよ。」

「そう、言うなよ、佐智。それにオレの中ではずっとタクミへの気持ちはどんなに時が経とうと変りなどしやしない。

実際問題この冷却期間の意味合いとしてはオレ達じゃなくて 周囲なんだとオレは思っているよ。

家族の受け入れの方だって。頭に血が上ったままのオレに変わって島岡がお膳立てしてくれた行動だった事だって

ちゃんと解っているさ。」

義一君の言葉は真実。

こういったデリケートな問題にあまり突っ込んでしまう訳にはいかない。

ましてや君は世界的大財閥の御曹司なんだから。

「で?その後の進展はあったの?」

「家族にはきちんとオレなりに話してはいるんだ。ただうちの家族はマリコさんとは違って至って庶民だからな。」

「庶民?どこをどう見たら義一君の家族を庶民と呼べるのさ、そのまま云ったらそれこそ嫌味に取れる発言だね。」

「なんだよ、それ。井上産業と言う名を告ぐ佐智の発言とは思えないぜ。」

「僕は稼業を継ぐ気はないよ、でもまあ、家系の話はともかくとしてマリコさんと比べられる人間を子供である僕だって

今までお目にかかった事なんてないけどね。」

「だろ?」

義一君はやんわりと笑顔で空になったカップを僕の手からとりあげテーブルに置いてくれた。

「義一くんはタクミ君をどうしたいの?家族として自分の家庭に迎えたいの?」

「どうしたいとか・・・そういうのとは違うんだろうな。」

義一君は視線落としたまま呟いた。

「傍に置いておきたい?」

「出来れば傍にいて いつでも護ってやりたいんだ。」

「おかしな義一くん。」

「なにがだよ、」

僕の言葉に大きく反応した義一君は僕を見据えた。

「タクミ君はそんなヤワじゃないよ、義一君が護ってあげる必要もない。」

「そんな事あるか!」

「むしろ、僕には義一君が寂しいから傍に居て欲しいって云っている様にしか聞こえないけど?」

「・・・・」

義一君は再び口をぎゅっと結んでベッドからたちあがった。

「お前、きつい事言うなよ。デリカシーなさすぎ。」

やっぱり図星。

僕に背を向けて窓の外を見ながら義一君は静かにそう言った。

いつでも不安に思うのはタクミ君じゃなくて義一君の方。

揺るがない心を持っているくせに不安を隠しきれない。

僕はベッドから降りて義一君の後ろに立つ。

そして背後から義一君を抱きしめてあげた。

「泣き言云えるのは僕にだけだからね、聞いてはあげるけど、 同情はしないよ。」

「解ってるさ、サンキューな、佐智。」

背後から回した僕の手を義一君がにぎりしめていた。

なんでこうも寂しがりやなんだろう。

可笑しな義一君。

君のコロンが仄かに鼻をかすめる。

昔から変わらない。

義一君は一度好きになるとずっと同じものを使い続ける。

決して他に目移りするなんて事もなく。

幼かったあの日、義一君はタクミ君の何を見たんだろう。

君の心はその時から揺らぐ事なくそこに在り続ける。

あの時、君が言った言葉、僕は呪文だって思っていたけど タクミ君に会って気付いたんだ。

君には内緒でタクミ君に話しちゃったけどね。


・・・Sub rosa ・・・
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