takumi kun S.

□所有物
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 学校生活を波風立てずに過ごして行くには、くだらない噂話に乗ってやる事も必要だが

 踊らされる気など毛頭ない。

 オレの留まる場所はここではないのだから、

 こんな所はさっさと通り過ぎてしまえばいいだけの事だと学生時代を過ごした。

 それでも自分の意図に反して生きていかなくてはならない、それが常と言うものだ。

 だからオレは「オレ」を演じる事に固執した。

 優等生、生徒会会長、責任感が強く誰にでも温和に対応する、

 先生からの信頼も厚く先輩からは可愛がられ同級生に一目おかれ後輩からは憧れの眼差しを向けられる。

 それがオレの演じた高校時代だ。

 医者の家系の一人息子なのだから将来は殆ど決まっていたようなものだ。

 そしてオレ自身、その敷かれたレールを嫌ってはいない。むしろ喜ばしくありがたく乗らせて頂くレールである。

 しかし、親の敷いたこのレールは医者への道を真っ直ぐに歩ませてくれるレールではなかった。

 祠堂学院と言う高校はその道筋からは遠く離れた場所に位置していた。

 オレは不思議にも感じていたが父親がこの学校出身であったという事で

 そう命じられていたのかと、当初はその程度の考えだった。

 しかし、父親がこの学院がオレには合っていると思う、そういった言葉の本当の意味をオレは三年間過ごして心から理解した。

 その三年間でオレの内側にはオレの予想を遥かに超えた「心理」が刻みこまれていた。

 その心理はオレが両親の本当の子ではなかったという事実をしっかりと受け入れるだけの器をオレに与えてくれた。

 幼い頃から家族に抱くオレの違和感というものがなんであったのかを、きちんと説明された事にあった。

 その時、オレはその事実に屈折する事よりも安堵を覚えたのだ。

 母親が知らない事実を父親はきちんと説明してくれた。

 オレは血縁ではないが、今まで朧気であった「父親」という存在が逆にオレの中で確固たるものに変わっていた。

 だからオレは「父親」にオレの恋人の名を告げたのだ。

 不肖な息子で申し訳ないと。

 オレの心をここまで開かせてくれたのはあの祠堂での生活であったとオレは確信している。

 だから、父親が「アラタには合っている様な気がするんだ」そう言ってくれた言葉は

 心からの言葉であったと知ったのだ。

 しかし、内側がどうであれ、オレが決め込んだスタンスを変える気は最後までなかった。


 それでも、そんなオレの素を知っていたやつらは数人いた。

 そいつらの一人がオレに「屈折しているな、」と言い放った。

 それでいい、お褒めの言葉と解釈しよう、オレの本心を垣間見たあいつ、侮れない事はわかっている。

 しかし、そいつでさえ、オレと同じフィールドに立ってなど欲しくはなかった。

 認めてなどやらない。

 そいつは校内でも異常に人気が高く全てに長けた海外からの帰国子女だった。

 何から何まで、オレとは間逆の性格、なのにいつも同じ事を望み同じ結果を導き出す。

 全く違う方向へ向かって歩き出したはずなのに、気付けば終着点で顔を合わす事となるのだ。

 だからオレは奴がダイキライだった。


「メール読まないんですか?」

 女は少し身体を離してオレの胸のポケットを指差す。

「わるかったね・・折角のムードが台無しだ。」

 オレは少し笑いながら言う。

「きっと病院からですよ。」

 女は少し不安げな面持ちで言った。

「すまない、お言葉に甘えて読ませてもらおうかな。」

 オレはいつもの取り繕った笑顔で女に微笑む。

 女はにこっと笑って「どうぞ」と言う素振りで掌を上へ差し出す。

 オレはちょっと困った様に曖昧にため息をついてから

 名残惜しそうに女の差し出した掌の指を一度自分に絡めてからそっと下へと下ろした。

 女は嬉しそうに俯いた。

 これは女へのオレなりの最低限の礼儀としてのポーズなのだが、きっと女はそう思ってはいないだろう。

 女の視線が逸れた瞬間にオレの心は残像も残さずメールへと飛んだ。

 内容はおおよそ検討がついていた。

 だから直ぐには開かなかったのだ。

 今日の午後に手術した患者の容態の連絡、携帯のバイヴが振動した時に

 オレは女を抱く腕の向きを変え腕時計に目をやっていた。

 一時間ごとに数値の連絡を携帯に入れてくれるよう担当看護師に依頼していたのだから。

 メールの数値を確認しながらオレはネクタイを緩め、

 腕時計を外しベッドの脇のサイドテーブルに置いた。
 
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