takumi kun S.

□涼しげな花梨
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Side B


指の上で鉛筆をクルクルと回していた。

何を考えるでもなく問題集が一向に進まないのだ。

「君はT福祉大のこの科の希望はどういった事を意味合いとして選んでいるのかな・・・」

先刻進路指導の先生から言われた言葉。

本当の事を言ってしまえばどの科だって良かった。

だって偏差値で選んだだけなのだから。

T福祉大なんて拘りなんてないのだ。

地元で弓道が出来るからといったそんな程度の選択に過ぎない。

自営の親も地元に帰ってくるのを楽しみにしているし正直言って俺も地元の方が安心なんだ、と思ってる。

だから進路指導の先生が指摘する将来に対する俺の考えと言うもののお粗末さ、

そこまではっきり言われた訳じゃないけど相当自覚したのだ。

俺なりに。

ため息と一緒に親指の付け根の上で回っていた鉛筆が床に落ちた。



「なあ、託生はいつ音大へ進もうって決めたんだ?」

忙しい三洲がいない270号室。

部屋の窓を開け桟に体をもたらせたまま振り返らず利久が言った。

「はっきり音大にしようって決めたのはつい最近だよ、夏休みに色々あって・・・あっ、利久も色々あったね。」

「・・そ、それはいいんだよ!」

振り返れば託生がにやにや意味ありげに笑っている。

「登校日も一緒に帰ったんだったよね。」

「・・・な、何度も言わせるな! 俺の事じゃなくて、今はちゃんと受験の話しをしたいんだ!」

むくれた利久への意地悪はこの辺でやめておこう、と託生は話題を切り替えた。

「受験って、利久は地元に帰るんだろ?」

「・・・うん、そのつもりだったんだけど・・・託生の色々って? あ、でもさ 託生2年の頃からバイオリンは始めていたよな、その時から決めていたって事じゃなくて?」

「違うよ、きっかけはあったけど、バイオリンをもう一度やりたいって思ったからなんだ。

きらいになってやめた訳じゃなかったし、でも、それで音大を受験するなんて意識はなかったもん。」

「そ・・・そうなんだ・・・」

なんとなく歯切れの悪い利久を託生は不思議に感じた。

「利久はT福祉大なんだろ?」

「う・・ん・・・」

「最初から僕は利久みたいに決めてなかった処か、将来の事もしっかり見つめる事もできなかったし・・・あ、今でも同じようなものだけど。」

「えっ? そうなの?」

―むむむ・・・なんだ、なんだ、その嬉しそうな顔は・・・

落ち込んだ様に下を向いていた利久が晴れやかに顔を上げて近寄ってきた。

「なんだよ、気味悪いぞ!利久!」

託生はあまりにも接近してきた利久に顎をひいた、嫌悪症ではなく。

「な、それで、なんで音大って決めたんだ?」

「以前からバイオリンは続けたいって思っていたけど、専門的にやろうとか、そんな考えなかったから

最初に志望大学書く時なんて偏差値で適当に選んだんだ、だから後から自分が何処の大学志望校に書いたかなんて覚えてなくて・・」

「すげ〜 俺よりひでえ」

「なんだよ!けなしに来たのかよ!」

―なんだか失礼な利久、まあホントの事だから反論はしないけどね

「始業式の時 僕体調崩して休んでいたから僕だけ志望校の用紙提出していなかったんだ。」

「そっか、あんとき託生大変だったもんな・・・」

そう言って利久はベッドの前に鎮座する来客用の椅子に腰掛けた。

「だから、ギイに少し相談してみた。」

「志望校を?」

「うん・・・それで、なんの目標もないけどとりあえずエレベーターに乗らないのなら何処かの音大でも書いておけばいいかな・・・って結論。」

「ふ〜ん」

「だから、音大を三つ書いてみたんだ。」

「それで決定な訳?」

「いや、違うよ。とりあえずだよ。提出しなきゃならない為だけの、まだ3年になったばかりだったし、

あの時点なら希望なんだから受ける受けない、受けられないは関係ないだろ?」

「受けられないね。」

利久は笑ったまま「そうだよな、それから進路指導の先生が介入してきて曖昧な道行をより現実にしていくわけだしな。」と言った。

「利久君、なかなか理解が早くなってきたね。」

―託生には言われたくない

「で?今はきちんと音大を目指そうって決めたんだろ?」

「うん。」

「それはギイに言われて?」

「・・・ギイは人の進む道を指導したり指摘したりはしないよ。」

「そうなのかい?」

「ギイは相談には乗ってはくれるけど、必ずその人の道はその人自身の選択をさせる人だよ。窓口は大きく広げてくれるけどね。」

「ふうん・・そうなんだ・・じゃ、託生は自分でちゃんと決めたから? あれ? さっき決めてないって・・あっ、だから今でも同じようって事?」

「そう言う事。」

「えっ?じゃあまだ決めかねてる音大を受験するって事?」

「そうじゃないよ、将来がわからないって事。ギイや三洲君みたいに将来のビジョンがあって大学に進もうとしているわけじゃないって事。」

―言っている意味は解るが それでいいのか?

利久は首を捻っていた。

「僕、将来音楽家になるとか音楽の先生になるとか全く意識してなくて決めかねているけど音楽には携わっていたいと思ったんだ、

この夏休み京古野さんや佐智さん、そして乙骨雅彦さんに出会ってその気持ちがはっきり見えたんだ。

でもそれが将来どうしたいかには繋がらない。」

「託生の音楽に携わっていたいと言う気持ちと将来を導くべき大学とは繋がらないって事か。」

「まあ、意味合いとしてはそんな感じ。」

「じゃあ、なんで音大って決められたんだい?話の流れでいけば、まだ迷っている状態なんだろ?」

「そうだね、まだ迷っているよ将来に関しては、でもね三洲君に言われたんだ、

音楽を続けたいのならとりあえず音大に行ってみるのも手だって、音大での4年間で見えないものが見えてくるかもしれないだろって。」

「そっか・・・とりあえずか・・・」

利久の瞳が希望の光を見たような輝きに変わった。

「三洲君がね、積極的な希望がないなら消去法だって。」

「消去法!! おっ! それだ!」

利久の中で何かがポンと弾けたようだった。

―僕や利久みたいな人間に、とりあえずって言葉は凄く魅力的だよね、

直ぐに決められない僕ら、ゆっくり時間をかけていいんだ、と教えてくれる大きな器を持つ人達の温かさは本当に心に染み入る。

「三洲っていい奴なんだな。」

「いま頃知ったのかい?失礼だよ、利久」

託生は冗談まじりに言って利久を見つめる。

「なんか、俺すげえ今気持ちが楽になったよ、託生ありがとな。」

「お礼は僕じゃなくて三洲君かな?」

「そうだな・・・そっか、あっ、でも俺、行って話してくる。」

「えっ?誰と? 三洲君はいま生徒会の会議で忙しい・・・って、行っちゃったよ・・・」

ドアを開けっぱなしで利久が脱兎のごとく部屋を飛び出して行った。

―もう、利久!そんな勢いで三洲君に抱きつきでもしたらそれこそ大変な目にあうぞ!

託生はいつ、三洲が不機嫌さ丸出しで戻ってきて槍のような嫌味を降らせされるのか気が気じゃなくその日を過ごした。

普段穏やかで誰にでも柔らかな対応をする三洲なのだがこと、真行寺に対しては容赦ない、

ところが夏を過ぎてから託生への態度も心なしか真行寺に近いものを感じさせるほど辛辣になったりするのだ。

これはきっと 一歩三洲の張り巡らすバリアに近づいたという印なのかもしれない。

真行寺の言う沢山のネコ被りの三洲、その一枚をはいだとでも言うべきか・・・

ギイや赤池は笑いながらそんな事を言っていたが託生にはよく解らない。

なのでここはギイ達が言う様に一歩、三洲に前進したのだとポジティブに考える様にしている。

きっと、あの二人がいうのだから間違いないのだ、と自分に言い聞かせて。

それはそれで情けないのだが、同い年でありながら彼らとの器の大きさの違いを感じずにはいられない。

とは、言え、それでも怖いものは怖いのだ。

ところが、託生の予想に反して会議から戻ってきた三洲はいつもとなんら変わりなく物静かに勉強を始めていた。

―それも・・怖い・・

どうなっているんだよ、利久・・
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