takumi kun S.

□The truth other side 
2ページ/6ページ


「すまなかったな、矢倉、こんな所まで来させてしまって。」

「ああ、いいさ、相変わらず忙しいな。」

 笑ったオレにギイは本当に申し訳なさそうに曖昧に微笑んだ。

 待ち合わせは成田空港だった。

 本当なら翌日に帰るはずが別件でロスに立ち寄らなくてはならなくなり、

 東京での時間が作れなくなってしまったのだ。

 それもギイは今まで関西に居たわけで、本来なら関空から直接アメリカに戻ればよかったものを。

 昔から時間には煩いギイだが無理と思える隙間にどんどん押し込んでより多くの仕事をこなすのだ。

 しかも移動中ですら決してのんびりなどしてはいない。

 それでありながらこんな無駄とも思える時間を割いてくれる。

 オレには荷が重過ぎると感じてしまう。

 けれどそれを口にはしない、オレに気を遣わせまいと必死に心遣いをしてくれているギイを解るから。

 そしてギイはオレが重荷に感じてしまう事を一番承知しているから。

 だから敢えて互いに触れずに居ようとするのだ。

 昔からギイとはそんな感じだった。何故か考える事が同じだったから。

 互いの痛みも喜びも悲しみも何故か同じ様に感じてしまっていたから。

 祠堂にいた頃オレ達は思いつく限りの行動を沢山した。

 それは個人的な遊びの為だったり、学院内の行事の事であったり、目的は様々だったが

 その目的に向かってやり遂げるまでの過程をオレとギイは面白可笑しく楽しんでいた。

 学院の仕事に関してはオレ達は二人とも階段長と言う立場であり

 学院と生徒達との間に入りその距離を失くす事に勤めた。 

 どちらかといえば生徒よりの考えに加担している場面が多かったがその間を会長である三洲が旨く取り計らっていた。

 三洲にとっては迷惑きわまりないオレ達の申し出ばかりだった。

 犬猿の仲と言われていた三洲とギイの間だったが、

 どこか深いところで互いを理解しあっている様にオレには見えていた。

 そうでもなければあの寛容なギイがあれだけ三洲に難題を平気で押し付けたりなどしない。

 それはギイが三洲を信じ、三洲もギイを理解していたからだとオレは思うのだ。

 ギイと言う人間は一人一人ときちんと向き合い、それぞれの役割を信頼のうえで任せていく、そんな所があった。

 それは勿論世界的大財閥と言うバックグラウンドを荷う器としては申し分ない器なのだろう。

 そんなギイがこんなちっぽけなオレと言う人間を理解してくれた事をオレは幸せに感じていた。

 卒業する事だけを考え彩のなかったオレの高校生活にギイが沢山の着色を施してくれていたのだ。

 オレが言うのもおこがましいが、オレ達は深く語り合ったりする事はなかったけれど

 互いの考えている事が解ってしまう。

 だから、きっとそれ以上余計な言葉を発する事がなかったのかもしれない。

 良しにつけ悪しきにつけても。



「乗り継ぎの時間は間に合うのか?」

「ああ、2時間ほどあるから。」

「それなら 渋谷のハチ公前の方がよかったか?」

「それは無理だ、って言うか、まさか、ハチ公前で約束するつもりだったのか?」

「悪くないだろ? ギイでも解る場所じゃないと、日々東京の土地は色々なものに形を変えているからな。」

「おい!それってオレがあまり日本に来ないって嫌味か?」

「まあな、」

 こんな慌しい滞在なら次回にしても良かったはずではなかったのだろうか、オレはふとそんな風に思った。嫌味ではなく。

「八津は元気か?」

 ギイは運ばれてきたコーヒーを片手にオレに言った。

「相変わらずだな、大学が違うからなかなか逢う時間が取れてはいないが、ちゃんと話はしているさ。」

「そっか、母親の方はあのままか?」

「そう簡単には進まないが、デリケートな問題だし、あいつの家庭の事情があるから慎重にやってる。」

「そうか・・・」

 優しく笑うギイの瞳。

 刹那。

「ダメなんだよな・・・その瞳」と、オレ。

「いいかげん、慣れろよ。」と、ギイ。

 オレは昔からこのギイの慈愛に満ちた眼差しにどうもやられてしまう傾向にある。

 こんな風に微笑まれると包み隠す事すら必要ないと心の奥底まで見透かされている様な気持ちになる。

 この瞳の前では自分の隠そうとしているつまらない見栄や虚勢など全く無意味な気持ちになるのだ。

 オレは大きくため息をついた。

「本当は、相当前途多難な状況だ。取り付く島もないな。」

 そう言ったオレの顔を見つめギイは口元をぎゅっと絞めたまま、

 無言で僅かに首を縦に二度ほど上下させた。

 それはギイも自分と同じような状況であると言う事を告げていた。

 葉山の事はギイが話さない限りオレからは口にするつもりはなかった。

 ただ、ひとつ言える事は、葉山と言う人間はオレなんかよりももっとしっかりと

 自分の意志を持っている人間であったと言う事だ。

 入学当初は全く気付かなかったが、それは自分勝手や頑固といった意味ではない。

 葉山は自分の状況よりも周りの状況を大切にする、

 そして疑うことすらせず、例え裏切られていたとしても逆に相手の心配までしているようなお人よし。

 相手が自分をどう見るかではなく、葉山が相手をどう見るか、なのだ。

 あんなにも人嫌いで自分の殻に閉じこもっていた葉山の殻を開けたのは間違いなくギイだ。

 どうしたのかはオレには解らない。

 2年でギイと同室になった頃から葉山が笑う様になった。

 その笑顔はギイには言えないが本当に愛らしい。

 頬に僅かに窪むえくぼを初めて見た時には思わず抱きしめたくなったくらいだ。

 葉山はオレを怖がってはいたがそれでもきちんとオレに伝えるべきことは伝えてくれた。

 葉山という人間を理解する日が来るとは、思ってもみなかった。

 そして知れば知るほどギイが何故葉山に慈愛の視線を送り続けていたのかを理解した。

 ひとつ不思議に思うのはギイは入学当初から葉山を理解していたという事だ。

 誰もがあの異常行動を理解できずにいた、あの葉山を。

 卒業後の進路を決める時ギイは井上佐智さんまで手を回し

 必死に葉山との繋がりを求めていたようだったけど、葉山の気持ちはギイの敷いたレールとは違っていた。

 葉山はギイの立場を誰よりも大切に慮り自分の立場を弁えていた。

 自分がギイの傍らにいる事はギイの迷惑になると決して良い事ではない、そう考えていたようだ。

 それはギイを思うが為。

 ギイも解っている、それでもギイは全てを引き換えとしても葉山を選ぼうとしていた。

 だからこそ葉山は自分の意志を固めたのだ。

 あの竹取物語の話を思い出す。

 政治ならいくらでも変わる人間がいる、けれど恋人はただ一人だけだと言ったギイ。

 自分なら国を捨ててかぐや姫についていくと断言したギイ。

 あの時、葉山はどんな気持ちでギイの言葉を受け止めていたのだろうか。

 誠実に断言したギイや茶化したオレ達と違って

 葉山はこの言葉の意味を切実に感じ取っていたのではないだろうか。

 こんな断言をギイに言わせてしまってはいけないのだと、葉山はそう考えたのではないだろうか。

 今更ながらではあるがあの時の葉山の気持ちの在りかを思えば茶化した自分の愚かさを痛烈に感じてしまうのだ。

 そして、あの時葉山の心を痛めたその刃はその刃をもっと鋭く磨ぎこの目の前にいる男の胸を貫いていたのかも知れない。


「八津の父は相当母親を泣かせたらしいから、八津は母親がどんな状況にあっても

 見捨てるような結果にはしたくないんだ。それはオレも同感なんだけどな。」

「そうか・・・」

 ギイは座っている椅子の手すりをポンポンと軽く叩いていた。

 これは多分オレだけが気付いている事なのかも知れないが

 祠堂にいる時もギイは階段の手すりをポンポンと軽く叩く事があった。

 それはその短時間で脳の中に張り巡らすシナプスを全て繋ぎ合わせ、

 多くの状況を省みて何かを咄嗟に判断しようとする時のギイの癖だったようにオレは思う。

 ギイはこの難問にどんな結果を求めているのだろうか、

 オレは自分のこの状況をギイがどう受け止めているのか知りたかった。


 卒業後オレと八津は違う大学に進んだ。

 八津は何も言わないけれど多分八津の母親は心から安心したに違いない。

 オレとの噂話はきっと山形講師が八津の母親に告げていたのだろうから。

 山形講師は八津が中学時代信頼を置いていた家庭教師だった。

 子供の八津にとって山形講師は憧れを抱かせる存在だった。

 しかし子供だった八津の心を傷つけ、その後のこのこと祠堂の教師となり再び八津の前に現れた。

 山形講師にとって八津はずっと自分を慕い続ける存在であったのかも知れないが八津はもう子供ではないのだ。

 その事で葉山まで巻き込んでもめる事になった。

 そしてオレがずっと告げずにいようと心の奧にしまっていた出来事を八津に話す事になってしまった。

 事の発端となったその事実を八津に話さない事はアンフェアだとギイは言った。

 誰にも話さずにいたその出来事をギイだけが知っていた。

 それはオレが八津をふった本当の理由。

 山形講師から受けた八津の傷口をこのオレが抉る事となった本当の理由だ。

 八津は知らない。

 その事を八津に話せば、それは八津にオレと母親のどちらかを選ばせることになるようで言えなかった。

 だから自分が引き下がればいいのだと、オレは決断した。

 けれど、オレのその決断は八津が人を信じようとしなくなるほどの大きな代償と引き換えになってしまったのだ。


 八津に交際を申し込んだ後、八津の母親からオレへ電話があった。

 大切な息子に金輪際つきまとうな、と断言されたのだ。

 頭の中が真っ白になったオレの耳に聞こえてきたのは母親のすすり泣く声だった。

 オレは八津から母親の苦労も聞いていたし、母親を悲しませる事だけはしたくないと、

 そう言っていた八津の言葉が頭の中を過った。

 だからオレは答えた。

 わかりました、八津君とは懇意にしません、と。

 八津がその事実を知った時、八津はオレの心配を他所に心から安堵してくれた、

 他に好きな彼女が出来たからじゃなかったのだと、その事に、

 そして勝手にひとりで決断してしまったオレを怒った。

 ギイだけが知っていたこの事実。

 あの時八津の母親からの電話を取り次いだのがギイだったからだ。

 話の内容など知る由もないはずなのに、電話を切った後のオレの様子から

 ギイは何も聞かず誰にも話さず多くの要因を繋ぎ合わせてすべてを察してくれていた。

 そして2年間見守り続けてくれたんだ。

 そのギイがオレをアンフェアだと言った。

 きちんと本当の事を話さないのはフェアではないと。

 その言葉はオレにとって八津の心の扉を開ける鍵となった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ