BOOK
□零度の蕾
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頭の中で古い記憶がぐるぐると巡る。
あれは小学5年生の夏だった。
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「俺、引っ越すんだ。」
「え…。嘘だよね?」
「嘘じゃないよ。」
夏休みが始まってすぐの事。
真っ直ぐに見つめられ、そう告げられた。
「お母さんの実家に行くことになったんだ。
隣の県だから、学校も変わるって…。」
そう言って彼は俯いた。
「陽太くんが引っ越すなんて、私、嫌だよ。嘘…だって…ッ言っ…てよ…ッ。」
自然と涙が溢れて、最後は言葉が途切れてしまった。
そんな私を抱きしめて彼はある言葉を放った。
「絶対、戻ってくるから。」
そして私にキスをした。
初めてのキスは涙の味がして、少ししょっぱかった。
「その時は、付き合ってください。」
顔を真っ赤にした彼。
それがなんだか嬉しくて、涙目で笑った。
「…はい!」
その会話を最後に、数日後、彼は引っ越した。
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水城陽太が紹介された時の嫌な感じはこれだ。
まだ何もかもが真実で、嘘がなくて、純粋だった頃。
あの頃の約束を、覚えているということ…?
「その反応は、思い出してくれたんだよね。」
出来れば、思い出したくなかった。
「ねぇ、蕾ちゃん?」
私の中学時代を知らないこの男に
下手に仲良くされてしまっては決意が揺るぐ。
「…私に関わらないで。」
私は水城陽太をじっと見た。
「見て分かる通り、私は変わった。
昔の私はもう居ない。弱い逢坂蕾は居ない。
だから、私に関わらないで。」
水城陽太は顔色一つ変えずに私を見ていた。
私は水城陽太から視線を外すと、教室を出た。
後ろから「何あれ、怖い」だとか聞こえたが気にしなかった。
1限目はサボってしまった。
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