BOOK

□理想と現実と私
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「颯太ッ…!!」




颯太さんの姿を見つけた女は
私の横をスラリと通り抜けて行った。




「香織、大丈夫か?」



「うん…、なんとか。」




いとも自然に女の名前を呼び
まるで当たり前のように女を抱きしめている颯太さん。



嫌だ、なんでその女の名前を呼ぶの?

なんでそんなに優しく抱きしめるの?




「やめて、やめてやめてやめて!!!」




颯太さんに触れていいのは私だけ。

私だけが颯太さんの特別。

私だけが颯太さんに愛される資格があるの…!!



「ねぇ、なんでその女を抱きしめるの…?
 ねぇ…、ねぇ、ねぇ!!どうして!?」



お願い、颯太さん答えて。

私だけだって言ってよ。

大好きなの、颯太さん。

私は貴方しか愛せないの。



だけど、返ってきた言葉は私の予想を見事に裏切った。



「いい加減にしろよ!!
 香織にまで、こんなこと…。
 迷惑なんだよ!毎日、毎日付きまとわれて!」









………嘘。





“迷惑”





…嘘、でしょう。





「め、いわ…く…?
 嘘だ…嘘、嘘嘘嘘嘘嘘!!」




そんなこと、颯太さんが言うはずない。

だって颯太さんはやさしくて、いつでも私だけを想ってくれる。




「嘘じゃない!…迷惑なんだ。
 もうこれ以上は耐えられない…!!」



そう言って颯太さんは私を冷たく見た。




「冗談でしょ、ね。わかってる。
 本当は愛して…「俺はお前を好きだなんて言った覚えはない!」





その瞬間、私にズドンと重しが圧し掛かった様に感じた。




「そういうのが迷惑なんだ!!
 今後、俺の前に、現れないでくれ…!!」




決め手だった。




一粒、涙が頬を伝う。




もう

優しい

颯太さんは

いない




「そっか…。分かっちゃった。」




あは、はは。



目の前にいるのは私の望んだ颯太さんじゃない。




「貴方は…偽物ッ…!!」




ズッ…




「が…はッ…」




鈍い音とともに、血がポタリと流れた。




「き…きゃああああああ!!!!
 颯太ッ!!!」




私の手元の包丁が、みるみる真っ赤に染まっていく。

ズプリと抜くと、目の前のニセモノがゆっくりと倒れた。




「…全部、私の勘違いだったのね。
 ふふ…私の運命の人はこの人じゃなかったのかぁ。
 どこに…いるのかな…?」




ニセモノを見てそう呟き、私は女に向きかえった。

そして、刃先を女に向ける。




「や…やめて…!!」



途端に脅える女。



はは、なんていい表情なの。



私は女に近づくと、小さく笑いかけて包丁を振りかざした。




「サヨナラ。」




ズッ




「ぐッ…!!」




一層赤く染まった包丁。

しばらくして抜くと、月明かりに照らされて薄気味悪く輝いた。




「嗚呼、綺麗。」



ニヤリと口元が緩む。



「なんだか、いい人に巡り合えそうな気がする。
 待っててね…愛しい、運命の、人…。」



私は微笑んで、薄暗い夜道を歩いていった。





end.



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