▼LD1 短編

□偽りの貴方と
1ページ/1ページ


―――ジャンがGDの連中に攫われたという不幸な報せがCR:5に届いたのは、ジャンが行方不明になって2日後であった。

ここ最近GDの連中はCR:5のシマを荒らすこともなく、デイバン郊内外で起こる些細なトラブルを除いて、比較的温厚な日々が続いていた。
温厚な日々というものは突然終わりが来るもので永遠と続くわけがなく、そことなく覚悟をしていたCR:5だったのだがついに2日前にその日を迎え入れてしまう。
カポのジャン―――CR:5の重役が忽然と姿を消してしまったという最悪な事態であった。こんなことが起きるのだったら、地回りのヤクザ共が謀反を起こしてきた方がまだマシであったのに、と構成員共は口々に「Stronzo」だの「Beanbag」だのと下品な罵倒を繰り返す。
それもあって、CR:5は――特に幹部層――はピリピリしたムードになっていた。
そして最悪なことに、そのピリピリしたムードの中ジャンがGDに攫われたという報告が飛び込んできたのだ。
一番に火を切ったのはイヴァンだった。今すぐにGDの本部を暴き出して乗り込んで、GDの構成員全員蜂の巣にしてやると早口で聞き取りにくいイタリア語で捲し立てたのだ。
しかしそれを冷静に制したのは以外な話なのだがジュリオであって、ジュリオは、飛び込むのであれば確実な情報を手に入れてからでないとヘマを踏んでは向こうの思う壺で最悪GDの奴らに飲み込まれてしまうかもしれないという言い文であった。
確かにその通りだとベルナルドもルキーノも同意すると、イヴァンは温くなったコーラを一気に呷り飲み干し、「Fuck」とコーラに八つ当たりする。
ジュリオはふらりと立ち上がり、自分がGDの情報を収集してくると申し出たその声は酷く冷め切っていて、気圧された周囲の幹部共は黙って頷いた。
そうしてこの日を皮切りにジャン奪還作戦が執行したのであった。



冷え込んだ日だった。
この間新調した高級なマフラーに顔を埋めて白い息をジャンは吐き出す。
カポの位を任されて早1年を経とうとしていた。この1年間は酷く長いもので酷く短いものだった。
初めてなことだらけで、重役だからといって出席しなければならない会合も増えたし、腰を低く頭を高く見栄を張ってご機嫌取りをして―――オヤジはこんなに大変なことを熟していたのかと改めてではあるが重役の多忙さに苦笑いをする日が続いた。
今日も会合に出席した。飯は美味いがそれをCR:5の幹部らの前でするような荒らし食う真似は出来ないので正直疲れる。
それに、話しかけてくる香水臭い中年のおっさんらの相手もしなければならないのだし、生まれ変わったら一生下っ端構成員で生きていきたいと何度も思った。
会合もお開きになって、おっさんらの臭い香水に頭がヤられてフラフラしていたもので、ジャンは外の空気で頭を冷まそうと―――いつもは迎えの車は中で待っているのだが―――外で待っていた。
やれやれ、ギャングのトップもザラじゃねぇなと、馬鹿でかいシャンデリアを窓越しに見ようと振り返ろうとした時、目の前を何かが俊敏に横ぎった。
最初は猫かと思ったのだが、ジャンは地面を見ていたわけでもなく、ただ普通に前を見据えていて、何かが横ぎるのを目にしたのだ。
え?――と思った時には何か強い力で腕を引っ張られ、そのまま上にふわりと浮きあがる感覚がした。
何が起こったのか分からないままジャンはただ遠くなる地面を見つめる。
そしてやっと自分は誰かに抱えられて屋根の上に移動したのだと確信した。
「は!?」
もがこうとしてもピクリとも自分の身体は動かない。そして唯一自由に動かせる首を動かして上を見上げると、そこには―――銀色でド派手に後ろへ撫でつけた髪、と、細められた鋭い鉛色の目が視界に飛び込んできた。
「ヒャァッッハァアアアアアアアアアッ!!」
「お、おま、ッ…!ば、ばく、しー…!?」
間違いない、あのけたたましい怪鳥のような甲高い笑い声と、意味不明な絶叫、尖った爪―――GDの幹部、クレイジー・バクシーだった。
瞬間、ジャンの頭の中で警報音がガンガン鳴り響く。
――逃げろ逃げろ、殺されるぞ。
(ッ、んでこいつがここに…!?いやそれよりもどうやってこんな高いところに―――、?!)
ジャンは自分の身体中に嫌な冷たい汗がワッと吹き出るのを感じ、いつの間にか先ほどに感じていた香水臭さ故の頭痛も消え去っていた。
「テメッ、離せオイ!!」
「きゃァァァわゆいブッシーちゃんがよォ?ンなとこで道草食ってるモンだから俺ァてっきり攫ってくださいって頼まれてンのかと思ったぜェ…なァ?!あ!?」
「ンなわけ…!いいから離せ!!クソッ…迎えはまだかよ…!」
「迎えェ?ンなの来るわきゃねェだろ、ブッシーちゃんは頭弱いんケ?ケ?…天才な俺様がヘマァしねェように手ェ打たねェわきゃねェェだろォォッッが!!」
爆発音のような馬鹿でかいバクシーの笑い声が遠く聞こえた。
(なんだって、じゃあ迎えに来る奴らは全員イッちまったんか…!?)
ジャンはこの高度で飛び降りたら全身骨折してしまう、最悪の場合には内臓ぶち撒けてバラバラになる。
万事休すか、とジャンは自分に迫りくる死期を感じ取った。
「なァ、なァなァナァ!?ブッシーちゃんよォ、デートしねェかデェェトォ?」
「で、デート?な、…何でだよ…」
「このオレサマがわッざわざテメェのためにここに来てやったんだよ。ボゥイフレンドはコレ迎えに行くってェのは当たり前だろォ?」
バクシーは小指をピンと立てた。
ジャンは誰がお前の彼女だって?と―――頭の端でもう少し爪切れよと思いながら―――訝しんでバクシーを睨み上げる。
ニヤニヤしているバクシーはジャンを抱え直すと、急に真顔になって下をのぞき込んだ。
何だろうとジャンも思って下を見ると、下から警官らしき人間がライトをジャンとバクシーに向けてくる。
「そこで何をしている!?」
バクシーはただその警官を見、静かに目を細めた。
ジャンにはその仕草が何よりも恐ろしく感じ、自分がこれから死ぬような気分に陥る。
「…サツにゃ手ェ出すなッてオヤジがなァ……」
ぼそり、とバクシーが零した声をジャンは聞いて、いつもなら冷静に意味を理解できる訛った英語もどういう意味だと頭の中で反芻していると、ぐいっと横に身体を向けられたような感覚が急に襲ってきて素っ頓狂な声を上げる。
「振り落とされンなよ?オジョーサマ」
ニヤリと笑うバクシーを見て、ここは取り敢えずバクシーの言う通りにして、脱出はその後考えようと思ったジャンは、横抱きに抱え直された体勢のままバクシーの首に腕を回した。
「ふ、振り落すなよ…、ぉわァッ!」
ジャンの体重なぞまるで無いようにバクシーは、人間はこんなに速く走れるのかと驚くほどのスピードで屋根の上を疾走する。
幸運の神様はついに俺を見捨てたのか、とジャンは泣きそうになりながらもバクシーに振り落されないように、けたたましい甲高い悲鳴のような絶叫を聞きながらしがみ付いた。

Continue.....

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ