▼LD1 短編

□偽りの貴方と A
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てっきりそのままGD本部に連れ込まれて拘束されて拷問されて―――という最悪な予測をしていたのだが、連れ込まれたのはバクシーの自室で、拘束具さえも填められないままである。
そのことをバクシーに聞くと「して欲しいんケ?」とけちょんと言い返してくるもので、ジャンはやはりキチガイの考えることは全く分からないと溜息をついた。
バクシーの部屋は案外片付いていた――曰く、バクシーはちょっとした潔癖症で小まめに掃除をしているらしい。
あのクレイジー・バクシーが…あのショットガン・バクシーが…あのキチガイが…掃除――と考えると、そうかバクシーも人間だったわとジャンは合点する。
「猫ちゃんがよ…汚ェ部屋は嫌なんだと」
バクシーは根っからの猫好きで、GDの連中に「Cat Crazy Mad」―――猫狂いのキチガイ―――と呼ばれているらしい。
その話はCR:5内部でも有名な話であのクレイジー野郎がと何度もCR:5の幹部共と笑った記憶がある。
猫が嫌うから部屋を片す―――自分以外の存在のために動く精神がこのバクシーにもあるのだと意識すれば、バクシーも根っから腐りきった下衆ではないのだとジャンは安堵した。
「意外だな、オメェがそんなに猫好きだって思わなかったぜ」
ジャンがそう言うと、バクシーはいつものニヤケ面は他所に静かにジャンを見た。
何か気に障りでもしたかとジャンはギクッとすると、バクシーは、そーだな、と言ったきり黙り込んだ。
(…こいつ、家ン中じゃこんなに静かなんかよ…)
そう思うのと同時にバクシーはソファに座り、ジャンを手招きする。ジャンは素直にバクシーの隣に座った。
座ってジャンは嫌な汗が噴き出す。
(隣に座ってる奴はあのクレイジー野郎だぞ…何俺はこいつの隣なんかに座ってんだよ…!頭狂っちまったんか…!?)
ジャンはバクシーをちらりと見ると、バクシーはいつからそうしているのか、ジャンを見つめる細められた鋭い目と合った。
目が合うとぎょっとしたジャンは慌てて視線をそらす。
「ンまー…ハナはンなモンかねェ…」
「…は?」
「猫だってよゥ、拾ってきた時ァ滅茶苦茶大人しいモンだしよォ」
「…な、何の話…」
「…ンまァ…欲しいモンありゃ言え。まずは餌付けからだな」
「え、餌付け…?何の話…つかお前、あのテンションどこやったんだよ。気味悪ィ…」
じっとジャンを見つめる視線は未だに健在で、ジャンはその視線にドギマギする。
(何たってこいつはこんなに見つめてくるんだ気持ち悪ィ…殺す手段でも考えてんのか…!?)
「色々あンだろ…テメェも、俺も」
意味深な言い回しをするバクシーにその意味を問おうとした瞬間、バクシーは勢いよく立ち上がり背伸びをした。相変わらず電柱のような細長い身体である。
「ッッシャァアアアアアアア!!オラァ!!オヤジんトコに顔出しすっかよォ!!」
急にテンションが上がった―――やはりクレイジー・バクシーだ。何を考えているのか想像もつかない。
それでもジャンは先ほどのバクシーの言い回しが気掛かりで仕方なかった。



バクシーが部屋から一歩も出るなと言い残してこの部屋を後にしてから半日。
わらわらと何処からか入ってきた猫たちに囲まれたジャンは重いため息をついた。
(バクシーがGDのボスんトコ行ったっつーことは俺ァもう殺られてCR:5も幕閉じっつーわけか…短い人生だったなぁ…)
ニャーニャーと呑気に鳴く猫を撫でてソファに横になる。
ジャンの腹周りに猫が団子を作って眠りだしてきた頃に「I'm hooooooooooooooooooooooooom!!」という耳を劈くような声が部屋に響いた。
その声を聞いた猫たちはわらわらと声の主―――バクシーのもとに寄っていく。
「オッッ!来たかお前らfucking shit!!Very cuteeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!」
猫の大群の中から一匹――三毛猫―――を抱き上げて、その猫の顎の下に鼻を埋めるバクシーに苦笑いをするジャン。
これがあのクレイジー野郎とは思えない、と少し安堵しつつあった気持ちに、バクシーが自分を殺しに来たのかもしれないという冷たい恐怖が入り込む。
ジャンは後退りして、腹を括ったようにバクシーを見ていると、バクシーがニヤケ面でジャンに近づいてきた。
「こっちのブッシーちゃんはお利口にしてたんケ?」
「まぁ、物色はまだしてね―――…」
ぽふ、とバクシーの馬鹿でかい手がジャンの頭の上に乗る。そのままわしわしとかき回された。
「テメェに土産があんだよ」
離れていったバクシーの手に戸惑いながら「!?…?……!?」と言ったような反応をしているジャンの目の前に馬鹿でかい段ボール箱がドンと現れた。
「これは…?」
「開けてみろ」
まさか拷問器具だったりして、などと不幸な予測をしながら封を切ると、そこには貴重なテレビがあった。それに、サイズもCR:5本部にあるものよりも何倍もでかい。
「こ、これ…」
「どうせ部屋ン中いても暇だろォ?やッッさすィオレサマが気ィきかせて買ってきてやったんだよ」
「お、俺の…ために…?」
「テメェ以外に誰がいンだよ、だァれが」
ジャンは茫然とした。あのクレイジー・バクシーが自分のために貴重なテレビを買ってきてくれた?
夢でも見ているんじゃないかと目の前に立つバクシーを見上げると、得意げなバクシーの顔が視界に飛び込んできた。
「どういう風の吹き回しだか…」
ジャンは、これまでの不幸な思考が消えて行って、身体の力が抜けていくのを感じた。
バクシーがテレビを設置しているのを横目にジャンはこれまでに一度も抱かなかった感情を抱く。
「…なァ、バクシー」
「ンだよ」
「…何で俺攫ったのよ。GDのボスの命令なんじゃねぇの?お前、幹部だろうけどよ…こんな勝手な真似していいのかよ。しかもここお前の自室だしよ…こう、拷問にかけるとか、CR:5に脅しかけるとかよ…しねぇのか…?」
バクシーは「何言ってんだお前」と言わんばかりの顔をジャンに向けてくる。
「ハ?お前もしかしてソレして欲しいんケ?この前と言い、ブッシーちゃんは実ァドマゾちゃんかよ?」
「ち、ちげぇよ」
「テメェ攫ったのァオヤジの命令じゃねェ。誰がオヤジの命令だッつッた、あ?」
「…は?…ま、待て待て、これってもしかしてお前の勝手な行動か!?」
「勝手…ッつか、オヤジがよゥ、この前俺がシカゴのギャング本部一人でぶッ潰したから好きなことヤッていいッつーモンで。だからコレ」
「お、俺はカポだぜ!?」
「だから何だッてんだ。ブッシーちゃんはミーミーミーミーうッせェなァ…ッたく」
「CR:5がGDに襲撃してくるかもしれねェのに!?」
「俺が潰しゃァいいナシだろォが」
ジャンはソファに深く座り込んだ―――呆れた、こいつはやっぱりクレイジー・バクシーだった。
ジャンが攫われてから早くも一週間。CR:5の連中はすでにジャンを攫った奴がGDの構成員で、バクシーであるということは承知済みだろう。
(抗争になるかもしれねェな…)
あのCR:5が、この完全アウェーな場で抗争―――GDの戦闘力はアメリカ系ギャングの中で随一と言われているから、CR:5でもGD相手であれば手古摺るに違いない。最悪、敗北してしまう。
ジュリオも、ベルナルドも、ルキーノも、イヴァンも、皆このバクシーを相手に銃を撃ち合うのだ。
しかしGDがバクシーのこの独行に助力するとは考えられない。つまり仮にCR:5が乗り込んで来たらバクシー一人でやり合うというわけである。
あのCR:5の主力部位である4人対バクシー1人であると、さすがのバクシーも手古摺るだろう。いや、おそらく勝算はない。
(こいつ、そうなると分かっててこんなことやってんのか…?)
「バクシー…お前、馬鹿じゃねェのか…?!あいつら相手に…本気かよ…!?」
バクシーは設置し終わったテレビに手を置いて立ち上がり、ジャンを静かに見据える。
「俺が殺られるッて言いてェのか?」
腹にくる重く低い、鉛のような声だった。それが十分に殺意がこもっているのは明白だった。
ジャンは息を飲む。
伸びたバクシーの腕、それが常に銃を持っているとは思わせない女のようなしなやかな手、鋭く尖った爪がジャンの頬を掠める。ジャンは殺される、と情けなく目を瞑った。
しかしバクシーのその手は柔らかみを持って、壊れ物を扱うような―――バクシーには想像もしえないような―――優しい仕草でジャンの頬を撫でた。
「テメェじゃなかったら、ンなコトしねェよ。こうでもしねェとテメェは俺ン手の中に来ねェだろうが」
「…は?」
「俺ァテメェが欲しかった―――ジャンカルロ」
熱を持ったバクシーの声にぞくりとジャンの背中が粟立つ。
(俺が?欲しかった?あのクレイジー・バクシーが?欲しかった、だと?)
冗談かと思ったが、バクシーの目は本気で、ジャンはからかい笑い飛ばそうとしていたがそれを飲み込んだ。
(―――…マジ、かよ)
バクシーの手がジャンの頬から離れる。バクシーの手を追うように、
「バク、」
シー、と続ける前に、爆発音が鳴り響いた。
酷い振動にも関わらずバクシーは自室の窓に駆け寄って窓を開け放った。そして、笑んだ。
「来やがったか」
蛇のような馬鹿でかい口の端を吊り上げると、甲高く笑い出すバクシーを押しのけてジャンも窓から外を見る。
外には少し離れたところで黒煙が上がっていた。
腰のホルスターに馬鹿でかいショットガンを二丁、片手に馬鹿でかいナイフを握ったバクシー。
これからバクシーはあの黒煙に向かうのだろう―――おそらくCR:5の仕業に違いない。
これでバクシーが殺されればジャンは晴れて自由の身だ。しかしそれに幸福を感じない、むしろ不安で胸がいっぱいだった。
バクシーが殺される―――そのキーワードに酷く嫌気がさす。
「なァ、ブッシーちゃんよォ…」
バクシーの口が嫌な形に歪んだ。

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