▼LD1 短編

□うるせえやつら
1ページ/1ページ



「クールなバクシーに乾杯!」
ガチャンというグラスとグラスが当たって弾ける音と、ジャンの一声がバーの時化た空気を震わせる。
辺りの客の視線はバクシーとジャンの2人が独占していて、その2人も視線を気にすることなくゲラゲラと下品な笑いを上げた。
「シット!ンなクソみてェな世辞いらねーんだよォ、ラッキードッグ!きゃわゆいそのお口で俺様にチューしてくれりゃァ良いのによゥ」
「バッカバクシー!ここは公共の場でちゅよ〜そんなことしちゃダメだってマンマに習いませんでしたの?」
「俺にマンマなんていねーよクソァ!」
バクシーの馬鹿でかい手が机を叩きまくるせいで派手な音が止まない。更にバクシーの耳を劈くような笑い声が止まないせいで辺りの客は迷惑極まりない表情をしていた。
「アアンいつのまにバクシーちゃんはこんな悪い子に…ってマジでキスしようとしてんじゃねぇっつの!バカ!」
「いいじゃねぇかヨゥ。減るもんじゃねェんだし」
そういう問題じゃ、とジャンが反論しようとしたところで、腹にでっぷりと脂肪を蓄えた中年の男と、その後ろに如何にもといった感じの男二人がバクシーとジャンの座る机に近寄って来た。
それでも男らの存在に気を向けないバクシーとジャンに腹を立てたのか、中年の男は机を強く拳で殴った。辺りが静まり、そこでやっとバクシーとジャンは男らを見た。
「うるせェんだよお前ら。どこの猿だ、あ?」
潰れた中年の男の声に片眉を上げるジャン。しかしバクシーはというと構いもせずに手に持った馬鹿でかい瓶ビールを呷り飲み続ける。それを見た中年の男の後ろにいる一人の男がバクシーにナイフを差し向けた。辺りがどよめく。
「何処のゴミだか知らねェけどよ…ここは俺らが仕切るシマだぜ。ヘタな真似すっと、ナイフが赤にバケるぞ」
どうやら脅しではなく、本気でバクシーをナイフの獲物にしているらしい。ジャンはそれを黙って見ていた。
バクシーはニタリと笑って、ナイフの刃に噛みつき、そのまま噛み砕いた。
「ンな…ッ!?」
「ヒャハハハハァッハァアアアア!!」
キィンッと耳が劈く。ジャンも思わず耳に指を突っ込んだ。バクシーは粉々になった刃を床に吐き捨てると、口の中を切ったのか、血に染まった長い舌をベロリと出し舌なめずりをした。
「うるせェのはお前らだろォ?せっかくスウィートな時間をハニィと過ごしてたのにヨォ?ヒャハハハハァッ!」
バクシーはジャンの腰に手を回すと引き寄せた。鉤爪のような鋭い爪がジャンの露出した腹に刺さり、ジャンが痛ェと顔を顰める。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねェ!」
今度は中年の男が銃を取り出し、バクシーの額に銃口を当てる。続けてナイフの刃を折られた男が銃を取り出し、ジャンの額に銃口を当てた。もう一人の男はじろじろと見てくる周囲の人間に「見てんじゃねェぞ!」と怒声を張った。
「で?万事休すなワケだが…何か言い残すことはないか?」
中年の男が不敵に笑む。しかしバクシーはこのような状況下でいまだにニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。それにカッとなった中年の男はトリガーを引こうとした時―――。
「ヒャァッハハハハハァアアアッ!!」
バクシーのあの笑い声がけたたましく響いた。このバクシーの反応には呆気にとられたらしく、中年の男と後ろにいる男二人が後退りする。
「な、なに笑ってやがる!」
「ハッハハハハァッ!…ハァ、ヴァージンラヴシット。テメェら頭大丈夫ケ?今俺らはスウィートな時間過ごしてるって言ってンダロ。どっか行けよ…ウッセェ」
「この…ッ!」
ジャンは頭を抱えた。あ、こいつら死ぬわ、と。バクシーの言う通りにしておけばよかったのに、と。そうすれば死ぬ羽目にならなかったのに、と。
バクシーは一瞬無表情になり――馬鹿でかいショットガンを取り出す。そして中年の男の後ろにいた男二人に狙いを定め、撃った。
バーの床が血の海と化し、周囲から悲鳴が上がる。
「ウッセェって言ってんだろ?テメェらの耳は耳クソでも詰まってんのケ?」
「クソッ…!」
中年の男が震える手で狙いを定め、見かねたジャンは、
「あーあ、ゴホン。諸君ら落ち着きたまえ」
仰々しい手草で両手をひらひらさせる。
中年の男はジャンをチラと見るが、バクシーは中年の男を見たまま舌なめずりをする。目を細めるバクシーを見たジャンは――バクシーが目を細めるときは殺すことしか考えてないことを知っているので――バクシーの腕を力いっぱいにつかんだ。
「おいバクシー!聞いてんのか!」
「んぉわッ!」
「人の話聞け馬鹿!阿呆!」
「いきなりデッケェ声出すんじゃねェ!びっくりすンだろうが!」
「お前が馬鹿な真似すっからだろ!どうすんだよあの死体の始末は!」
「知らねェよその辺の奴がやンだろ!こいつが持って帰ンじゃねェのか?」
「馬鹿!馬鹿!そういうところが馬鹿!」
ポカンとしていた中年の男がハッと我に返り、トリガーに指をかけた。ジャンはそれを見、素早く中年の男の銃を奪い取る。中年の男は素っ頓狂な声を上げた。
バクシーは玩具を取り上げられた子供のように地団太をする。そしてジャンの肩を掴んでジャンに口づけた。
これにはジャンも中年の男も周囲の人間も驚く。それに構わず唇を貪ってくるバクシーの腕をジャンはつかみ、力尽くでバクシーを引っぺがした。
「ぷはァッ!何すんだよキチガイ…!」
「だってヨゥ、だってヨゥ…」
「だってもクソも…ッてああお前何すん、…ッ、やめろ馬鹿…!」
ジャンの制止の声に構わずバクシーの手はジャンの腰を弄る。そしてジャンのズボンの隙間に指を差し込み、ズボンを少しずらしたところに―――GDの二文字が現れた。
「GD…!?」
中年の男をはじめ、周囲がざわめく。ジャンはこのざわめきが自身の腰のタトゥーということに気が付き、腹いせにバクシーの首筋を撫で注目をそちらにそらすように促した。すると期待通り周囲はバクシーの首筋のGDの文字をとらえたらしく、余計ざわめいた。
「GDの奴らだったのかあいつら…!」
「ヤベェぞ、あのオッサン殺される…!」
中年の男は床にへたり込んだ。そして間抜けな声を出しながら後ずさっている。
「ジャン、ジャァン…いいじゃねェか、一回くらいキス、よゥ…」
「だめだ、っつってんだろ」
周囲の人間にバクシーとジャンがGDだということを知られてしまっては、恐らく落ち着いて酒を頂くことは不可能だろう。そう思ったジャンはこの店を後にすることを決め――バクシーの唇に人差し指を当てた。
「ここじゃなくて、続きはスウィートルームでな?」
ジャンがウィンクをしてやれば、バクシーはニヤリとし、もう一度ジャンの腰にあるGDの文字を指で撫ぜた。
「…しゃーねェなァ、ビッチちゃんはよゥ」
ジャンは知っている。この男の鉤爪のような細長い指がどうやって快楽へ誘うか。この男の血で染まった舌がどうやって心地いい感覚を残していくか。それに酔いしれたくなったのだ。
バクシーはジャンの腰を抱いたまま立ち上がる。ジャンは誘うように腰をバクシーに擦り付けると、無意識なのかネと変に真面目で獲物を狙う獣のような目を向けられた。
店を出て、ジャンはふと思いふける。

―――カネ払うの忘れてた。




Fin.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ