▼LD1 短編

□明日と明日
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ギィ、と椅子が軋む音がした。俺はバクシーの胸に背中を預ける形で、椅子に腰掛けているバクシーの膝の上に座っている。
俺がバクシーに凭れて俺の髪がバクシーの首筋に当たったのか、バクシーは擽ってぇなと俺の頭をポンポン叩いた。バクシーの大きな掌が俺の頭を叩くのと、バクシーの薬指に嵌められた硬い指輪の感触が頭に残る。俺はそれを頭の中で反芻し、頬が緩むのが自分でも分かった。
俺とバクシーが非公認で結婚したのはつい1ヶ月前の話だ。2年前GDとCR:5が合併して、元々交友はあったのだが、俺とバクシーは前よりもよく接し合っていた。
バクシーは巷の噂よりも律儀で誠実で、ああこいつ本当に俺を愛してくれてるんだって分かるくらい俺に一途な男である。確かに乱闘中のバクシーは頭のネジが飛んでるし、やる事も無茶苦茶で、出来ればその時は関わりたくない気持ちの方が強いのだが、打って変わって普段のバクシーは大人しい方だ。本当にこれがバクシーかよって何回も疑った。
俺はバクシーの大きな掌を取って、奴の長い指に俺の五指を絡め、指輪を見つめる。その瞬間、本当に俺はこいつのもっと近い存在になれたんだって幸せがこみ上げてくる。バクシーの鼻で笑う声が頭上から降ってきた。
「まぁたそれケ」
「べ、別に良いじゃねぇかよ」
「もしかして俺様のかっこい〜告白、思い出してオンナの気持ちになってんのケ?」
そう、こいつの告白は、こいつに似つかわしくないくらいストレートで胸が締め付けられるくらいのものだった。



GDとCR:5が合併したその日。カポだった俺はその座を辞して、ボスをバクシーに預けた。俺はそれで満足だったのだが、CR:5の幹部達はやれバクシーだと破滅するだの、やれジャンじゃないと俺は付いて行かないだの大騒ぎだった。馬鹿らしい、バクシーの事を何も知らないからそういった無責任な事が言えるんだと俺は呆れてため息をつく。バクシーがどれだけ博識で、字も綺麗だし、ベルナルドと同じくらいかそれ以上くらい頭の回転が良いというのに。
むしろ俺がやったら壊滅するっての!と思いながら落ち着かない幹部達に嫌気をさして、外の空気を吸いに行った時。バクシーは現れて俺を後ろから抱きしめて、ゾクゾクするような声で「今夜暇か」と尋ねられた。暇じゃなくてもお前からの誘いだったら絶対断らないし…とモヤモヤしながら頷く。
久しぶりの奴とのデートだった。合併するという話が上がって俺とバクシーはしこたま忙しかったし、会う事は叶わず出来た事と言えば仕事関連の電話だった。
バクシーの体温を近くに感じられたのは5ヶ月振りくらいで、奴の声を耳に吹きかけられただけで身体が火照る。それを察したのかバクシーは意地悪そうに、「我慢出来ないんケ?お若いワネェ」と馬鹿にしてきた。そういうお前だって、ちょっと声上擦ってたぞ。
それから粗方仕事を終えて元CR:5の本部を出るとロータリーに高級の黒塗りの車が停まっていて、敵襲かと俺は身構えたが運転手が後部座席の扉を開いた時に見えたバクシーのニヤけ面を見てほっとした。こういうのは心臓に悪いから止めろよと悪態を吐きながら車に乗り込むと早速と言わんばかりにバクシーの手がにゅっと出てきて俺の肩を掴んで奴の方に引き寄せられる。悪い悪いと言いながら子供をあやすようにポンポンと頭を叩かれると、絶対こいつ悪いって思ってねぇ!とむかっ腹が立ったがバクシーの匂いに落ち着いたのは事実なわけで。俺は溜息を吐いて疲れたと零すと、こっちの方は持つのケ?と拳を作った人差し指と中指の間から親指を出してひらひらさせるバクシーにデコピンを食らわした。
連れられた先はこれまた高層ホテルでバクシーがロビーに入っただけでバトラーが俺らを最上階まで案内した。いくら掛かってんだこれ…と若干ドギマギしていた俺の手を引いてくれたのはバクシーで、仕草が優しかった。まるで高級マンションの一室かと思うくらいただっ広いリビングの窓から一望するデイバンの街並みはチラホラと灯りが灯っている。
地面を這うようにして必死こいて生きていた時代はこんな風に上からデイバンを見下ろすなんて想像もし得なかったが、まさかこんな事になるとは。感慨深いな、と夜景に見入っているとバクシーが後ろから俺を抱きしめる。
こんなにバクシーが色々と準備してくれたのに感傷に浸ってちゃ、下手なコメディよりつまらない。俺は身体をバクシーの方に向かせてぎゅっと抱き着いた。薄くひょろ長い奴の身体はあの時と全く変わっていなくて俺はほっとした反面、もう少し食えよと思う。
ゆっくり俺の唇に重なっていくバクシーの唇が震えていたのは、今の時点の俺には何故だか分からなかった。大方、久しぶりのキスで興奮してるのかななんて大逸れた事を考えていたのに、まさか奴の口からあんな言葉が出るなんて。
バクシーはゆっくり唇を離して、俺の目を真っ直ぐ見る。改めてこうして見るとバクシーは顔が整っていて、昔恐ろしく感じていた三白眼も優しさが彩っている。しかしバクシーの目は真剣そのもので、俺は少し不審に思った。
どうした、と口を切ろうとした時、バクシーが俺の掌に小さい箱を置いた。これは何だと問うようにバクシーを見上げれば黙って見つめたままでいるものだから、俺は箱を思い切って開いた。
そしてその箱の中には、指輪が入っていた。
一瞬何が起きたのか分からなくて指輪を見つめ、バクシーを見つめ、という行為を繰り返しているとバクシーは吹き出してケラケラ笑い出す。
「アホな面してんじゃねぇよ。見て分かんねえのケ?」
見て分からないって、突然これを渡されてもーー…と思ったところで、俺の頭の中で"結婚指輪"という単語が浮かび上がった。その瞬間困惑して、俺の顔に熱が集中する。
「…ぇ、あ…、…こ、これ…?」
ニヤリと笑ったバクシーは箱の中から指輪を取り出して俺の左手の薬指に指輪を嵌める。そしてバクシーは自身の左手を俺に見せつけた。奴の薬指には俺とお揃いの指輪があった。
それを確認して、何が何か訳が分からなくなって俺の視界は涙で滲んでどうしようもなくなった。バクシーの胸の中に飛び込んで、わんわん泣いた。鼻水やら何やらでぐちゃぐちゃでムードもクソもない。心の中でバクシーに謝りながら声が枯れるまで泣いた。
「なぁジャン。よく聞けよ?一回しか言わねえぞ」
俺はこくこくと頷いた。こんな状況下で何を聞いてもどういう意味か分からない癖に必死に頷いた。
「俺はよ、お前みてぇな馬鹿でアホな奴に会ったのは初めてでなぁ…まぁこの眩しい髪やら目やらが憎らしいこともちょいちょいあった訳でな。…まー、何だ、その…愛してる、からよ」
バクシーは俺の頬を両手で包んで俺に上を向かせた。そして奴も泣きそうな面で、震える声で言う。
「結婚、しようぜ」



「あんなヘロヘロなバクシー見たの初めてで俺凄えビックリしたんだぜ?」
バクシーはボリボリと頭を掻きながら照れ臭そうに舌打ちをする。
「ンま、あんなに真剣になんのはあれで最初で最後だな」
バクシーの語尾が尻窄んでいく。俺はおかしくてケラケラと笑うと、身体を捻ってバクシーにキスをした。俺だってお前の為にしか泣く気になれないし、こんな気持ち抱くのなんてお前だけで十分だっつの。
不器用ながらバクシーが休日にイタ飯作ったり、一緒に買い物行ったり、たまには海を見に行こうって言って最高のバカンスに連れて行ってくれて惚れない俺はいないの!結婚した女ってきっとこんな気持ちなんだろうなと擽ったい気持ちになるのもバクシーが与えてくれた幸せだけで十分。俺はもう何も要らないわ。ぎゅっとバクシーに抱き着いて、もう一度キスを落とす。
「そんな可愛いジャンに褒美をやろうじゃねぇか」
「褒美?何だそれ」
「明日、お前に休暇やるよ」
ワオ!休暇なんて久しぶりですわよダーリン!ここの所忙しくて休暇どころか睡眠時間すらもあまり無かった俺には朗報だった。ああ、でも…。
「お前は?バクシー」
「俺様が休んだらココは終わりだっつの。休めるか、タコ」
Octopus?何だそれ…聞いたことがない。恐らく罵り語なんだろうが。何か訳が分からないが俺は頬を膨らました。明日バクシーが休めないということは分かった!
「それじゃあ俺の休暇の意味がねぇよ!」
「はァん?」
「俺は趣味も何もねぇし、俺にはバクシーと過ごす事しか楽しみがねぇっつのにお前がいない休暇なんて拷問だっつの!1人で何しろってんだよ…昼寝もお前がいないと嫌だし、買い物もお前がいないと嫌だし、料理もお前がいないと嫌だし!それだったら一日中働いてた方がまだマシだ!」
俺の主張に呆気に取られたらしいバクシーは目を瞬かせると、視線を逸らし頬をポリポリ掻いた。
「あー…ナルホド。つまりお前は俺がいないと何も出来ないのーはぁと、な奴な訳ね」
「そ、そういう事だ!つかンな恥ずかしい訳すんな馬鹿!」
バクシーはケラケラ笑うと、頬杖をついて穏やかな笑みを湛える。
「本ッ当にお前は俺様にゾッコンだな」
うっ…その笑みはダメだ、胸がキュンキュンする。こいつはたまにそういう笑みを見せてくる。本当に幸せ、みたいな表情…俺はそれを見るために一生懸命俺なりにバクシーに尽くしてきた。ただ時々よく分からない場面でそういう表情をするから不意打ちは止めて欲しい。心臓が持たない!
つかお前がいなかったら何も出来ないのが悪いとでも言うのかよ。そういうバクシーはどうなんだ。俺がいなくて寂しくない、お前がいなくても俺は生きていけるとか言う訳じゃねぇ、よな。
突然不安になって俯くとバクシーの手が俺の頬に伸びてきて優しく撫でてくる。
「なぁに泣いてんだお前は」
「な、泣いてねぇ!」
バクシーは俺の顎に指を添えて喉仏まで指で撫で下ろし、また喉仏から顎まで撫で上げる行為を幾度か繰り返してから呟いた。
「明日お前を連れて、デートにでも連れ込もうかと思ったんだけどなぁ?不満かぁ、ジャンカルロォ?」
「は、…デート…?でもお前、明日は休めないんじゃ…」
「明日はビッグアップルに物件の視察に行くんだよ。お前が出勤してると何かしら仕事が転がり込んで来んだろうが…それじゃ困るから休暇やって、お前が俺に付き添えば一日中ビッグアップルデートが出来んだろ?ロ?アンダスタン?」
俺は一気に肩の力が抜けた。そういう事なら先にそれを言えっての馬鹿!という憤慨を込めてバクシーの頬を両手でパァン!と挟む。
明日はビッグアップルデートだって?そんな規格外なデートがあるかよ普通!俺はお礼がてらバクシーにバードキスをする。チュッと小気味の良いリップ音がした。
するとバクシーが足りないと言わんばかりに俺の肩を掴んで、バクシーの方に向かせた時タイミング良くジュリオが部屋に入ってきて雰囲気が不味くなる。このクソな雰囲気でも今は笑えるくらい俺は最高にハイだ。

Domani dirà, sarà un buon giorno!
(明日は良い日になりそうじゃん!)

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