妄想列車3号
□ヒロさんの大いなる災難
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診察カードを取りに戻った俺は、他に忘れ物がないか確認して靴を履いた。
玄関を閉め、誰もいないエレベーター前に立っていると、野分から電話がかかってきた。
「もしもし、今降りていくところだ」
『はい、わかりました。下で待ってます』
さあ、もうエレベーターが到着しドアが開くなと思っていると、俺の右腕が何かに掴まれた。
「痛っ!」
左目で確認しよにも死角に入って見ることもできない。人の手には間違いないが、誰なのか、男なのか女なのか・・・。
すると掴まれた腕は捻られて背中に回され、こいつの左手が俺の首に巻き付いてきた。
「うっ」
空いている手でこいつの左腕を掴み剥がそうとするが、思うように力が入らない。
「だ・れ・だ?」
「あなたのファンです。一緒に来てください」
マスクでもしているのか、籠った声で話してきた。男の声・・・。
「っは、な、せ」
俺の首を絞めつつ、エレベーターから遠ざかろうとするこいつに抵抗してみるが、抵抗すればするほど俺の首は絞められていく。
呼吸が苦しくなり意識が遠のいていく中、エレベーターの到着を知らせる音が聞こえた。
引きずらて非常階段の方へ連れて行かれているようだ。
苦しい・・・もう・・・・・のわき・・・
俺の左手は力が入らず、こいつの腕から落ちた。
「ヒロさん!!!」
野分side
「ヒロさん」
『もしもし、今降りていくところだ』
「はい、わかりました。下で待ってます」
とは言ったものの、急いでいて転んだりしてなきゃいいんだけどと考えながらもう既に勝手に体がエレベーターに乗り込んでいた。
何となく、本当に何となく嫌な予感がして
「ヒロさん無事ですよね」
目的の階に到着して、ポンと言う音と共にドアが開く。
そこに居るはずのヒロさんがいない。
「あれ?ヒロさん。!」
ふと目に入ってきた光景に心臓が止まるかと思う程驚いた。
ぐったりしているヒロさんが何者かに引きずられて、角を曲がるのが見えた。
「ヒロさん!!!」叫ぶと同時に走った。
非常階段の扉の前まで来て
「その人を離せ」
「来るな!殺すぞ!」と男が言った時には俺の拳が男の顔面中央にヒットして、そのまま後ろの扉に激突した。
勿論ヒロさんを抱き止めながら。
落ち着いて考えれば、ちょっと手元が狂っていたらヒロさんを殴っていたかもしれなかったし、ヒロさん諸共扉に激突していたかもしれなかったと冷や汗が出た。
だけど、あと少し遅かったらヒロさんは・・・
俺の腕の中でヒロさんはゴホゴホと咳をして、ゆっくりと目を開けた。
「ヒロさん、ヒロさん、大丈夫ですか?」
「・・・の、わき」
「ヒロさん!」
すぐにでも病院へ連れて行きたいけど、警察が来るまでは動けないな。
「のわ・・・ここ」
「マンションの中です。大丈夫ですか」
「・・・ああ、ちょっとふらつくが・・・・・ゴホッ」
「警察が来たらすぐ病院へ行きましょうね」
弘樹side
いつの間にか野分の腕の中にいた俺は、何がどうなったのか分からず、腕の痛さと苦しさで頭が回らないままだった。
ギュウギュウ抱きしめてくる野分の温もりの中で少しずつ頭の中が晴ていく。
ああ、俺は襲われたのかと思い出すまで時間がかかったが、体そのものは割となんともなかった。
そして起き上がれるようになった時には、俺たちの周りには警官やら、救急隊やらがうろうろしていた。
「上條さん、少しお話できますか」
警官の一人が話しかけてきた。
「はい」
「ああ、そのままで。座ったままでいいですよ。あの男に見覚えありますか」
警官が指を指した方向を見ると、血だらけの男が倒れていた。
正直、顔なんて誰だかわからない。
「・・・・・あ、あ、あの状態では・・・誰だか分からないですが」
「そうですよね。では、襲われる理由とかは」
「ないです」
「では草間さんはあの男に見覚えありますか」
「ありません。今日初めてです」
「そうですか。で、あの男が何故ああなったのか教えてくれますか」
「はい。ヒロさんが・・・上條さんが男に連れ去られようとした所を俺が見つけて殴りました」
「えっ!?野分、お前がか?」
「はい」
「上條さんの具合が悪くなければ警察で少しお話を聞かせて頂きたいのですが、どうでしょうか」
「俺は構いません」
「ダメです。今日はゆっくり休ませてください」
「野分、俺は大丈夫だ。さっさと話してさっさと帰ろう」
「でも」
「いいから」
と言う事で、今日の病院へ行く予定はキャンセルして、警察へ野分と共に行った。
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