妄想列車3号
□ヒロさんの大いなる災難
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「こめんなさいヒロさん。ヒロさんの傷は綺麗に治ってます」
「え?」
「凄く綺麗に治ってます」
「・・・・・」
「随分前に・・・・・治ってました」
何だって?
何を言っているんだ野分は。
「怒らないでくださいね。俺の我が儘でヒロさんの包帯を取らずにいて貰ってました。傷が完治した後もずっと。
理由は・・・
ヒロさんに頼って貰いたかったから、いつまでもヒロさんの包帯姿を見ていたかったから、俺がずっとヒロさんの世話をしていたかったからです。
津森先輩にも担当医にも、もう少しもう少しとお願いをしてました。
だけど、そろそろ包帯を外さないと周りの皆が変に思い出してきて、ヒロさんの包帯姿に好意を持つ人が増えてきていたし・・・・・もう遅いですが、今日みたいな事件にならないようにと思って包帯を外す事を決めてました。
だからごめんなさい。俺のせいでヒロさんを不自由にしたし、危ない目にも遭わせてしまいました。本当にごめんなさい」
俺の目の前で土下座をする野分。
その野分の姿を見ていて沸々と怒りが込み上げてきた。
「とうのむかしになおっていただと」
「はい」
「俺の包帯姿を見て馬鹿にしてたのか」
「違います!」
バッと顔を上げた野分は黒光りする瞳を俺に向けた。
「何が違うんだ」
「ヒロさんを独占したかったんです。上條弘樹は俺のモノだって、皆に自慢したかった。俺を信じて頼ってくれてるヒロさんを独占したかったんです」
「・・・・・・・・・・野分。今すぐここで包帯を外せ」
「は・・い」
俺はソファに座り、野分に包帯を外させる。
目を閉じるように言われ、段々瞼の向こうが明るくなっていく。
傷パッドもゆっくり剥がされて、野分のふぅーっと緊張が解ける息を吐く音がした。
何も動きがないまま数秒が経った。
「野分?」
「はい」
「どうかしたか?」
「はい」
「えっ!?」
「いえ、ヒロさん綺麗です」
「/////バカッ!何言ってんだてめぇー!」
「ゆっくりゆっくり目を開けてください」
「///お、おう」
言われたとおりにゆっくりと瞼を上げていく。
少しずつ右目にもいつもの景色が見え始める。
そして、野分の顔が両目できちんと見えた。
「ヒロさん、これで確認してください」
渡された手鏡で恐る恐る自分の顔を確認する。
そう言えば今まで包帯を外された時に鏡を見なかったな・・・。
「おお・・・」
「どうですか、元のヒロさんに戻ってますよね」
「ああ、全く何の痕跡もねぇーな」
「はい」
鏡を下ろし、野分を見つめる。
「ありがとうな」
「いえ・・・すみませんでした」
野分は、大きな体を小さくして、再び俺の前で土下座をした。
「野分。二度と俺を独占したいとか考えるな」
「はい」
「俺は俺。野分は野分だ」
「はい」
「俺は何があってもお前のモノだ」
不思議そうな顔をして、正座したまま俺を見上げる野分。
「草間野分の上條弘樹だ。今後二度と言わねーからな。よく聞いておけ。お前が嫌になるまで俺はお前の側にいる。俺がお前の前から居なくなった時はお前が俺を必要としなくなった時だ。だから、わざわざ独占したいとか思うな」
「♪ヒロさん! はい!! ヒロさん!!!」
「それと・・・今日の事件の事だが、アレ、本当にお前が犯人を殴ったのか?」
「はい。ヒロさんが連れ去られているのを見たら・・・・・気がついたら殴ってました」
「そ、そうか・・・助けてくれてあ、ありがとうな」
「いえ、こちらこそヒロさんを危ない目に遭わせてしまってすみませんでした」
「でも、犯人をあんなにさせてお前は処分されないのか?」
「わかりません。今日はヒロさんの介抱する為と、俺達の素性がはっきりしていて、逃げるとは考えられないと警察の方が判断したみたいです。自由にはさせて貰ってますが、もっと詳しく事情聴取はされると思います」
「そうか」
「とにかく警察からの連絡待ちですね」
「ん」
翌朝、大学に着くなり
「上條先生!包帯取れたんですね」
「あーー!よかったぁ。傷跡残ってないです♪」
「よかったあーーー♪」
とわらわらと学生達が集まって来て、俺の顔をじろじろ見ながら、良かった良かったと騒いでいた。
心配してくれた皆全員にお礼を言うのは無理だが、出来る限り一人一人に挨拶をしていった。
そして、宮城教授。
「教授、長い間ご迷惑をお掛けしました」
「おお!!完治したか。どれどれよく見せてみろ。 ほぅ・・・へぇ〜・・・なるほどぉ」
教授は右から左から上から下から、あらゆる方向から俺の顔を確認して、
「さすが草間くんだな。完璧だね」
「はぁ・・・教授には何から何までお世話になりました。ありがとうございました。急に包帯が取れる事になったので、又改めてお礼をさせて貰います」
「もういいってそんな事。充分に癒やされたから、気にすんな」
「えっ?癒やされたって何にですか?」
「まあまあ上條が気にする事じゃないんで・・・いゃ〜本当、完治おめでとうな」
「ありがとうございます」
「じゃあ、学長の所にも挨拶に行こうか」
「はい」
「それとお前に怪我をさせた子達にも報告だな」
「はい」
皆から完治のお祝いの言葉を貰い、一通りの挨拶を終了した。
さすがに昨日の事件の事は学生達にまでは知られてはいなかったが、野分と警察が・・・・・。
数日後、俺の講義が終わったと同時に慌てている宮城教授に呼び止められた。
「いいか、落ち着いて聞け」
「どうしたんですか、慌てているのは教授の方ですよ」
「草間くんが警察に連れて行かれた」
「事情聴取ですよね」
「そうなんだが・・・そうじゃなくて・・・とにかく上條にもどうしても来てほしいらしい。どうしてもだ。送って行くから支度しろ」
「わかりました。お願いします」
車の中で宮城教授に俺が襲われた事件の事を話した。大筋は教授の耳にも入っているものの野分が犯人を殴り倒した事は知らなかったらしい。
警察署に着くと、野分が何も喋らない事が問題になっていて・・・俺に色々尋ねられたが、俺は犯人の事も知らなければ、自分が何故襲われたのかも全く検討がつかない。これは先日と同じ事の繰り返し尋問だ。
野分との事は、何故同居しているのか、どういう関係なのか、不躾な質問をされたが、正直に話す気もなく、身寄りの無い元教え子と同居し、一人前になった今もシェアしているに過ぎないと話した。
野分が俺の事になると全く何も話さないので困っていたらしい。
事件そのものは犯人が100%悪いのだが、野分の馬鹿力が普通でなさ過ぎて危ない人間かどうか確認したかったみたいだ。
野分の仕事、人間関係は問題ないのですぐに釈放された。
帰りも野分と共に教授に送って貰った。
「ヒロさん、すみません。まさか、こんなに大げさになるとは思いませんでした」
「ああ、俺も驚いた」
「すみません」
「だがこれで、一件落着な訳だし、明日大学に説明したら終わりだ」
「すみません」
「謝るな。お前は何も悪くねぇーだろ。迷惑掛けたのは俺の方だからな」
「ヒロさん」
犯人はと言うと、野分に殴られたその日に意識が戻り、俺を襲った理由を語った。
『俺は別に男が好きな訳じゃねぇーんだ。ただダチがいるあのマンションに時々出入りしてて、何回かあの男を見かけてて・・・・・あんた達だって分かるだろ?あの男の色気って言うか、気が強うそうに見えて弱々しいような・・・・・襲って下さいオーラが出てんだろ。
そしたらある日よ、顔に包帯巻いてるんだよ。これはもう抱きつきたくなるってもんよ。わかんねぇーか?
その辺の女より色っぽい男なんて、俺は見たことねぇーからよ、俺の為に神様が与えてくれた俺の伴侶だって思ったのよ。
そーしたらよ、体が勝手に動いたって事だよなぁ』
警察がこの話をまとめると、【欲求不満な犯人が、たまたま目の前にいた上條さんを襲った】そうだ。
犯人は精神鑑定を受ける事になった。
翌朝、
「津森先輩にも説明しなくちゃ・・・ヒロさん、行ってきます」
「おう」
俺も玄関を出る。そして、晴れ渡る空の下、駅に向かった。
おわり