F×S

□正反対なオレ達
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不動明王という少年は暗闇が嫌いだった。
暗闇の中、人の体温が自分の身体に触れるのが怖かった。
自分の身体に触れられ、その温もりが伝わってくると、どうしようもなく怖くなり、震えがとまらず、酷い時は嘔吐した。
だから彼は、夜が大嫌いだった。
夜ベッドに横たわると、背後から彼女がやって来て、自分に触れる気がしたから。
彼女―不動の母親は、毎晩のように寝ている不動の身体を撫で、「大丈夫よ」「私は貴方の側にいる」等、普通なら安堵出来る言葉を不動に言っていた。
だが、その母親の行動こそが、不動の恐怖の根源だった。


幼い不動が自分に迫る危機を回避する方法は、真っ暗な押し入れの中に入り込み、目を閉じ耳を塞ぐ事だった。
父親と母親の激しい口論も、毎日のようにやって来る借金取りの脅すような声も、不動はこの方法で凌いできた。
そして騒ぎが治まると、ベッドの中に潜り込み、何も知らないふりをする。
すると、必ず母親がやって来て、優しく不動に触れながら、彼女自身に言い聞かせるように「大丈夫」と言うのだ。
その声が、その温もりが、不動を怖がらせてるとは微塵も思わずに。
「もう大丈夫よ、絶対私は貴方の味方だから」と、1度も息子の名を口にはせずに。


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佐久間次郎という少年は暗闇を好んだ。
自分1人しかいない世界で、誰も自分を傷つけたりしない。
自分の感覚以外存在しない暗闇が好きだった。
暗闇の中なら、誰も自分を傷つける事は無い。
痛い思いも、苦しい思いもしなくていい。
醜く傷ついた自分の身体も、その化物のような右目も、全部全部無かったものに出来たから。
親からつけられた無数の傷。
痩せ細った身体。
色彩の違う右目。
両親のどちらにも似ていない色素の薄い髪色。
それらを周りの黒と同化させてしまえば、佐久間は普通の子として、愛してもらえると思ったから。


佐久間は世間一般の子供達とは少し違う存在だった。
まるで少女のように可愛らしい顔立ち。
細く柔らかく、サラサラと流れる水色を帯びた銀髪。
褐色のなめらかな肌。
はなかくも美しいその姿は、通常なら誰からも可愛がられ、愛情と優しさの中で育つはずだった。
だが、彼の容姿の中で1つだけ、一般の人々から遠ざけられるものがあった。
左右で色彩が異なる目。
左の目と違い、右目の瞳は紅く、白目のはずの部分は染め上げたように黒かった。
ただそれだけの理由で、佐久間の両親は佐久間を愛さなかった。
毎日毎日、苦痛だけを与え続け、1度として名前を呼ばなかった。
彼等は佐久間が、自分達の子供である事を否定し、佐久間の姿が見えると、意味も無く痛め付けた。
佐久間にとって、両親が起きている昼間は地獄だった。
だから、2人が眠った夜の間だけが、佐久間が安心して過ごせる時間だった。
それが安らかな眠りに繋がるかは別の問題だったが。
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