F×S
□光の歌声
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真っ黒、と表現するのが一番な景色。
上も下も右も左も黒 黒 黒。
つか正直上とか下とかわからない。
それくらい辺り一面真っ黒。
自分の手はギリギリ見える。
他は見えない、聞こえない。
試しに声を出してみた。
まるでトンネルの中のようによく響いた。
「おーい、誰かいねぇのかー?」
何度声を響かせても返事は無い。
他に誰もいないのか?
つかここどこだよ?
「おーい…?」
あれ、おかしいな。
思いつく限り名前を呼ぼうと思ったが、誰の名前も出て来ない。
名前がわからない。
「…誰だ?」
変なサイドテールの女、頭のてっぺんを髪ゴムで結った目つきの悪い奴。
獣のような雰囲気の茶髪の男、そして――月みたいな銀髪のアイツ。
誰の名前もわからない。
思い出せないとかじゃなく、わからない。
「えぇ…と、コイツの名前は…。
…っ、ちょっと待て。
アイツ、どんな顔だった?」
記憶という記憶が次々薄れていく。
待て、消えるな!
出て行くな!
「嫌だ…!」
助けて、そう言いたいのに、誰かに名前を呼んでほしいのに、抱きしめてほしいのに、呼べる名前がわからない。
オレは誰と一緒にいた?
オレはなぜここにいる?
「誰か…いねぇのかよ…」
誰でもいい、オレの名前を呼んでくれ。
じゃないと自分の名前も消えそうだ。
「誰か…」
その場にしゃがみ込んだオレは、自分の名前が消えないように自分を抱く。
何でまた1人なんだよ。
もう1人は嫌だ。
だからオレは…
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「不動…不動、不動!」
「っ…!」
飛び起きれば目の前に銀が広がっていた。
視界がはっきりしてくると、その銀の正体もわかった。
「…佐久間か」
「佐久間か、じゃねぇよ。
何度呼んだと思ってる。
つか練習中に寝るな」
寝る?
あぁ、オレ寝てたのか。
じゃあさっきのはただの夢か…。
「何の用だよ?」
そう聞けば、佐久間は何も言わずにグラウンドに戻った。
その態度に多少イラついたが、あのまま夢の中にいるよりマシか。
「佐久間は何て?」
小鳥遊が面白そうなものを見つけたような顔して聞いてくる。
コイツがこういう顔して話し掛けてくる時は何考えてるかわからない。
厳重警戒 厳重警戒。
「別に。
何も言わなかったぞ」
「ふぅん」
なぜかオレの隣に座る小鳥遊。
練習しろ、練習。
「佐久間が言ってたぞ。
不動は寝るの下手だって」
「はぁ?」
寝るの下手?
初めて言われた…つか初めて聞いたぞそんな言葉。
つか寝るのに上手いとか下手とかあるのか?
バレやすいとかそんなのか?
「どういう意味だ?」
「知らねー」
小鳥遊は楽しそうだ。
何がそんなに楽しいのか、聞く気力は無い。
なんか疲れた、寝てたのに。
「あんまり佐久間の事、虐めてやるなよー」
小鳥遊さんそれどういう意味ですか?
殴られたいんですか貴女は。
「はぁー…」
溜息だけしか出来ない。
寝てたのに眠い。
何なんだ一体。