ファンタジーの箱

□薔薇の水晶のシンデレラ
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その日は、満月。
冷えた夜空は、澄み渡り、月光は少年の金色の髪に反射し、天使の加護があるかのように輝いておりました。ブルーの瞳は、太陽の下で見るときよりも深い色を湛えておりました。
地面には、彼のすらりとした影がくっきりと描かれておりました。
彼は、家から程近い葡萄畑のはずれに向かって歩いておりました。
昼間は歩きなれている自分の葡萄畑でしたが、
こんな真夜中に来るのは初めてのこと。
増してや、義母や義兄達の目を盗んで来たので、足取りも自然と慎重になってしまい、踏みつけた枝の割れる音にさえ、ビクッとしてしまうのでした。
「あった。確か、この薔薇の木だ。」
彼はつぶやくと、低く茂った薔薇の枝を慎重に掻き分けました。
その先には、小さな青い花がさいておりました。
この薔薇の木は、季節はずれであっても、必ず一輪は青い花が咲いている、不思議な木でした。
「ええと、花びらに溜まった夜露を採ってと・・。」
彼は、なるべく花を痛めないように、花びらを1枚だけ取ると、花の真ん中に僅かに輝く水滴をすくい上げました。
そして、ズボンのポケットから、手の中に納まるくらいの細長い水晶の結晶石を取り出しました。
水晶は、ほんのりと赤く、転がすとわずかに表面に膜ができたように青い光を纏うのでした。片端に折れたような跡がありましたが、職人が磨いた事などない、ゴツゴツした結晶のままのものでした。
「手のひらの上で、夜露を水晶にたらして、
キスをする。」
少年は、手のひらで月の光を吸い込むように輝いている冷たい石に、雫を乗せ、唇づけをしました。
「そして、願い事を唱える。
ええとぉ・・・。次の満月の夜お城で舞踏会があります。僕はダンスがうまく踊れないので、上手になれるようになりたいのです・・・・。
・・・・・・え?」
突然、少年の手のひらに光が溢れだしました。
光は音もなく輝きを増し、あまりのまぶしさに、彼は目をぎゅっと閉じてしまいました。
まもなく光は、ぷつりと消え、少年は何度かまばたきをして、目を開き、何か異変がないか辺りを見回しました。
特に、大切な葡萄の木に、傷などついてはしないかと、まだ眩しさから回復していない目
で辺りを必死に見回しました。

その背後で、陽気な男の声がしました。
「はーい!マイスイート。僕を呼び出してくれてありがとう!」
「え?」
少年が反射的に振り返ると、そこには腰まで伸びた真っ赤な薔薇色の髪を無造作に束ね、漆黒のマントに身を包んだ背の高い男が立っていたのでした。
男は親しげに手を広げ、少年を抱きしめました。少年の顔は男の胸にギュっと押し付けられ、彼は渾身の力を込めてそこから顔を引き離しました。
男は少年の顔を見下ろし、楽しげに笑いました。
「ははは!今回のお嬢さんも、とびきりの美人だ!嬉しいよ。まずは、契約のキスを」
男は少年の顎を指先で、クイっと持ち上げ顔を近づけてきました。
少年は、慌てて男の体を引き離そうとしましたが、華奢そうな見かけによりも、随分と力強く、身動きが取れません。かれは、もがきながら、叫びました。
「待ったぁ!なに?なんなの?誰?どなた?」
「あれ〜?君が呼び出しておいて、つれないなぁー。ぼくの可愛いご主人様。さあ、契約を交わしましょう。」
「ちょっと、まった、ま・・・。ん〜・・・?」
少年の問いかけも抵抗も聞き入れられることなく、少年は男に唇を塞がれてしましました。
その衝撃と息ぐるしさに、彼の体からは、一気に力が抜けてしましました。
「どうしたのかなぁー、お姫様。キスははじめてかい?それとも、ボクのキスが、そんなに、素敵だった?」
少年は、男の腕の中で、息も絶え絶えに言いました。
「いえ、あの。そんなんじゃなくって。
まず、ぼくは、男だし。契約とか、何のことだか、聞いてないし・・・」
「えーーーー!」
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