ちょぴりBLな箱

□執事の心得
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「リュカ」
私は、お休み前のお着替えを済ませた奥様に
寝室に呼ばれた。
いつものように、ドアの前に直立していると、
そばに来るように促された。
「リュカ、キスしてちょうだい。」
「はい?奥様?」
私は、家令としてあるまじき失態をおかした。
主人の命令を、二度聞きしたのだ。
いや、正確には主人の妻の命令であるが。
しかし、もし、父がこの場にいたら、こっぴどく叱られたにちがいない。
もっとも、先代の家令であった父は、2年前に他界しているのだが。
「聞いてなかったの?キスしてっていったのよ。」
「奥様、そのご命令には、残念ながら・・」
「従えないというのね。」
「はい。申し訳ございません。」
「わかっているわ。
それでも、わたしが頼んでいるとしても?」
「はい。奥様。」
女主人は、ベッドの端に座り、私を見上げ、ため息をついた。
「では、話を聴いて頂戴。」
「はい。奥様。」
「なぜ、私が、こんなことをあなたに頼むのか。わかる?」
「いいえ、奥様。わたくしには、わかりかねます。」
彼女の緑色の大きな瞳に見据えられると、感情を込めずに、そう答えるのは、少々苦労する。
「あなたには、わかっているはずよ。」
「どういうことでしょうか?」
まさか、主人のことが、彼女の耳に入ったか?
それでも、私はしらを切る。
この場合、執事として、正しいのか、否か。
しかし、主人とその奥方の関係の平和は、この家の平和。私は沈黙を守るべきであろう。
「あの人のことよ。アレクシのこと。
彼は、浮気しているわね?」
「わたくしは、存知あげませんが。」
「うそ!あの人は、あなたには、なんでも話しているはずよ。
あなたは、彼の幼馴染で、親友で、優秀な執事。
あのひとには無くてはならない存在。
そう、わたしなんかよりも、ずっとあの人は、あなたを大切にしている。」
彼女は、声を荒げた。発作の前ぶれたろうか?
「そんなことはございません。主人(マスター)は、誰よりも奥様を大切にされております。もちろん、お嬢様とお坊ちゃんも。」
彼女は、目を伏せた。
「表向きはね。でもね、彼が最後に私の体に触れたのは、クリスをお腹に宿した時よ。」
「坊ちゃん、クリストファー様を身篭られた時で、ございますか?」
今年5歳になる、利発で美しい坊ちゃん。彼を授かった時以来か。
マスター、あなたって方は、酷なことをなさる。
この、誠実で誇り高きレディに、そんな仕打ちをなさるとは。
いや、もちろん、私はわかっていたが。
「もう、限界なの。私が、薬を飲まないと眠れないのは、知っているでしょ?」
「はい、もう3年もお薬をのまれていらっしゃいます。」
「ドクターには、出産の影響と育児の疲れと言われているけど、そんなことではないの。
誰にも言えないわ。こんなこと。
夫とセックスしてないから、ヒステリーになっているなんて。」
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