short story

□静寂に響く時の音(凍矢)
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人間界に霊界や魔界の世界が徐々に知れ渡ってき、妖怪達の中には度々人間界に訪れる者がいた。
今や、カルトを筆頭に芸能界に赴く者や、飲食店などを経営する妖怪まで出てくる世の中になった。

中には人間と恋に落ちる妖怪も。






「(・・・つまんない)」


都会から少し離れたところにある建物のある一室。
その部屋の主、水野沙知は今の気持ちを心の中で呟いた。
視線の先は本に耽っている男の姿。
いわゆる、彼女の恋人にあたる訳だが、人間ではなく、妖怪である。

前に沙知が魔界に落ち、人間界に帰したのが彼、凍矢であった。
それから色々な事があり、今に至っている訳である。
凍矢はかつて人間界で過ごしていたが、そこまで人間界に詳しいって訳ではなかった。
沙知と出会ってから、彼女の部屋を訪れるようになり、彼女の生活スタイルを触れていくうちに惹かれていくものがあった。
第一に、今夢中になっている書物である。
よほど気に入ってるのか、沙知の部屋に訪れる度にぎっしり詰まった本棚の中から適当に選び、読み耽るのだ。


「(いつもの事なんだけど・・・ね)」


最初は沙知も一緒に本を読んでいたのだが、元の持ち主は沙知。此処にある本なんて全部読み切ってしまって、夢中になるほどではなかった。
一緒に読んでも、どうしても走り読みになってしまうのか、すぐに読み終えてしまう。
そうして、読むのに夢中になっている彼の背中を見るばかりであった。
ずっとこういう訳ではない。話をしたりするし、ご飯も一緒に食べる事もある。
しかし、この時間だけが至極退屈で仕方ない。


話をしたい。
触れたい。

こっちを見て欲しい。


そんな想いが沙知の思考を占拠する。
思考は行動に移り、眺めていた背中に一歩ずつ近寄る。
相変わらず彼の視線は本一筋で。
虚しいと悔しい気持ちが少しだけ心の中で渦巻く。
けど、大半は構って欲しいという、寂しい気持ちで支配されている。
肩越しに本を覗き見ると、ストーリーは中盤あたりで、丁度面白くなってきたというところだった。
この様子じゃまだ読み終えないな、と半ば諦め、凍矢と反対の方向を向いて座り、背中をくっつける。
読み物の邪魔はしないから、せめてこれだけでも、と勝手に自分で決めていた。
背中合わせになっても、静寂な部屋の中では本を捲る音と時を刻む音だけしか響かなかった。


「(・・・凍矢、何の反応もしてくれない)」


相変わらずな彼に余計虚しくなる。
悲しくはならないが、ちょっとは構って欲しいと、自分らしくもなく拗ねてしまう。
そんな事、恥ずかしくて言えないけど。でも、気付いて欲しい。
複雑な乙女心とはこの事を言うのか、そう思うと以外に自分はめんどくさい存在なんだなと思ってしまう。
素直になれたらどれだけいいか。そう思った事は数知れず。
色々な事を考えているうちに沙知の意識は段々と薄れ、ふっと無くなってしまった。





数分後、静寂だった部屋に溜息が静かに響く。
眠っている沙知が溜息を漏らすはずもなく、先程まで沙知を悩ませていた凍矢によるものだった。
体を動かす事が出来ず、首だけを回して肩越しに彼女の姿を見る。
顔までは伺えないが、聞こえてくる寝息と気配で寝ている事がわかる。


「(・・・俺の気も知らないで、コイツは)」


凍矢はやり手な妖怪。しかも、魔界の忍者であった事からか、第六感が蔵馬や飛影とは比べ物にならないくらい優れている。
まぁ、凍矢じゃなくても沙知の行動は少し勘のいい奴ならわかるものだが。
背後から痛いほど感じる視線、構って欲しげな雰囲気が沙知から出ているのがずっと気になって仕方なかった。
だから、本を読む事に無理矢理集中させ、余計な考えを掃っていた。
視線だけでも勘弁して欲しいくらいなのに、背中合わせとは言え、触れてくるもんだから、本当にどうにかなりそうだった。
しかし、何をすればいいのかもわからないし、第一、妙に照れが入ってしまい、触れたくても触れられない。
沙知からくっついてきた時、必死に平静を保ったつもりでいた。
けど、平静を取り繕おうと意識すればするほど心臓は痛くなるほど鳴り響き、息苦しくなる。
沙知に気付かれないよう、必死でなんでもないフリをして、彼女がいつの間にか眠ってしまった時は少しだけ心に平穏が訪れた。

そして、今に至る。


「・・・たまにはいいか、こういうのも」


そう呟くと、沙知の体が倒れないように手で支えながら体を動かし、そのまま彼女の体を抱きかかえる。
すっかり夢の世界に旅立ってしまっている沙知の寝顔を見ると、彼女が魔界に迷い込んで、人間界に送り届けた時の事を思い出した。
あの時も魔界の瘴気で気を失い、このように抱きかかえて運んでいたな、と凍矢は思いながら沙知をベッドの上に下ろし、掛け布団を掛ける。
あの時は苦しそうに顔を歪めていたが、今は安心しきったかのような顔で眠っている。
それを見るとまたもや溜息を漏らしてしまった。


「(ここまで無防備でいられるのもな・・・)」


頭の中にある邪な考えを掃うように頭をがしがしと掻き毟る。
複雑な思いを抱えながら彼はまた、読書の続きを始めたのであった。









静寂に響く時の音

(起きたら少しは構ってやるか)














初めて幽白で人間ヒロイン書いてみました。
背中合わせ、いいなと思ってネタ忘れないうちに夜中に途中まで打っていて、仕事が散々だったというエピソードがあります(←)
おまけあり。次のページへどうぞ。
(2011.7.10)



 
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