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□Il diavolo non e` cosi` brutto come lo si dipinge.
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「――――沢田っ!!」
 落雷に似た怒声に、綱吉は我に帰った。周囲を振り返る。回想のパーティー会場とは似ても似つかない、無骨なオフィスビルの一室。
 まだ床を踏みしめて立っている自分を実感する。生きている。死んだと思った。
「何をしているのです、転寝をしたいのなら地獄でしなさい!」
「それって転寝っていうか」
 永眠じゃん、と言い終える前に、地面を蹴った。着地してまた後方に飛ぶ。散弾が降り注ぐ。平面を見ているようだ。戦争映画か、いや、そう、マフィアものの。
 だとしたら最後自分は死ぬだろうか。病死では物語性がない。自殺はキャラに合わない。ならば、やはり他殺か。
「何を、している。早く飲みなさい」
「うん? ああ、うん」
 飲みなさい、とは死ぬ気丸のことだ。綱吉は未だに、薬漬けにならなければ銃すら撃てない未熟者のボスだった。
 蜂の巣にされてぼろぼろになった壁、遮蔽物に隠れながら綱吉は横目で骸を伺う。
 他殺。味方の裏切り。なるほど熱い展開だ。もう何年も骸は綱吉の身体を狙っていると言って憚らないし、敵でも味方でもない立場で利害の一致した時のみ握手を交わしてきた。そんな相手、ラストの物語を回すに相応しい役者だ。――と考えたところで、綱吉は、自分自身に呆れて、遮蔽物の壁にごりごりと後頭部を押し付けた。仮にも今、命を助けて貰った相手に考えることじゃない。
「ごめん」
「反省をする暇があるんならさっさと化けなさい。随分余裕があるじゃないですか」
 謝罪を取り違えたまま骸が愚痴って嫌味を言う。綱吉は曖昧に笑った。
「君のような人間がその歳まで生きていられるだなんて、奇跡を見ているようですよ。正気ですか? 今現在あなたは命を狙われているんですよ? 同盟ファミリーに騙し討ちされて!」
「わ、分かってるよ。分かってるから、大声出すなって」
「どうせ銃声で聞こえてませんよ」
「そうなんだけど……」
 やはり、曖昧に綱吉は答える。錠剤を手の平で転がした。飲むのを渋っている様子に、骸が眉根を寄せて噛み付きたそうに睨んだ。
「正気とは思えません。自分が狙われていると、本当に分かってるんですか!?」
「だから、分かってるって。おまえが言うと説得力あるなぁ」
「死にたいんですか」
 二重の意味で骸が冷たく吐き捨てる。綱吉は困った顔で口許を笑わせた。今ここで骸に見捨てられたら死んでしまいそうだったし、骸が殺しにかかって来たら抵抗できない自信もあった。この戦場で、綱吉は誰より非力で誰より矮小だった。
「どうしてかな、オレもおかしいとは思ってるんだけど」
「……、何がですか」
 近くを伺いながら骸が綱吉を見ずに言葉を返す。狙撃を警戒しながらじりじりと肩を動かした。
「やる気が出る時と出ない時の差が激しくってさ。昔はこうじゃなかったんだけど」
「甘やかされて育ったんじゃありませんか」
「そうだな。いや、本当にそう思うよ」
 自分の周りには守護者なんてものもいるし、相変わらず家庭教師は厳格で過保護だ。何かで困り果てた最後の最後には、どこからともなく現れて助けてくれるご先祖様もいるし。綱吉は周りが自分を怠惰にしているのだと思う。そんな周囲を愛おしいとも。
「ふん。自分に対して怠慢なんですよ、君は。相手が自分狙いだと分かった途端あからさまにやる気をなくして。お得意の超直感もここ数年で衰えたのでは?」
「ああ、分かる? 実はもう全然なんだ。たまにくるんだけどね。
 昔はさ、こーいう命の危機には過剰反応してたのに。今はもうおまえが5メートル以内に近づいても反応してくれなくて」
「ほう。それは良い事を聞きましたね」
「なんでかなぁ。慣れちゃったのかな」
 コンクリートの粉塵に紛れて忍び寄る足音を捉えた。骸は、腑抜けている綱吉の腕を掴んで足音の方向へ突進した。
「えっ、そっち!?」
 逃げるんじゃないのかと綱吉が叫ぶが、骸は敵に向かった足を止めない。片手で握り締めた錫杖を振るった。多方向へ伸びる切っ先。幾つもの胴体を貫く手応えに骸は笑んだ。
 綱吉は、自分に降りかかる血しぶきを払いながら、若干の含みのある視線で骸の背中を見据えた。背中を向けたまま骸が言う。
「情けをかける必要はありませんよ。彼らは裏切り者です」
「こう言ったらおまえはすっごく怒るだろうけどさ、おまえってオレより"らしい"よな」
「どういう意味ですか――」
 骸が、苛立ちを通り越した怒気まみれの顔で綱吉を振り返る。綱吉は目を見開かせた。骸にではなく、その向こうにある気配を察知して驚愕した。反射で手を伸ばす。一拍置いて骸が気づくが、遅い。
「骸っ!!」

 綱吉は、飛び出た先に銃口を見た。


  
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