メーラブルー

□10.
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「――覚悟はできているんでしょうね、ボンゴレ。僕を利用した代償は大きいですよ」
「……人聞き悪いな、まるでオレが悪いことしたみたいじゃん」

 銃を突きつけられているものだから。
 オレは大人しく両手を上げて骸から目を逸らしていた。骸の目は本気だし、オレも少しばかり罪悪感があったからだ。
 まぁ、だからといって深夜にいきなり部屋に侵入して来て、ベッドに押し倒し、圧し掛かって来て、銃をぴったりおでこにくっつけられるほどの悪さはしていない筈なんだけど。
「そんなに怒ることかなぁ。おまえだって得したろ?」
「損得の問題で僕が納得するなら、マフィアの殲滅などに乗り出していませんよ」
「そりゃあ、そうだな」
 完封されて、オレは両手をもうちょっと気持ち高く上げた。
 マフィアは儲けやすいお仕事なので、得を取るならマフィアになって悪いことをするのが一番早い訳である。
 悪いことはお金になる。世界の真理だ。残念ながら。
「大体、君は僕があそこで金銭を漁るような浅ましい人間だと思った訳ですか。殺されたいんですか。殺します」
「うわ待った!! 待って、ごめんって。悪かったよ。そういう意味じゃないんだけど」
 でも例の会場にはスチールケースいっぱいのお金があちこちにあったから、少しくらい失敬したくなってもおかしくないような。
 オレだって職業マフィアのボスじゃなかったら、ちょっとは目がくらんでたかもしれないのに。
「おまえは真面目だな。昔は不良だと思ってたのにさーカツアゲとかしてただろー? オレ相手に」
「随分、余裕が、あるん、ですね」
「だ、黙る。ごめん」
「黙るな。あとカツアゲなんてしてません人聞きの悪い。
 君はこの件についての言い訳をして僕に殺されなさい。今なら遺言ぐらい聞いてあげます。君、宗教は?」
「……キリスト教徒じゃないから十字は切らんでいい。多分仏教だけど母さんに訊かないと分からな……ッ――――撃つなよ!? 今のどこが撃つタイミングだったの!?」
「チッ、超直感羨ましいですね」
「そこは憎たらしいの間違いなんじゃ……いや待って。うん。黙る。黙るから。ああ、うん。言い訳もするし」
 ぷすぷすとペッドから細い煙が立ち上る。
 オレはずらした頭を戻して、はぁ、とため息をひとつ零した。
「えーと、おまえはどこまで知ってるの?」
「君が唐突に麻薬中毒に目覚めて、今まで敵対していたファミリーと握手の代わりに注射器を打ったところまでです」
「……ぅうーん…………」
「それは頷いてるんですか? じゃあ撃ちますね。多分注射より痛くないですよ」
「絶対激痛だから。あとおまえな、分かってて隠すなよ。オレは、」
「分かってますよ。君は自分を囮にしただけだ」
 きっぱりと、はっきりと、言い切るものだからオレは困惑した。
 やっぱり分かっているじゃん、と軽口も言えないぐらい、骸は真剣な眼差しでひどく憤慨していたから。
「おかげで麻薬を愛してやまないマフィアの名を6つは潰せた。君から情報を盗んだ僕の手によって」
「うん。お手柄だ。おめでとう」
「――――」
 心の底から言ったんだけど。骸はもうこれ以上ないってくらい顔を顰めた。
 やばいな。本当に殺されそう。
「君に最初からその気がなかったことぐらい、僕にも分かります。大切で大事なお仲間を、麻薬などに関わらせる気がないから泣く泣く自分を使ったことだって」
「うんうん。オレも麻薬は大嫌いだからな。……嫌いじゃないか。怖い、だ」
「……なら、なぜ打った」
「――――」
 吐き捨てて、ぐりっ、と銃口がオレの額に圧力をかける。
「麻薬の味はどうでした? あのずいぶんと脂の乗った男と長い間寝室に消えたようですが、一晩中お楽しみだったようですね――――!」
 これはタイミングが分かり切っていたから、吃驚しないで避けることができた。
 二発目だ。あと何発入ってるんだろう。正直、連射されたらこの距離で避けきれる気はしない。
「まぁ、落ち着け」
 あくまで気軽に声をかける。両手を下げていいなら、ぽん、と肩ぐらい叩いてたと思う。
 ドンドンッ、と連射で返されて死んだと思った。いやマジで。よく避けたよオレ。
 四つ穴の開いたベッドに、オレは上半身の曲がった体勢を戻して、今にも唸りそうな骸にどうどうと手を振る。
「いいか。オレはこの件に関して嘘つかないからな。リボーンに誓ってもいい」
 頭上すれすれを威嚇で撃たれた。ひどい。
「どうせなら僕に誓いなさい」
「いや嘘つきに誓っても誠意がないかなって」
「クフフフフフフ」
「ごめん。ごめんなさい。言い過ぎましたごめんなさい撃たないで下さい胴体は避けきれないからホントに」
「おなかを撃たれたらとっても痛いんですよ? 経験済みですよね? 僕に撃たれたんですから」
「あーアレは最悪だったよおまえ。ゼロ距離射撃が許されるのは中学生までだからな」
「直後に僕の胸を撃ち抜いたくせに何を言う」
「あれは確実に殺ったって思わずガッツポー……嘘っ! 嘘だからっ! いやぁ良かったね弾が残らなくて! オレもちょっと手元が狂っちゃってさぁ!」
「アルコバレーノも太鼓判を押した君の射撃を狂わせてしまった訳ですか。僕って罪作りなんですね」
 全く、一切、笑顔じゃない顔で骸は嬉しそうな声を出した。ホラー映画みたいだと思った。
「あと一度だけ冗談を許してあげます。思う存分笑わせなさい。そしたら殺してあげます」
「そんなこと言ったっておまえ、さっきから一度も笑ってないし……」
「さようなら沢田綱吉」
「今の冗談違うだろ!?」
 あといつものまた会いましょう、じゃない辺り本気度が推し量れた。かなり本気だ。助けを呼ばないと死ぬ。
 でも助けを呼んだら逆上するしなぁ。骸は本当に気難しいというか面倒というか……。
 純情? 違うか。
「潔癖?」
「は?」
「ううん。おまえってさ、潔癖症なのかなーって。こんな稼業してて今更麻薬で騒ぐなんてさ。おまえだって試したことあるんだろ? ……他人の身体で、だけど」
「だから? 僕に口を出すなと言いたい訳ですか。人殺しが人殺しを糾弾するなと、そういう意味ですか」
「そーいう訳じゃないんだけど。うーん……なんて言えばいいのか、要するにおまえはオレが麻薬をやっちゃったのが気に喰わないんだ?」
「……君の理解力のなさには思わず引き金を絞ってしまいそうです。今まで何を聞いてたんですか。それこそ今更ですよ」
 骸は呆れ切って、だけど銃口はオレから外さなかった。一々本気度が伝わってきて困る。
「うん。でもオレ、打ってないよ?」
 骸は沈黙した。
「……。嘘はもっと賢くつきなさい。僕はモニター越しとはいえはっきりと見ました」
「お医者さんから貰ったビタミン剤なら打ったけど」
「…………」
 骸は完全に沈黙した。
 でもやっぱり銃口は外れないので、本当に困る。まだ何かあるのか。
「なら君は、素面であの脂身と――」
「その男ならオレが撃ち殺したよ」
 脂身って言うほど太ってなかったと思うけどな、あの人。ちょっと筋肉なさそうってだけで。
「オレが打ったのビタミン剤ってバレたら困るしさ。どうせ殺すんだし最初に行方不明になって貰ったよ。多分、明日には発見されると思う」
 すらすらと説明が出て来る。
 人の死を抑揚もなく語れる自分には、もうどうも思わなくなった。いや、少しは寂しいのかも。ほんの少しだけ。
「…………それはそれで、腹の立つ話ですね」
「えー結局怒るのかよー」
「利用されるのは嫌いです。特に君みたいなマフィア相手に」
 定番の文句を言われて、オレは口許を緩めた。
 銃口はまだオレに向いている。
「うん。おまえはそうだよな。――おまえがそんなだから、オレもわざわざビタミン剤なんて用意したんだよ」
 銃口が少しだけぶれた。この男は案外、オレが思ったより手先が不器用なのかもしれない。感情が出るなんて。
「ふざけたことを言うな。本当に殺しますよ」
「嘘はつけないだろ。先生に誓ったんだからな、本当のことしか言わない。
 オレは多分、打っても良かったんだ。あのおじさんとご同衾は勘弁だけど」
 引き金が絞られていく。オレは骸の顔ではなく、その指を見つめた。
 指は結局、絞られ切れずに銃口が先に逸れた。
 もういらないモノのように、適当に放られる拳銃。かしゃん、と遠くで転がった。
「随分と自堕落になっているんですね、沢田」
「もーね、毎日がブルーマンデーなんだ」
「それは可哀想に」
 棒読みでお互いに会話して。
 骸がオレを抱き起した。助け起こしてくれた訳じゃない。どうせ後にはベッドに倒される。
 ふと会話が億劫になって、空気が灰色に変色した。
 こういうことをする前の服を脱ぐ瞬間というものは、甘いモノであるべきなのに、すき間風が吹くようだった。
「骸、」
 シャツから露出した肩に顔が埋められる。ちくりと刺された痛みに片目を震わせて声を殺した。
 いつもより少し痛い。まだ怒っているようだ。執念深いというかなんというか。
(一晩、ねぇ。ずっと待ってたのかな、オレが出て来るまで)
 モニターの前でぎりぎりしながら? 呆れそう。ヤキモチぐらい素直に妬けないのかこの男は。ヤキモチ? かな。自信ないけど。
 肩から胸に顔が下がっていって、弄っても何も楽しくなさそうな男の胸部に舌で触れられた。
 慣れたからいいけどさ。
 やっぱり一言もないんだな。相変わらず。
 そして一言もなしに、コイツは朝にはいなくなってるんだろう。

「っ、はぁ、……おまえは、いいよなぁ」
 ぴたりと、骸が一切の動作を停止して顔をこっちに向けた。怪訝な顔。ちょっとだけ機嫌の悪そうな。
「自由でさ。うらやましいな。あ、嫌味とか、皮肉じゃないよ?
 本当にそう思ったんだ。本心で、そう思っちゃったんだよ」
 触られるのを嫌がる髪に、長い髪に触れる。さらさらで、結び目一つない。
「何を羨むことがある。人に羨まれる立場の君が」
「おまえが言うなよ。マフィア大嫌いなくせに」
「沢田、」
「ごめん。なんでもないよ。思ったこと、言っただけなんだ。深い意味とかない。ただそう思ったんだ。
 おまえはきっと、その気になればどこにだって行けるんだろうなって」
「――――」
「なんにでも成れて、どこにでも行けて。それが、羨ましい」
「誰かと勘違いでもしてるんですか?」
「おまえはただ自分にそれを許さないだけだ。もう少し自分に優しくなってあげればいいのに。
 そしたら、もう、オレのところになんて来なくて済むよ」

 困惑顔に、オレは苦く笑いかけた。
 骸が耳につけたイヤリングに触れる。こんなものをつけなくても済む。骸が、それを自分に許したら。
 この人を縛っているものは、いつだって自分自身だ。
「達観したことを言う。誰に倣ったんですか?」
「さあ。リボーンかな。オレの先生だし」
「その空気を読まないところも先生譲りで?」
「おまえかな。真夜中にやってきてこんなことし始めるんだからさ――なぁ、骸」
 強引にオレは話を変えた。
 なんでだろう。やっぱりこれも思い付きだった。

「オレがいなくなったら、おまえ、どうする?」

「――――――」
「は、どうしようもないか。どうでもいいことだったな」
「どうして、そんなことを訊く」
 ぞっとするほど、冷たくて低い声だった。
 オレは小心者らしく肩を震わせた。恐る恐る見上げれば、
 骸は――、
「……えと、別に意味とか、思ったこと言っただけで、」

「馬鹿なことを言うな……、言わないでください。
 そんなこと、考えたこともない」

 おまえ、何を言ってるんだ、とか。
 今さっき銃殺しようとしただろ、とか。
 茶化したり冗談言ったり、本気で呆れようかとも思ったけれど。
 空気を読んで黙ることにした。万が一にもこの男に泣かれたら、オレは一生のトラウマを抱えてしまうかもしれなかった。
 だからきっと、揺れていた瞳は気のせいだと思おう。

 その夜はこっちが泣いて溶けてしまいそうなほど、何故だか分からないけれど――――
 骸は優しく触れてくれた。





   

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