メーラブルー

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「はい、予備の弾倉です。いろんな箇所に置いておいたんですが、取らなかったんですか? 弾を確保するのはゲームの基本でしょうに」
「……、」

 声を出せずに床に伏せている。
 軋んだ歯車を回すように首を上げれば、目の前には膝をついた骸が真新しい弾倉を差し出していた。
 手を伸ばす余力もない。
 真っ赤なグローブにはもう炎も灯されていなかった。死ぬ気状態が解除されているのにグローブは手袋に戻らずそのままで、本当に、これは自分の武器じゃないんだって思い知らされた。
(……やっぱり、勝てるとは思ってなかったけど、)
 相手に一矢すら報いられなかった。撃ち込んだ弾はすべてかわされて、弾かれて、外套の裾に穴を開けたぐらいしかできなかった。
 無意味すぎる。そもそも無駄な戦いだった。だって勝てる要素がどこにもない。
 逃げることだってできなかった。
 両手撃ちの全力だったのに、出入り口のガラスも外壁も未だに健在だ。
(……負けた。完璧に、負けた)
 不思議と一切悔しい感情は湧いてこない。ただ、やっぱり、と納得しただけで。そうだろうなって安心しただけで。
 やっぱり、骸は強い。
「楽しかったですよ。ではそろそろ本題に入りましょうか。足止めも長くは保たないでしょうし、そうなれば僕もそろそろ焦らないといけませんから」
「……足、止め?」
「せめて痛みはないように摘出してあげます。おやすみなさい、沢田――」
「待っ……骸、ッ」
 うつ伏せで倒れているオレに、骸が手を伸ばしてくる。オレは構わず先を言った。
「過去の、この時代の骸に、おまえは何かしたのか!?」
 黒い手袋を嵌めた手が静止した。
 隠す気はなかっただろうが、その沈黙は図星だ。
 一気に熱をぶり返してくる。
 昔の骸は、この研究所の所為で、――過去の思い出にひどく傷つけられていたのに、その上更に何かしたのか。
 この男にとっては過去の自分なのに!
「何を――なんで、過去のおまえは関係ないだろ!? おまえは、本当はオレだけを狙ってたんだろ!?」
「関係は、ないんですけどね」
 面倒そうに骸は首を振った。ひとつに括った尾がゆらゆらと揺れて真剣味が薄い。
「ですが残念なことに、この時代の六道骸は関わることになりますから。
 君がいなくなってしまったら、ほぼ確実に」
「……そんな、思い込みでおまえ、過去の自分を傷つけたのか?」
 恐れか、はたまたそれ以外の激情か。グローブ越しに爪が床を掻いた。
「君を取り返しに来られたら困るんですよね。この世界では白蘭も健在ですし、万が一に備えて芽は潰しておかなければなりません」
 意外な名前にこっちが動揺した。どうして今その名前が出てくる。
「平行世界……? おまえ、この世界の骸、じゃない、のか?」
 ほとんど確信を持って問いかけたのに、骸は残念そうにまた首を振った。
「いいえ、君たちの未来から来ましたよ。ただ、僕が君を浚ってしまったらこの先の未来は変わってしまうので。
 そうすれば確実にこの世界は違う未来へと繋がる。君のいない世界。君が死んだ八兆分の一の未来に繋がる。
 この時代の六道骸はそれを良しとはしないでしょう。僕と同じ、どんな手を使ってでも……そうですね、白蘭の手を借りてでも君を取り返そうとする筈です」
 断定の言葉に、今度はオレが否定した。
「昔のおまえはそんなことしない」
「クフフフッ、信用ないですねぇ"僕"も。
 でも、この僕を見て下さいよ。君はもう分かってるんでしょう? 僕は君の目を覚ます為にこんな遠い過去までやって来たんですよ」
「っ、おまえは、そうだけど。
 でも昔のおまえはそういうことしない。オレは骸とそこまで親しくないし、おまえみたいに、…………オレは、そこまで想われてないよ。だから――」
 すい、と人差し指を唇にあてられて閉じさせられた。
 撫でるような眼差しで微笑まれて、感情が胸に詰まってしまう。骸にそんな目で見られたこと、なかったから。
 骸はうつ伏せているオレを持ち上げて、座らせてから目を合わせて続けた。
「君の意図は分かっていますよ。優しい子供ですね。
 だから、――見逃してやれと、そういうことでしょう?」
 見透かしている。
 全部分かっていて、骸は尚も首を縦には振ってくれなかった。
「お願いだ、おまえはオレだけが目当てだったんだろ!?」
 目的がはっきり分かっているなら、犠牲を増やすことはない筈だ。そうすがって頭を下げても、どうしても骸は頷いてはくれない。
「どうして!? おまえにとっては過去の自分なのに……!」
「写真を一枚破る程度、どうとも思わないんですがね。しかし、そこまで必死になることはないでしょう? 案外、過去の僕も自分でどうにかするかもしれませんよ。僕は今も昔も狡猾ですから」
 笑って言っている。そんなもしもなんてあり得ないって、分かってて言う。
 未来の骸にはオレでさえ勝てなかった。死ぬ気の炎も万全で、いやむしろ今のオレ以上に上等な炎を用意されて、手加減されても勝てなかった。
 それを、右目の使えない骸に戦えなんて。
「やめてくれ……! おまえはオレに用があるんだろ!?」
「ええ。最初から君にしか用はない」
「だったら――ッ」
「だから、連れて行くのは君だけだ。この時代の六道骸は永遠に置いていく」
 駄目だ。この男は、まったくオレの話を聞き入れてくれる気がない。
 どうしても心に決めたことを実行するのか。
 オレも、昔の骸だって望んでいないのに、それでも成し遂げようとするのか。
 骸は、そうまでして"オレ"のこと――――

「それならとっとと脳味噌を持って帰ればいい。心底迷惑だ」

 ひゅっ、と風を切って、オレと骸の間に何かが投げ込まれた。
 骸を見上げていたせいで、その何かがなんだったのかすぐには分からなかった。
 そして何かの間違いで、それを手にとってしまったのはオレだった。

「ひっ――!!?」

 喉を攣らせて手に持っているモノを振り払った。
 ごろん、とボールのように転がる。骸の前に転がったソレは、オレの、
 頭、だ。首がついてる。首、頭、
 ノコギリでねじ切った断面みたいなものが見える。
 真っ青な死に顔で、閉じているように見えるけれど薄目を開けている。
 首からはたくさんの糸と紐がはみ出ていた。どれも真っ赤だった。骨が、骨まで真っ赤だった。転がる度にボールのような頭は床に血を擦っていた。
「ひぅっ、う、うあ、」
 尻餅をついた体勢で必死に後ずさる。それを、後ろから。腕を取られた。
「呆けている場合か! 走れ!」
 訳が分からず叱責され、引っ張られるまま身体が走った。引きずられている。誰?

「――骸!?」
 骸じゃない。"過去"の骸だ。
 ああ、ちがう、――この時代の、はぐれてしまった方の骸だ。

「な、おまえっ! どこに行ってたんだよ! なんっ、なんなんださっきのアレ!?」
「喋るぐらいならもっと速く走れ!」
「速――無理だって! これ以上は、うわぁッ!?」
 米袋のように担ぎ上げられた。抱えられたばかりでなく、骸の方は速度まで上げた。オレ、本当に文字通り足引っ張ってたんだ。
「銃を寄越しなさい!」
「う、うん!」
 なんとか後ろ手で銃を渡せば、骸は慣れた手つきで片手で銃を後ろに向かって撃っていた。
 未来の自分に躊躇なく撃ち込んでいくことに、オレが今更文句を言える筈がない。そして文句を言うまでもなく、銃弾ごときで未来の骸が倒れる筈もなかった。時折床から蔦が生えては銃弾を弾き落としていた。
 腹を骸の肩に圧迫されながらも、前方を――走っている骸にとっては後方を見上げる。
(骸、)
 未来の骸は、焦ってオレたちを追うでもなく、静かに転がる首を拾い上げていた。

「え……ッ!?」
「っ、今度はなんですか!」
 返ってくる怒鳴り声はオレを担いでいる骸の方だ。慌てて首を振ってなんでもないと叫び返した。
(なんでもないけど! でも……ぇえッ!?)
 見間違いでないのなら。
 骸は、拾い上げた首に口付けを落としているようだった。



  
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