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 吸血鬼の要求は簡潔だった。
 文字通り、吸血鬼の物になる。
 自由意志はない。ただの物になる。
 声を出すなと言われば、声を出さず。
 息をするなと言われば、息をしない。
 血を差し出せと言われば、首を差し出す。

 要求は――――受けるしかなかった。
 だってそれしか、村の人からこの吸血鬼を遠ざけられない。
 身を削って……そこまでする義理はないのかもしれない。優しさや気遣いに対して、払う代償が大きすぎるかもしれない。
 だけどどうせ助からない命なら、せめて有効に使おう。
 事故で死ぬよりも、事故で誰かを庇って死ぬ方が意義があったんだと思えるから。

 物になる。
 それはとても困難なことだ。
 意志を殺したって、どうしようもない部分は出てくる。
 挙手空拳のまま心臓を止めろと言われたって、どうしようもない。自分の心臓をつかみ出せと言われたって、実際問題そんな腕力がオレにはない。

 それを問いかけたら、吸血鬼はやけに人間らしい呆れた顔で「君は僕をなんだと思ってるの。吸血鬼と悪魔を一緒にしないでくれる」と怒っていた。似たようなものだとは当然言わなかった。

 ともかく、できないことは要求しない意向らしい。
 それも、気紛れ一つでどう転ぶのかと思えば、我が身を案じて泣きたくなる。
 本当に――――ひどい不運だ。両親がいなくなったことを含めてこんなに酷い目に遭わされるなら、農場や家を捨てて母さんの生まれ故郷にでも向かった方が良かったかもしれない。母さんは異国生まれで、異国なら吸血鬼と出会うこともなかっただろうから。
 少なくとも、吸血鬼と暮らす為に農場と家を捨てるぐらいなら、異国の地を踏む方がマシだろう。そんな往生際の悪いことを考えた。


  
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