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「お前は変な奴だな」
「……はぁ、……は、なんだよ、こんな時に」
ぜぇぜぇと肩で息をしている最中、怪訝そうにリボーンが言った。
床に手をついた姿勢で睨み上げる。
場所は名前の知らない渓谷。一歩踏み外せば転落死する危険地帯に、オレとリボーンはいた。
オレはともかく、リボーンは場所に対する恐怖はないようで終始涼しい顔だ。杖で浮いてるんだからそりゃ怖くないんだろうな。
「死にたがってるように見えるんだか見えないんだか。生きてんのも面倒って顔してんのに、崖登り如きでぎゃぁぎゃぁ喚きやがって」
「あのな、こんなとこを登れって言われて大人しく登れるか! 正直生きてんのが不思議すぎるぐらいだっての」
何十メートルあんのか分からないけれど、無我夢中に登りきった。人間死ぬ気になればなんでも出来るものなんだな。
「死にたがってんのも、生きてんのが面倒ってのも否定しないんだな」
「………………」
「まぁ、いい。どう生きようとおまえの勝手だ。怪物を倒して従えさせりゃあ、俺は文句はない」
「別に死にたいとか、生きたくないとか、そんなこと考えてる訳じゃない。
死んでもおかしくない目に遭ったから、生きてることに立ち直れないだけだ」
他人に言ってもどうしようもないことを弁明して、オレはかぶりを振った。
話を変えよう。
「怪物を倒して従えさせるって言ったよな。吸血鬼を倒して、従えさせるってことか?」
「そうだぞ。従えさせるのは無理でも、倒しさえすればいい。
吸血鬼は元々自尊心の強ぇ生き物だからな。連中が怪物づかいに膝を屈した事例は今まで一度もない。
そもそも吸血種と繋がるには人間の負担がかかり過ぎるからな、従えさせた途端に自滅するのがオチだ」
「ふーん」
だからリボーンは倒してもらう為だと、最初に言ったのか。
オレは、知らない内に危ない橋を渡っていたのか。
「それなら、怪物づかいなんかに頼まなくてもいいんじゃねーの? ほらえっと、教会の人とかに頼めば早いんじゃない?」
「聖職者は当てになんねぇ。あの吸血鬼には、大分前に教会も匙を投げたからな。今では村が消えようが何人殺されようが自然災害扱いだ」
「自然災害……」
立ち向かわずに、防衛と後始末だけをするってことだろうか。
「そんな相手、オレじゃ無理だと思うけど」
「今のままじゃそうだろうな」
あっさりと肯定しながら、リボーンがオレから離れて崖近くの木の下に、杖から下りて座った。
「休憩だ。飯にするぞ」
どこから取り出したのか、リボーンが大きい箱のようなバスケットをどんと地面に置いた。
休憩はありがたい。さっきから足とか腕がぷるぷる痙攣してて立てなかったから。
這うようにしてリボーンのところまで進む。携帯容器に入れたお茶を渡されて、一息ついた。
バスケットの中には、ハイキングで定番のサンドイッチが入っている。ハイキングじゃないし、疲れ切ってるから味わえるか分からないけれど、見た目おいしそうだった。
「いただきまーす……」
瑞々しい野菜を挟んだサンドイッチを手にとって口に入れる。
ちゃんとソースに味がしておいしい。オレがよく作る、味のしない野菜スープとかとは大違いだった。
「…………話を戻すけどさ、やっぱりオレには無理だと思うよ」
同じ吸血鬼かどうかは知らないけれど、オレは既に吸血鬼相手に一度敗北している。次元違いの相手だったとはいえ、同じ種の怪物を相手に安易に勝てるとは、どうしても思えなかった。
……同じ吸血鬼かどうか知らないだなんて、随分な現実逃避だとは思うけど。
「鍛えた結果次第だな。おまえはまだ人間寄りの物差しで物事を判断している。怪物づかいとしての思考を身につけた後で、無理かどうかを判断しろ」
鍛えている途中で余計なことは考えるなってことだろうか。
難しい言い方されると分かりづらい。
「じゃあ、オレのことはいいよ。吸血鬼のことを教えてくれ。その、倒す相手のこと」
「…………吸血鬼の生態についてなら教えてやれるけどな。
倒す相手なら、おまえの方が詳しいだろ」
「――――――」
息を、呑んだ。
手に持っていたサンドイッチを落としかけて、持ち直す。
「おまえ、何を知ってるんだ」
「さあな。おまえが今動揺したことぐらいしか、知らねぇな」
「――――っ」
馬鹿にするように、リボーンが笑う。
視線を逸らす。失敗したのは明らかにオレの方だ。
そうして暫く、無言のまま時間が過ぎた。
オレは何かを諦めた気分で手に持った食べ物を下ろして、ぽつりと、あの日以来誰にも言わずに、心に秘めておこうと思っていたことを開くように言った。
「もしおまえの言ってる相手がオレの知ってる吸血鬼なら、やっぱりオレには無理だよ。倒せない」
「――――」
無言のまま、リボーンの視線が問う。何故、と
オレは一度だけ思い返すように視線を上げて、思い出すまでもないと視線を下げた。
「負けたんだ。炎が出てる状態で挑んで、傷一つつけられず殺されかけた」
「傷一つ、つけられなかったのに生き残ったのか、おまえ」
「生かされただけだ。自分で生き残ったんじゃない」
気がついたら、村にいた。
心臓を抉られかけた傷も腕の傷もなくなって、噛み痕だけが、記憶が確かだということの証拠だった。
「だから無理だよ。オレには絶対、倒せない」
自分で口にして、言葉にしたことが――――まるで呪いのように、自分自身に浸透した。
「それは倒せないのか、それとも倒したくないのか」
確信をつくようにリボーンが問いかける。
オレは……答えなかった。