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 城主と客の給仕をしながら、毎度のように考えることがある。
 ワインボトルの瓶口から雫を溢さないように立てて、コルクで栓をする。三人分のグラスには濃い赤色のワインがなみなみと揺れていた(この城には当然のことだけど白ワインはない)
 付き合いで三人分、注いだけれど手をつけたのは一人だけだ。
 オレは飲めないこともないけど好きではないし、ヒバリさんは嫌いだし、残ったのはどこか楽しげにグラスを持ち上げるリボーン。
 ヒバリさんがその姿を横目で映しながらぼやいた。
「修行、とやらが終わったんならさっさと帰ればいいのに」
 ちくちくと棘がある。見るからに不機嫌で、オレはいつものことなのにハラハラと隣を座るリボーンに眼を向けた。
 涼しい顔でグラスを揺らしている。
 赤ちゃんなのにお酒なんか飲んで平気なんだろうかと最初に思ったけど、リボーンはオレより酒に慣れていて強いようだった。赤ちゃんなのに。
 リボーンをただの赤ん坊だとは絶対に思わない(思えない)けれど、それでも小さな子供がお酒の入ったグラスを持っている図っていうのは複雑な違和感を覚えさせる。

「君も」
「――はい?」
 不機嫌の矛先が向けられて、反射で背筋が伸びる。
「いちいち召し使いの真似事なんかしなくていいよ。立ってないで座ったら」
「――はぁ」
 真似事なんかしてないですけど。
 立ってたのは給仕をしてたからで……いややっぱ真似事、かもしれない。
 だって、誰もやらないし。

 言われた通りに椅子に座る。心なしか身体を縮めながら。
 右隣のヒバリさんは刺々しく不機嫌だし。左隣のリボーンは涼しい顔でワインを飲んでるし
、オレは――――仕方なく、場を濁す気持ちでグラスに手を伸ばした。
「やっぱいいもんだな。吸血鬼の高級嗜好も、物好きだと馬鹿にはできねぇってことか」
「適当に寄せ集めてきただけだよ。欲しいなら地下ごとあげるからさっさと帰れば」
 ヒバリさん、さっきからリボーンに帰宅を勧めることしか言ってない……のにリボーンは気づいてるんだろうか。気づいてて流してるんだろうな。
 グラスのふちに口をつけながら、ちらちらと二人の動向を見守る。下手に口を挟んだらヒバリさんの機嫌が急降下してしまうし。
 こういう時、躍起になって二人の間を取り持とうとすれば余計にヒバリさんが拗ねるのは、最近ようやく学んだことだ。

「おまえは飲まねぇのか」
「いらない。こんなものを好むのは君の言う物好きだけだよ」
「勿体ねぇな。酒は愉しむもんだぜ」
「君が、好きなだけ愉しめば。自分の家でね」
 毎度のように思うのだけど。
 どうしてこの二人はこんなに、ヒバリさんが一方的にだけど、仲が悪いのだろう。
 そりゃぁ仲良くなるとは思わないけど。もう知り合って半年、ちょっとぐらい慣れてもいいと思ってもおかしくはない……筈、なんじゃないだろうか。おかしいかな。
 つーんと機嫌悪く、テーブルの上に頬杖をついてそっぽを向いているヒバリさんを上目で見つめながら、どうにかならないものかなぁと考えている途中、話を振られて顔を上げた。

「何?」
「おまえに渡すもんがあったんだ」
 忘れていたと言いながら、リボーンがごそごそ懐や袖の中を捜す。
 とんがり帽子を持ち上げてようやく見つけたらしい、帽子の中から一枚の手紙を取り出してテーブルに置いた。オレに見せるように。
「手紙?」
 赤い封蝋と真っ白い封筒。見るからに身分の高さを誇示するような印だった。
「オレ宛?」
「ちょっと――」
 同時に、オレとヒバリさんが反応した。右を向けば、不愉快極まった顔でヒバリさんが顔を顰めてリボーンを睨んでいる。
 ぞわりと寒気が肌を撫でた。
 こんなに機嫌の悪い――敵意の高まったヒバリさんは久しぶりだ。
「僕の城にそんなもの、持ち込まないでくれる」
「別におまえに宛てたものじゃねぇぞ」
「誰宛だろうと知ったことじゃない」
 触るのも嫌なのか、早く仕舞えとヒバリさんが指を振る。リボーンを敵のように睨み、手紙にはまるで汚い物であるかのように、見もしない。
 手紙をテーブルに置いたリボーンが反感を覚えるかと思ったけど、肩を竦めて手紙を長い裾の中に仕舞った。仕方ねぇなといわんばかりの態度だけど、そう言われることは最初から分かっていたみたいだった。
 リボーンの仕舞った手紙を思い返す。
 白い封筒、赤い封蝋。ヒバリさんがここまで機嫌を悪くする何か。
「リボーン、それ、オレ宛なの?」
「――ツナヨシ」
「そうだぞ」
 手紙について、追及しようとしたオレを責めるヒバリさん。その上を被せるように首肯するリボーン。
「これはおまえ宛の令状だ。教会から怪物づかいに宛てた、な」

 含むようにリボーンが言う。
 教会、その名を口には出さずに反芻して、嫌な予感が胸に差した。
 オレはヒバリさんみたいに教会を毛嫌いしている訳ではない。敬虔な信者という訳ではないけれど、村で暮らしていた頃はそれなりに教会に敬意は持っていたつもりだ。他の村人と同じくらいには。
 でも村でされた仕打ちを思い返せば、教会と聞いて眉が下がるのもおかしくはなかった。
「連中が、この子に何を命令するっていうの」
 唸り声と聞き紛う声で、ヒバリさんがオレの疑問を代弁する。
「教会と怪物づかいは昔から協力関係にあるんだぞ」
「え?」
 協力関係にあるとか初耳だ。
 オレ、教会には毎週のミサにだってまともに行ってなかったのに。
「だから、何」
 ヒバリさんの噛み付くような応え。
 それがどうしたと、言いたいのではなく。
 それ以上言えばただでは済まさないという脅迫だ。

 リボーンがいつも通り、瞬きもせずにヒバリさんを見据え返す。
 隣に居るオレが怯えて、直接敵意を向けられているリボーンは何の感慨もなさそうだった。
「そう睨むな。俺はただ手紙を預かっただけだ。ツナが受け取らねぇなら、それで構わねぇさ」
「――――」
 あっさりと引き下がったリボーンを訝しみ、ヒバリさんの眼が射るように細められる。
 構わないなら、それならそれで、と安心混じりに思ったオレとは違って、ヒバリさんはテーブルクロスの上に爪を立てた。真っ白な布地に皺が寄って、ワインに波紋が広がる。
「そもそも、どうして君が怪物遣いへの手紙を預かるの。ここに居るってことは、君以外知らない筈なのに。――――君が、教えた?」
「違うぞ。ここに居るって知ってるから俺に預けたんだ。教会の人間は、ここがてめぇらにとって鬼門だってことはよーく分かってるからな」
「――――」
「信じられねぇか?」
「信じられる要素があると思ってんの」
 ふん、とリボーンが鼻を鳴らした。ヒバリさんが不愉快気に片眉を震わせる。
「おまえらは自分の知名度ってのをもっと自覚するべきだな」
 飲みかけのグラスをリボーンが持ち上げる。水面を揺らしながら、飲みもせずに話を続けた。
「悪名轟く吸血鬼と、怪物づかい唯一の生き残り。この組み合わせで、まさか山奥の城で安穏に隠居生活を楽しめると、思ってた訳じゃねーだろ?」
「君が放っておいてくれたなら、それができたんじゃないの」
「……そう思うのはおまえの勝手だがな。
 そいつが教会に目をつけられてんのは確かだ。絶滅寸前の怪物づかい、アイツ等にとっては喉から手が出る程欲しい人材だからな。
 それこそ、因縁の吸血鬼と再び火種を起こしたって構わないと、思ってるかもしれねーぜ」
 ヒバリさんが押し黙る。代わりに、
「っ――――ぅわっ!?」
 話についていこうと頭を働かせていたオレの腕を掴んで、ヒバリさんがオレを引っ張り込んだ。
「な、な――ヒバリさ、」
「不愉快だ。勝手に不可侵を申し出たくせに、欲しいものができた途端手の平を返すって訳。
 本当に、不愉快。何に酔ったらそこまで増長できるんだろうね。
 悪いけど、何一つ分け与える気はないから。教会にも――君にも」
 ぎゅっ、と腕が締まる。息が詰まったけれど、身動きは、できなかった。
「それならそれで構わないと、言っただろ。俺は預かっただけだ。手紙の内容なんざ、それこそ用件しか知らねぇ。
 だがな、おまえが断ったとしたら、相手はどう思うだろうな?」
 リボーンがオレを向く。ヒバリさんが苛立ったように抱きこむ力を加えた。
「っ、どういう、意味だよ」
「言葉通りだぞ。教会ってのは、良くも悪くも人を管理する組織だ。怪物から身を護るための防衛機関でもある。その組織がおまえに仕事を依頼してきた。
 断れば、どうなるだろうな? 当然、断られた理由を考えるだろう。吸血鬼と住居を共にしている怪物づかいが、どうして教会からの依頼を断ったのか」
 考えるまでもないな? そう、リボーンが笑いながら言った。
 ヒバリさんの身体が揺れる。押さえるつもりでしがみついて、もう一度リボーンを見据えた。
「脅迫、ってこと、なんだな」
「有り体に言えばそうだな」
「――――」
 さっきのヒバリさんと同じように、押し黙る。
 ようやく話が分かってきたのに、まともに返せる言葉が思いつかなかった。
「困るよ。オレに教会の人間になれって、言われても」
「そうだろうな。おまえが今更教会に与したところで、連中と馬が合うとも思わねぇ」
「でも、断ったら――――」
「下手すりゃ教会の末端が大挙してやってくるかもな」
「それなら、それでいいよ」
 ヒバリさんが口を挟んだ。顎を上向かせて見上げると、冷やかな吸血鬼の容貌がある。
「端から根絶やしにする。いい加減、目に余る」
 群がった羽虫の群れを、気持ち悪がる怪物の声だった。
「ヒバリさん、」
 怖いと、素直に思って。正直に批難の声を出す。
 ヒバリさんは、ちらりとオレを向いてすぐに視線を逸らした。言葉を撤回する気はないようだけど、オレの声を無視する気もないようで、少し、安心した。

「もし教会の人が来たら、オレが話をしますから」
「あの狭量で石頭揃いの神父連中に、何を話すって――」
「教会に喧嘩売る気はないし協力もできないって、正直に言います。分かってくれるかもしれないですし」
「君が口を開く前に、銀の杭で心臓を刺されるかもよ」
「大丈夫、です。多分。オレは、その……怪物づかい、ですから」
「…………」
 自信なく、それでも言いきると、ヒバリさんは迷うような沈黙で返した。

「話はまとまったか」
「うん」
「教会には従属せず、しかし教会に対して敵対意思はない。それでいいんだな?」
「……? そう、だけど」
 どこか――――楽しげに繰り返すリボーンにオレは首を傾げた。意味を測りかねて、怪訝に眉が寄る。リボーンはオレとヒバリさんを見上げながら、

「ようやく本題に移れるな」

 そんなことを言った。



   
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